上 下
12 / 15

12 (ホリー&ディーン視点)

しおりを挟む
(悔しい悔しい悔しい! どうしてマリアンヌはいつもナターシャの味方なの?  どうしてあんな素敵な人が急に現れるの? どうして私はいつも貧乏くじを引かされるの……?)

会場の外に走り出たホリーは石畳にヒールを取られ転んでしまった。

「痛……」

ドレスが汚れてしまう。そう思って立ち上がり、屈んで足をさすりながらホリーは涙が溢れてきた。

(今日は新しい私の始まる日だったのに。私の方が上だってナターシャに思い知らせるはずだったのに……)

「ホリー」

後ろから追いかけて来たディーンが声を掛けた。だがホリーは返事をしなかった。

「ホリー。どうして嘘をついたんだ」

それでもまだ顔を見せようとせず、頑なに後ろを向いたままだった。

「ホリー。君があんな嘘をつくから、僕はナターシャを失ってしまった。もしかしたら僕のものになっていたかもしれないのに」

「……それなら、今から奪ってくればいいじゃない」

「そんなこと出来る訳ないじゃないか。公爵家のパートナーが側にいるのに」

(それが一番悔しいのよ。ナターシャとディーンの邪魔をせず素直にパートナーにさせておけば、私があの人のパートナーになれたかもしれなかった)

「君が僕を好きだと言ったのも、嘘だったのか?」

「……」

「婚約指輪を喜んでいたのも、僕の両親に向けた笑顔も」

「……」

「お互いの両親があんなに喜んでいたのに、婚約解消なんて本当はしたくない。君もそうじゃないのか?」

ホリーの両親は、子爵家と縁談がまとまったことをとても喜んでいた。幼い頃から特に褒められるような事もなかったホリーだが、ようやく親を喜ばせることが出来たのは嬉しかった。だからもちろん、ホリーだって婚約解消などはしたくなかった。

「……ええ。そうね」

「だが今夜のことは親の耳にも入るだろう。親は悲しむし、君は嘘つき女、僕は簡単に騙された男として人々に揶揄されることになる。きっとその後の縁談は望めない、二人とも」

そうかもしれない。いや、必ずそうなるだろう。ホリーは母親の泣き顔が浮かんだ。

「だから、僕らは真摯に反省して、やり直していかなければならない。その姿を見せてこそもう一度信頼されるだろう。だから、二人でナターシャに謝りに行こう」

「嫌よ。謝りたくなんてない」

「ホリー。それならば婚約解消しかない」

強く言われてホリーは黙り込んだ。

(婚約解消……それだけは嫌。そうなったらきっと修道院に送られて神に仕えて一生を終わることになる。私はただ、ナターシャより幸せになりたかっただけなのに)

「……わかったわ。謝りに行きます。でも、今はまだ行きたくない。ダンスが終わるまで待って」

「いいだろう。僕もダンスなんてする気分ではない」

ディーンとしては、本当はホリーの顔を見たくもなかった。好意を寄せていたナターシャが実は自分を好きでいてくれたのに、ホリーの嘘のせいで彼女は自分の手の中からすり抜けて行き、公爵令息に見初められてしまった。

これから事あるごとにあの二人の姿を見なければならないのだ。その度に、今日と同じ思いを味わうことになるだろう。

(どうしてナターシャを信じなかったのか。どうしてホリーの言うことをあっさりと信じてしまったのか……自分の愚かさを笑うしかない)

さっきまで、ディーンは幸せだった。大人しく淑やかで自分を一途に好きでいてくれる女性を生涯の伴侶として手に入れたと信じきっていたから。

だが今は、友達もなく信用もない女と人生を共にしなければならないという虚無感しかなかった。

(こんなはずじゃなかった……)

お互いにそう思っている哀れな婚約者達は、窓から漏れ聞こえてくる楽団の音楽を聴きながら立ち尽くしていた。

しおりを挟む
感想 30

あなたにおすすめの小説

【完結】勘違いしないでくれ!君は(仮)だから。

山葵
恋愛
「父上が婚約者を決めると言うから、咄嗟にクリスと結婚したい!と言ったんだ。ああ勘違いしないでくれ!君は(仮)だ。(仮)の婚約者だから本気にしないでくれ。学園を卒業するまでには僕は愛する人を見付けるつもりだよ」 そう笑顔で私に言ったのは第5王子のフィリップ様だ。 末っ子なので兄王子4人と姉王女に可愛がられ甘えん坊の駄目王子に育った。

記憶がないなら私は……

しがと
恋愛
ずっと好きでようやく付き合えた彼が記憶を無くしてしまった。しかも私のことだけ。そして彼は以前好きだった女性に私の目の前で抱きついてしまう。もう諦めなければいけない、と彼のことを忘れる決意をしたが……。  *全4話

女騎士と文官男子は婚約して10年の月日が流れた

宮野 楓
恋愛
幼馴染のエリック・リウェンとの婚約が家同士に整えられて早10年。 リサは25の誕生日である日に誕生日プレゼントも届かず、婚約に終わりを告げる事決める。 だがエリックはリサの事を……

婚約者の初恋を応援するために婚約解消を受け入れました

よーこ
恋愛
侯爵令嬢のアレクシアは婚約者の王太子から婚約の解消を頼まれてしまう。 理由は初恋の相手である男爵令嬢と添い遂げたいから。 それを聞いたアレクシアは、王太子の恋を応援することに。 さて、王太子の初恋は実るのかどうなのか。

【完結】旦那様!単身赴任だけは勘弁して下さい!

たまこ
恋愛
 エミリーの大好きな夫、アランは王宮騎士団の副団長。ある日、栄転の為に辺境へ異動することになり、エミリーはてっきり夫婦で引っ越すものだと思い込み、いそいそと荷造りを始める。  だが、アランの部下に「副団長は単身赴任すると言っていた」と聞き、エミリーは呆然としてしまう。アランが大好きで離れたくないエミリーが取った行動とは。

【完結】私は死んだ。だからわたしは笑うことにした。

彩華(あやはな)
恋愛
最後に見たのは恋人の手をとる婚約者の姿。私はそれを見ながら階段から落ちた。 目を覚ましたわたしは変わった。見舞いにも来ない両親にー。婚約者にもー。わたしは私の為に彼らをやり込める。わたしは・・・私の為に、笑う。

【完結】私の事は気にせずに、そのままイチャイチャお続け下さいませ ~私も婚約解消を目指して頑張りますから~

山葵
恋愛
ガルス侯爵家の令嬢である わたくしミモルザには、婚約者がいる。 この国の宰相である父を持つ、リブルート侯爵家嫡男レイライン様。 父同様、優秀…と期待されたが、顔は良いが頭はイマイチだった。 顔が良いから、女性にモテる。 わたくしはと言えば、頭は、まぁ優秀な方になるけれど、顔は中の上位!? 自分に釣り合わないと思っているレイラインは、ミモルザの見ているのを知っていて今日も美しい顔の令嬢とイチャイチャする。 *沢山の方に読んで頂き、ありがとうございます。m(_ _)m

【完結】記憶を失くした旦那さま

山葵
恋愛
副騎士団長として働く旦那さまが部下を庇い頭を打ってしまう。 目が覚めた時には、私との結婚生活も全て忘れていた。 彼は愛しているのはリターナだと言った。 そんな時、離縁したリターナさんが戻って来たと知らせが来る…。

処理中です...