好きな人と友人が付き合い始め、しかも嫌われたのですが

月(ユエ)/久瀬まりか

文字の大きさ
上 下
9 / 15

9

しおりを挟む
それから本番まで毎日、キースはナターシャの家でダンスの練習をした。もちろん、二人ともちゃんと踊れるので、呼吸を合わせる練習をするのだった。

(ダンスの授業で習っただけだから、こうやって同じ男の人と何度も練習するのは初めて。段々と、呼吸が合ってきた気がする。それにリードが上手くてとっても踊りやすいわ)

下から見上げるキースは相変わらず前髪はボサボサで、あまり瞳が見えない。

「キース、どうしてそんなに前髪を長くしているの?」

「うーん、いろいろ面倒なんだ。学校を卒業したらちゃんと整えるつもりだよ」

「ふふっ、あなたって面白いわね。ハンカチを何枚も持つマメさはあるのに髪を整えるのは面倒だなんて」

「前髪が長い男は嫌い?」

「いえ、髪型なんて関係ないわ。それより、男の人は誠実で私のことだけを好きでいてくれる人がいいわね」

「僕は誠実な部類だと思うし、好きな人は一人でいいって思ってるよ」

踊っているから顔が近いうえに耳元で囁かれてナターシャはドギマギした。

「えーと、キース、そろそろ休憩しましょ」

ナターシャは顔が赤くなるのを誤魔化すために後ろを向いてお茶の用意をした。

(パーティーのためのレンタルパートナーなのに、キースったらなんだか恋人っぽいムードを作ってくれるから……本気にしないように気をつけなくちゃ)



☆☆☆☆☆


一方、ホリーとディーンはトントン拍子に話が進み、正式な婚約を結ぶに至った。双方の親たちはやっと相手が決まった、と大層喜んだのだ。

婚約指輪を贈られたホリーは初めて自分に自信を持っていた。

(私はディーンに選ばれた。ディーンは子爵家の長男だしいずれその位を継ぐわ。私はナターシャよりも上の位になるのよ)

マリアンヌを味方にすることは出来なかったが、他の令嬢達は同情してくれた。これからは楽しい社交界生活が待っているはずだ。

(ナターシャはあの冴えない兄と出席するんでしょうね。あと一週間でパートナーが見つかる訳ないし)

ホリーは、自分の指に光る婚約指輪を見たナターシャがどんな顔をするかと想像してほくそ笑んだ。


☆☆☆☆☆


パーティー前日、ナターシャの屋敷にはキースからアクセサリーと花が届いた。

「まあ、なんて素敵なティアラにネックレス。お揃いのイヤリングまであるわ。豪華ねえ。既製品のドレスが高級に見えちゃいそうよ」

母はドレスに合わせてみて喜んでいた。

「でもお母様、こんな高価な物受け取っていいのかしら」

「明日付けてきて欲しいってことでしょう? 遠慮なく着飾って行きなさいな。後で、お礼の品を持って行く時にお返しすれば大丈夫よ」

「あっ、そうね。そうよね。プレゼントかと思っちゃった」

(いけない、いけない。こういう、思い込みが激しいところがホリーに嫌われたのかもしれない。気をつけよう)

明日はディーンとホリーとも顔を合わせるだろう。正直まだ辛いけど、もし話すことが出来たらちゃんとおめでとうって言おう、とナターシャは思った。



そして当日。キースが公爵家の馬車で迎えに来てくれた。

「お手をどうぞ、ナターシャ」

柔らかく微笑んで手を差し伸べるキースに、ナターシャは心臓が止まりそうだった。なぜなら、今日彼は髪をきちんと整えていて、美しいブルーの瞳と整った顔立ちが露わになっていたのだ。

(待って! こんなに綺麗な人だなんて聞いてない! いえ、マリアンヌ様のお顔から想像は出来たはずだけど……それにしても! 横に並ぶのが嫌になるくらい綺麗なんですけど……)

「ねえキース、そんなに綺麗な顔をしているのにいつも隠していて勿体ないわ」

馬車の中で思わずそう言うとキースは、

「うん、そうなんだよ」

と照れるでもなく言った。

「この顔のせいで女の子からは追いかけられ、先生からは贔屓され、そのため男子からは嫌われ……と、散々な思いをしてきたからね。いっそのこと髪で顔を隠してみようと思ったんだ。僕の中身だけを見てもらいたかったから。だけどもう、隠さなくてもいいかなって」

「そうなの? もう追いかけられても平気なの?」

「うん。もう、断る理由は見つけたからね」

そう言ってニコニコしているキースを、ナターシャはやっぱりヘンな人だなぁと思いながら見つめていた。
しおりを挟む
感想 30

あなたにおすすめの小説

記憶がないなら私は……

しがと
恋愛
ずっと好きでようやく付き合えた彼が記憶を無くしてしまった。しかも私のことだけ。そして彼は以前好きだった女性に私の目の前で抱きついてしまう。もう諦めなければいけない、と彼のことを忘れる決意をしたが……。  *全4話

【完結】私は死んだ。だからわたしは笑うことにした。

彩華(あやはな)
恋愛
最後に見たのは恋人の手をとる婚約者の姿。私はそれを見ながら階段から落ちた。 目を覚ましたわたしは変わった。見舞いにも来ない両親にー。婚約者にもー。わたしは私の為に彼らをやり込める。わたしは・・・私の為に、笑う。

【完結】勘違いしないでくれ!君は(仮)だから。

山葵
恋愛
「父上が婚約者を決めると言うから、咄嗟にクリスと結婚したい!と言ったんだ。ああ勘違いしないでくれ!君は(仮)だ。(仮)の婚約者だから本気にしないでくれ。学園を卒業するまでには僕は愛する人を見付けるつもりだよ」 そう笑顔で私に言ったのは第5王子のフィリップ様だ。 末っ子なので兄王子4人と姉王女に可愛がられ甘えん坊の駄目王子に育った。

愛される日は来ないので

豆狸
恋愛
だけど体調を崩して寝込んだ途端、女主人の部屋から物置部屋へ移され、満足に食事ももらえずに死んでいったとき、私は悟ったのです。 ──なにをどんなに頑張ろうと、私がラミレス様に愛される日は来ないのだと。

婚約者の初恋を応援するために婚約解消を受け入れました

よーこ
恋愛
侯爵令嬢のアレクシアは婚約者の王太子から婚約の解消を頼まれてしまう。 理由は初恋の相手である男爵令嬢と添い遂げたいから。 それを聞いたアレクシアは、王太子の恋を応援することに。 さて、王太子の初恋は実るのかどうなのか。

政略で婚約した二人は果たして幸せになれるのか

よーこ
恋愛
公爵令嬢アンジェリカには七才の時からの婚約者がいる。 その婚約者に突然呼び出され、婚約の白紙撤回を提案されてしまう。 婚約者を愛しているアンジェリカは婚約を白紙にはしたくない。 けれど相手の幸せを考えれば、婚約は撤回すべきなのかもしれない。 そう思ったアンジェリカは、本当は嫌だったけど婚約撤回に承諾した。

女騎士と文官男子は婚約して10年の月日が流れた

宮野 楓
恋愛
幼馴染のエリック・リウェンとの婚約が家同士に整えられて早10年。 リサは25の誕生日である日に誕生日プレゼントも届かず、婚約に終わりを告げる事決める。 だがエリックはリサの事を……

妹が私こそ当主にふさわしいと言うので、婚約者を譲って、これからは自由に生きようと思います。

雲丹はち
恋愛
「ねえ、お父さま。お姉さまより私の方が伯爵家を継ぐのにふさわしいと思うの」 妹シエラが突然、食卓の席でそんなことを言い出した。 今まで家のため、亡くなった母のためと思い耐えてきたけれど、それももう限界だ。 私、クローディア・バローは自分のために新しい人生を切り拓こうと思います。

処理中です...