緋色の魔女と帝国の皇子

月(ユエ)/久瀬まりか

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 屋敷に戻りベッドに潜り込んだエレナ。眠ろうとしても少しも眠くならない。夜会の興奮と高揚、そして落胆と諦め。ほんの少しの時間で感情が揺さぶられ過ぎたのかもしれない。
 日付けが明日に変わろうとする頃、ようやく馬車の音がして三人が帰って来た。賑やかな声が響く。使用人たちも大勢出迎えているようで笑い声や拍手が聞こえる。

(私が帰った時は誰も迎えてくれなかった。いつものことだけど)

 あの様子だと、リアナが婚約者に選ばれたのだろうとエレナは推測した。胸が、ギュッと掴まれたように痛い。

(クルス様……本当に素敵な方だった。ダンスして、お近くでお顔を見ることができて、それだけでも良い思い出だわ。そうよ、そう思わなくちゃ)

 明日の朝食でおそらく二人の婚約を聞かされるだろう。ちゃんと祝福しようと心に決め、苦手な笑顔の練習をした。お前の笑顔は気持ちが悪いと父にいつも言われているけれど。
 その晩はなかなか寝付けず、何度も寝返りを打ちながらようやく眠りについたエレナだった。

 翌朝、朝食の席で父母は上機嫌だった。

「エレナ。昨夜の夜会でリアナが王太子殿下の婚約者に選ばれたぞ」

「お妃候補などではないのよ。もうリアナ以外考えられないと仰ってね。国王陛下もたいそう気に入って下さって、すぐに婚約が決まったの。さすが、私たちの娘だわ」

「それはおめでとうございます。リアナ、殿下ととてもお似合いだったわ。おめでとう」

(上手く笑えたかしら?……父に怒られないかしら)

 いつもなら怒声が飛んでくるところだが、今朝の上機嫌は全てを忘れさせる効果があるようで父はニコニコ笑っている。
 リアナは頬を染め可憐な微笑みを浮かべていた。

「ありがとう、エレナ。私たち、お互いに強く惹かれ合ったの。一目で恋に落ちるなんて小説のようなことが本当に起こるとは思わなかったわ」

 恋する乙女とはこんなにも美しくなるものなのかとエレナは感嘆していた。ただでさえ美しいリアナが、今朝は神々しくすら感じる。

「今日からリアナは忙しくなるわよ。毎日王宮へ通ってお妃教育を受けることになったの。嫁入り支度も最高のものを揃えなければね」

「ワシらもいろいろと王太子殿下と話を詰めねばならん。婚約発表の時期や結婚式の日取りなどな。嬉しい忙しさではあるがな」

 二人が笑顔でいてくれるなら、エレナはそれでいいと思えた。ディアス家のこの慶事を、エレナも共に喜んでいいと言うのなら。
 でもそれはすぐに打ち砕かれた。

「ところでエレナ。殿下との結婚を進めていくにあたってお前のような者が家族にいるというのはどうにも都合が悪い。だから、お前には家から出て行ってもらう」

「えっ……?」

 一瞬、何を言われているのかエレナには理解ができなかった。

「前から言っていただろう。お前は田舎の貴族に嫁がせると。ちょうど、国の東端の辺境にいる老男爵が後妻を探しているらしい。そこと話を付けるから、お前はすぐにでも嫁いでもらう」

「そんな……私はリアナの結婚式すら見られないのですか?」

「当たり前だろう。お前みたいなみっともない妹がいるなんてリアナにとって恥だ。兄のアルフレッドも、お前と暮らすのが嫌で別の屋敷で所帯を持ったのだぞ。お前さえいなければあいつも妻子と共にここに戻って来てくれる。いいことずくめだ」

 エレナは助けを求めるように母とリアナを見つめた。だが母はツンとすました顔でサラダを口に運んでいてエレナを見ようともしない。リアナは無邪気な笑顔をエレナに向けてこう言った。

「まあ! エレナが先にお嫁さんになるのね! おめでとう、エレナ! 田舎は景色も綺麗でしょうし、エレナにぴったりだわ。本当におめでとう」

 心からの祝福を見せるリアナ。
 彼女はいつもそうだ。エレナが父母や兄、学園のクラスメイトに辛くあたられていても全く意に介さない。
 本心なのかそうでないのか、彼女の心はエレナには読めなかった。双子の姉妹だというのに。
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