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眩いシャンデリアの光が美しく着飾った人々をより煌びやかに映し出す。カレスティア王国王宮の大広間にて開かれた夜会に初めて参加したエレナは、その華やかさに圧倒され入口で立ち止まっていた。
「あら嫌だ、『じゃない方令嬢』がお一人でいらっしゃるわよ」
「家族にも見放されているって本当だったのねえ。エスコートする父親すら側にいないなんて」
わざと聞こえるように囁かれる嫌味は右から左へと受け流しておく。今夜はとにかくこの場の雰囲気を楽しもうとエレナは決めていた。
(もしかしたら夜会に参加する機会はもうないかもしれないもの)
エレナがここにいるのも適齢期の令嬢は全員参加という決まりがあったからこそ。そうでなければ父母はリアナしか連れてこないだろう。
(クルス王太子殿下の婚約者を選ぶための夜会。今日だけは身分の上下に関係なく全ての貴族令嬢が集められる。私が選ばれるなんてことは万に一つも無いだろうけれど、夢を見るくらいは許されると思うわ)
給仕が飲み物を盆に載せスイスイと人波を泳いで行く。どの令嬢も親に付き添われ、緊張した面持ちで王太子のお出ましを待っているようだ。
(どんな方かしら、クルス殿下って。噂ではとても美しい方だと聞いているけれど)
やがて高らかにファンファーレが鳴り王族方が入場して来た。令嬢たちが息を飲む気配がする。現れた王太子に皆の、そしてエレナの目も釘付けになった。
王太子クルスはスラリとした体躯で、金糸のような美しい髪と穏やかな春の海のような青い瞳の持ち主だった。すんなりとした優しい顔をしていて、その微笑みはこの世の全てを虜にしそうなほど。
(なんて美しい方。リアナと並べばきっとお似合いでしょうね)
チクリと胸が痛む。自分は彼には似合わないとエレナは知っているのだ。幼い頃から父母にそう言われて育ってきたのだから。
『リアナは美しいからきっと王太子様に選ばれるだろう。だがお前は醜い。田舎の貴族の後妻にでもするしかないな』
そんな風に言われてもエレナは反抗せず項垂れるばかりだった。
(仕方がないわ。私はこんなに暗くて重い黒髪だし、笑顔も似合わない。田舎だろうと後妻だろうと結婚してもらえるだけで有難いのだから、どこにでも嫁ぐわ。だから……今日のこの華やかな光景を目に焼き付けて一生の思い出にしておこう)
そんな風に考えていると、近くにいる人たちがザワザワし始めた。壇上から降りたクルス王太子が、エレナのいる場所へ真っ直ぐに歩いて来たのだ。
「美しいレディ、お名前をお聞きしてもよろしいですか?」
軽く会釈をして微笑むクルス。エレナは信じられないという顔で周りを見回したが、どう見ても彼はエレナに話しかけていた。
「……はい、クルス殿下。わたくしはディアス侯爵が次女、エレナ・ディアスでございます」
震えながらカーテシーをするエレナ。まさか王太子に声を掛けられるなどと思ってもいなかった。
「ああ、ディアス侯爵には確か美しい娘御がいると聞いていたがあなたのことだったのですね」
後ろからざわめきが聞こえる。違う、と言っているのだろう。エレナもそう思った、だが言えなかった。
「踊っていただけますか?」
微笑んで出された王太子の手を、断ることが出来る女性などいるだろうか。
勘違いだと知りながらもエレナは彼の手を取った。絹糸のような髪がサラリと揺れ、青い瞳がエレナを見つめている。エスコートされてフロアの中央に出ると、会場中の視線が二人に向けられた。
「人前で踊るのは初めてですの。緊張しますわ」
エレナは正直に打ち明けた。
「大丈夫。私に任せて」
その言葉通り、クルスのダンスはとてもリードが巧みで、不慣れなエレナでもそれを感じさせないほどスムーズに踊ることが出来た。ターンするたびにドレスがふわりと揺れる。リアナのお下がりではあるが、凝った刺繍が施された美しいドレスだ。
「エレナ嬢、君は美しい。ぜひ私のお妃候補になって欲しい」
「えっ……わたくしがそんな」
クルスは甘い微笑みをエレナに見せ、彼女の胸をときめかせた。
「あら嫌だ、『じゃない方令嬢』がお一人でいらっしゃるわよ」
「家族にも見放されているって本当だったのねえ。エスコートする父親すら側にいないなんて」
わざと聞こえるように囁かれる嫌味は右から左へと受け流しておく。今夜はとにかくこの場の雰囲気を楽しもうとエレナは決めていた。
(もしかしたら夜会に参加する機会はもうないかもしれないもの)
エレナがここにいるのも適齢期の令嬢は全員参加という決まりがあったからこそ。そうでなければ父母はリアナしか連れてこないだろう。
(クルス王太子殿下の婚約者を選ぶための夜会。今日だけは身分の上下に関係なく全ての貴族令嬢が集められる。私が選ばれるなんてことは万に一つも無いだろうけれど、夢を見るくらいは許されると思うわ)
給仕が飲み物を盆に載せスイスイと人波を泳いで行く。どの令嬢も親に付き添われ、緊張した面持ちで王太子のお出ましを待っているようだ。
(どんな方かしら、クルス殿下って。噂ではとても美しい方だと聞いているけれど)
やがて高らかにファンファーレが鳴り王族方が入場して来た。令嬢たちが息を飲む気配がする。現れた王太子に皆の、そしてエレナの目も釘付けになった。
王太子クルスはスラリとした体躯で、金糸のような美しい髪と穏やかな春の海のような青い瞳の持ち主だった。すんなりとした優しい顔をしていて、その微笑みはこの世の全てを虜にしそうなほど。
(なんて美しい方。リアナと並べばきっとお似合いでしょうね)
チクリと胸が痛む。自分は彼には似合わないとエレナは知っているのだ。幼い頃から父母にそう言われて育ってきたのだから。
『リアナは美しいからきっと王太子様に選ばれるだろう。だがお前は醜い。田舎の貴族の後妻にでもするしかないな』
そんな風に言われてもエレナは反抗せず項垂れるばかりだった。
(仕方がないわ。私はこんなに暗くて重い黒髪だし、笑顔も似合わない。田舎だろうと後妻だろうと結婚してもらえるだけで有難いのだから、どこにでも嫁ぐわ。だから……今日のこの華やかな光景を目に焼き付けて一生の思い出にしておこう)
そんな風に考えていると、近くにいる人たちがザワザワし始めた。壇上から降りたクルス王太子が、エレナのいる場所へ真っ直ぐに歩いて来たのだ。
「美しいレディ、お名前をお聞きしてもよろしいですか?」
軽く会釈をして微笑むクルス。エレナは信じられないという顔で周りを見回したが、どう見ても彼はエレナに話しかけていた。
「……はい、クルス殿下。わたくしはディアス侯爵が次女、エレナ・ディアスでございます」
震えながらカーテシーをするエレナ。まさか王太子に声を掛けられるなどと思ってもいなかった。
「ああ、ディアス侯爵には確か美しい娘御がいると聞いていたがあなたのことだったのですね」
後ろからざわめきが聞こえる。違う、と言っているのだろう。エレナもそう思った、だが言えなかった。
「踊っていただけますか?」
微笑んで出された王太子の手を、断ることが出来る女性などいるだろうか。
勘違いだと知りながらもエレナは彼の手を取った。絹糸のような髪がサラリと揺れ、青い瞳がエレナを見つめている。エスコートされてフロアの中央に出ると、会場中の視線が二人に向けられた。
「人前で踊るのは初めてですの。緊張しますわ」
エレナは正直に打ち明けた。
「大丈夫。私に任せて」
その言葉通り、クルスのダンスはとてもリードが巧みで、不慣れなエレナでもそれを感じさせないほどスムーズに踊ることが出来た。ターンするたびにドレスがふわりと揺れる。リアナのお下がりではあるが、凝った刺繍が施された美しいドレスだ。
「エレナ嬢、君は美しい。ぜひ私のお妃候補になって欲しい」
「えっ……わたくしがそんな」
クルスは甘い微笑みをエレナに見せ、彼女の胸をときめかせた。
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