14 / 15
14 (ホリー&ディーン回想)
しおりを挟む
煌びやかなシャンデリア、美しい音楽。色とりどりのドレスを纏い、優雅に踊るカップル達。
小さい頃から憧れていた景色の中に入れずにいる自分。窓の外から室内を眺めながら、どうしてこんなことになったんだろう、とホリーはさっきから自問自答していた。
(最初は、入学式だった。教室にポツンといた私に声を掛けてきたのがナターシャだった)
明るい笑顔でよろしくね、と言ってきて。それから一緒にいるようになった。その時はナターシャに好感を持っていたと思う。
誰かに話し掛けられても咄嗟に上手く言葉を返すことが出来ないホリーは、大勢の中にいるのが怖かった。だからいつもナターシャの影に隠れているうちに、いてもいなくても変わらない存在になった。
ある日、伯爵令嬢達が話しているのを物陰で聞いてしまった。
「ナターシャって元気があっていい子よね」
「そうね。男爵令嬢だけど勉強も頑張っているしマリアンヌ様にも可愛がられて」
「それに引き換えホリーは暗いわねえ」
「ナターシャがいないと何にも出来ないんだものねえ。あの子の声、長いこと聞いてない気がするわ」
キャハハ、と笑いながら去って行く令嬢たち。ホリーはいつの間にか拳を握り締めていた。
ナターシャがいい成績を収めたり、委員会で活躍したり、皆から誉められるようなことがある度に、ホリーの心の中には暗い澱のようなものが溜まっていった。
(同じ男爵の身分なのに、どうしてこんなに違ってるんだろう。ナターシャの隣にいると比べられて惨めだ)
そんな風に考えているうちに、ナターシャは何でも要領良く出来るんだからもっと自分を助けてくれるべきだと思うようになった。
そして自分を助けてくれないナターシャは嫌な人間だと、どんどん気持ちが変化していった。自分の中で作り出したナターシャを憎むようになっていったのだ。
(私はナターシャになりたかったのか……)
いつしかホリーの目から涙が流れていた。
「泣いてるのか」
漏れた嗚咽を聞いたディーンが口を開いた。
「……」
「自分が可哀想だと思ってるのか?」
「……いえ」
「反省したのか」
「……あんな嘘をつくんじゃなかったとは思っているわ」
「どうして嘘をついたんだ?」
「……ナターシャだけが幸せになるのが嫌だったのよ」
「マリアンヌ様の所へ行ってナターシャの悪口を言ったのは?」
「あなたが簡単に騙されたから、他の人も騙せると思ったのよ」
「はっ……馬鹿なのは僕だけだったってことか」
ディーンは思わず自嘲した。
「……あなたには悪いことをしたわ」
ナターシャから奪ってやったという高揚感。それが無くなった今、ディーンと自分が一緒にいる意味は何も無い。どうせもう縁談は望めないのなら、修道院へ行って世間の目から逃れるのもいいかもしれない。
「婚約解消してもいいわよ」
ディーンは驚いてホリーの顔を見た。ナターシャに大声を出した時の顔、頑なに謝りたくないと言っていた時の顔。今はそのどちらでもなかった。
憑き物が落ちたような、熱が冷めたような。そんな表情をしていた。
ディーンは改めてこの半月のことを思い返してみた。
ホリーはいつもニコニコと話を聞いてくれた。自分から話すタイプではなかったが、ディーンの話に相槌を打ち、楽しそうにしてくれるので気持ちよく話すことが出来た。
思えば自分がホリーの嘘を信じてしまったのも、いつもナターシャの隣で微笑んでいた大人しい彼女が嘘をつくようには見えなかったからなのだ。
両親にも優しく接していた。両親は大人しいが良い娘が来てくれたと喜んでいた。ディーンの両親はなかなか子供に恵まれず、ディーンが生まれるまで長くかかったためかなり高齢だ。あまり先は長くないだろう。早く孫を抱かせてやりたい。ディーンはそう思っていた。
「ホリー。君は、ナターシャへの嫉妬心から嘘をついていたんだろう」
ホリーは小さく頷いた。
「だったら、もう嘘はつかないと誓うか」
「……嘘をついても、もう誰も信じないと思うわ」
「なら、やはり一緒に謝りに行こう」
ホリーは伏せていた目をディーンに向けた。
「ナターシャは謝れば許してくれる。そういう人だ。皆の前で謝って、この騒動を終わりにしよう」
ナターシャが許してくれる……言われなくてもそんなことはわかりきっている。
「どうして嘘をついたとか、理由はまだ、ナターシャには言いたくないわ」
「それでもいいだろう。今日のうちに謝ることが大切だ」
「……あなたはそれでいいの」
「正直、君を許せない気持ちはある。ナターシャにパートナーがいなかったら、どんなに惨めでも縋りついて許しを請うたかもしれない。だがもうすでに遅いんだ。ナターシャの心は僕にはない」
(そうね。ディーンを奪ったとたんに現れたあの人。ナターシャはもうディーンのことは見ていない。私がいくらナターシャになろうとしても、彼女はさらに先に行ってしまう)
「僕らはこれでも貴族の端くれだ。愛が無くともそれなりにやっていけるはずだ。反省してやり直した夫婦を演じていかないか」
「演じる?」
「そうだ。殊勝な姿を見せていくんだ。世間に認められるまで」
(演じる……そう思えばナターシャに謝ることも出来るかもしれない。今はまだ悔しくて、心から謝ることは出来ないから)
「わかったわ。あなたは本当にそれでいいのね?」
「ああ」
「……ありがとう」
ディーンはホリーが感謝の意を述べたことに驚いた。やはりさっきまでとは違う。何かしらの心境の変化があったのだろう。
「じゃあ、ダンスの時間が終わったら、戻ろう」
「ええ」
ホリーは真っ直ぐに室内の様子を見つめていた。
小さい頃から憧れていた景色の中に入れずにいる自分。窓の外から室内を眺めながら、どうしてこんなことになったんだろう、とホリーはさっきから自問自答していた。
(最初は、入学式だった。教室にポツンといた私に声を掛けてきたのがナターシャだった)
明るい笑顔でよろしくね、と言ってきて。それから一緒にいるようになった。その時はナターシャに好感を持っていたと思う。
誰かに話し掛けられても咄嗟に上手く言葉を返すことが出来ないホリーは、大勢の中にいるのが怖かった。だからいつもナターシャの影に隠れているうちに、いてもいなくても変わらない存在になった。
ある日、伯爵令嬢達が話しているのを物陰で聞いてしまった。
「ナターシャって元気があっていい子よね」
「そうね。男爵令嬢だけど勉強も頑張っているしマリアンヌ様にも可愛がられて」
「それに引き換えホリーは暗いわねえ」
「ナターシャがいないと何にも出来ないんだものねえ。あの子の声、長いこと聞いてない気がするわ」
キャハハ、と笑いながら去って行く令嬢たち。ホリーはいつの間にか拳を握り締めていた。
ナターシャがいい成績を収めたり、委員会で活躍したり、皆から誉められるようなことがある度に、ホリーの心の中には暗い澱のようなものが溜まっていった。
(同じ男爵の身分なのに、どうしてこんなに違ってるんだろう。ナターシャの隣にいると比べられて惨めだ)
そんな風に考えているうちに、ナターシャは何でも要領良く出来るんだからもっと自分を助けてくれるべきだと思うようになった。
そして自分を助けてくれないナターシャは嫌な人間だと、どんどん気持ちが変化していった。自分の中で作り出したナターシャを憎むようになっていったのだ。
(私はナターシャになりたかったのか……)
いつしかホリーの目から涙が流れていた。
「泣いてるのか」
漏れた嗚咽を聞いたディーンが口を開いた。
「……」
「自分が可哀想だと思ってるのか?」
「……いえ」
「反省したのか」
「……あんな嘘をつくんじゃなかったとは思っているわ」
「どうして嘘をついたんだ?」
「……ナターシャだけが幸せになるのが嫌だったのよ」
「マリアンヌ様の所へ行ってナターシャの悪口を言ったのは?」
「あなたが簡単に騙されたから、他の人も騙せると思ったのよ」
「はっ……馬鹿なのは僕だけだったってことか」
ディーンは思わず自嘲した。
「……あなたには悪いことをしたわ」
ナターシャから奪ってやったという高揚感。それが無くなった今、ディーンと自分が一緒にいる意味は何も無い。どうせもう縁談は望めないのなら、修道院へ行って世間の目から逃れるのもいいかもしれない。
「婚約解消してもいいわよ」
ディーンは驚いてホリーの顔を見た。ナターシャに大声を出した時の顔、頑なに謝りたくないと言っていた時の顔。今はそのどちらでもなかった。
憑き物が落ちたような、熱が冷めたような。そんな表情をしていた。
ディーンは改めてこの半月のことを思い返してみた。
ホリーはいつもニコニコと話を聞いてくれた。自分から話すタイプではなかったが、ディーンの話に相槌を打ち、楽しそうにしてくれるので気持ちよく話すことが出来た。
思えば自分がホリーの嘘を信じてしまったのも、いつもナターシャの隣で微笑んでいた大人しい彼女が嘘をつくようには見えなかったからなのだ。
両親にも優しく接していた。両親は大人しいが良い娘が来てくれたと喜んでいた。ディーンの両親はなかなか子供に恵まれず、ディーンが生まれるまで長くかかったためかなり高齢だ。あまり先は長くないだろう。早く孫を抱かせてやりたい。ディーンはそう思っていた。
「ホリー。君は、ナターシャへの嫉妬心から嘘をついていたんだろう」
ホリーは小さく頷いた。
「だったら、もう嘘はつかないと誓うか」
「……嘘をついても、もう誰も信じないと思うわ」
「なら、やはり一緒に謝りに行こう」
ホリーは伏せていた目をディーンに向けた。
「ナターシャは謝れば許してくれる。そういう人だ。皆の前で謝って、この騒動を終わりにしよう」
ナターシャが許してくれる……言われなくてもそんなことはわかりきっている。
「どうして嘘をついたとか、理由はまだ、ナターシャには言いたくないわ」
「それでもいいだろう。今日のうちに謝ることが大切だ」
「……あなたはそれでいいの」
「正直、君を許せない気持ちはある。ナターシャにパートナーがいなかったら、どんなに惨めでも縋りついて許しを請うたかもしれない。だがもうすでに遅いんだ。ナターシャの心は僕にはない」
(そうね。ディーンを奪ったとたんに現れたあの人。ナターシャはもうディーンのことは見ていない。私がいくらナターシャになろうとしても、彼女はさらに先に行ってしまう)
「僕らはこれでも貴族の端くれだ。愛が無くともそれなりにやっていけるはずだ。反省してやり直した夫婦を演じていかないか」
「演じる?」
「そうだ。殊勝な姿を見せていくんだ。世間に認められるまで」
(演じる……そう思えばナターシャに謝ることも出来るかもしれない。今はまだ悔しくて、心から謝ることは出来ないから)
「わかったわ。あなたは本当にそれでいいのね?」
「ああ」
「……ありがとう」
ディーンはホリーが感謝の意を述べたことに驚いた。やはりさっきまでとは違う。何かしらの心境の変化があったのだろう。
「じゃあ、ダンスの時間が終わったら、戻ろう」
「ええ」
ホリーは真っ直ぐに室内の様子を見つめていた。
111
お気に入りに追加
1,967
あなたにおすすめの小説
記憶がないなら私は……
しがと
恋愛
ずっと好きでようやく付き合えた彼が記憶を無くしてしまった。しかも私のことだけ。そして彼は以前好きだった女性に私の目の前で抱きついてしまう。もう諦めなければいけない、と彼のことを忘れる決意をしたが……。 *全4話
女騎士と文官男子は婚約して10年の月日が流れた
宮野 楓
恋愛
幼馴染のエリック・リウェンとの婚約が家同士に整えられて早10年。 リサは25の誕生日である日に誕生日プレゼントも届かず、婚約に終わりを告げる事決める。 だがエリックはリサの事を……
【完結】勘違いしないでくれ!君は(仮)だから。
山葵
恋愛
「父上が婚約者を決めると言うから、咄嗟にクリスと結婚したい!と言ったんだ。ああ勘違いしないでくれ!君は(仮)だ。(仮)の婚約者だから本気にしないでくれ。学園を卒業するまでには僕は愛する人を見付けるつもりだよ」
そう笑顔で私に言ったのは第5王子のフィリップ様だ。
末っ子なので兄王子4人と姉王女に可愛がられ甘えん坊の駄目王子に育った。
【完結】私は死んだ。だからわたしは笑うことにした。
彩華(あやはな)
恋愛
最後に見たのは恋人の手をとる婚約者の姿。私はそれを見ながら階段から落ちた。
目を覚ましたわたしは変わった。見舞いにも来ない両親にー。婚約者にもー。わたしは私の為に彼らをやり込める。わたしは・・・私の為に、笑う。
婚約者の初恋を応援するために婚約解消を受け入れました
よーこ
恋愛
侯爵令嬢のアレクシアは婚約者の王太子から婚約の解消を頼まれてしまう。
理由は初恋の相手である男爵令嬢と添い遂げたいから。
それを聞いたアレクシアは、王太子の恋を応援することに。
さて、王太子の初恋は実るのかどうなのか。
アリシアの恋は終わったのです【完結】
ことりちゃん
恋愛
昼休みの廊下で、アリシアはずっとずっと大好きだったマークから、いきなり頬を引っ叩かれた。
その瞬間、アリシアの恋は終わりを迎えた。
そこから長年の虚しい片想いに別れを告げ、新しい道へと歩き出すアリシア。
反対に、後になってアリシアの想いに触れ、遅すぎる行動に出るマーク。
案外吹っ切れて楽しく過ごす女子と、どうしようもなく後悔する残念な男子のお話です。
ーーーーー
12話で完結します。
よろしくお願いします(´∀`)
【完結】離縁されたので実家には戻らずに自由にさせて貰います!
山葵
恋愛
「キリア、俺と離縁してくれ。ライラの御腹には俺の子が居る。産まれてくる子を庶子としたくない。お前に子供が授からなかったのも悪いのだ。慰謝料は払うから、離婚届にサインをして出て行ってくれ!」
夫のカイロは、自分の横にライラさんを座らせ、向かいに座る私に離婚届を差し出した。
【完結】私の小さな復讐~愛し合う幼馴染みを婚約させてあげましょう~
山葵
恋愛
突然、幼馴染みのハリーとシルビアが屋敷を訪ねて来た。
2人とは距離を取っていたから、こうして会うのは久し振りだ。
「先触れも無く、突然訪問してくるなんて、そんなに急用なの?」
相変わらずベッタリとくっ付きソファに座る2人を見ても早急な用事が有るとは思えない。
「キャロル。俺達、良い事を思い付いたんだよ!お前にも悪い話ではない事だ」
ハリーの思い付いた事で私に良かった事なんて合ったかしら?
もう悪い話にしか思えないけれど、取り合えずハリーの話を聞いてみる事にした。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる