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その日、屋敷に帰ると家の中が慌ただしくなっていた。
「どうしたの? 何かあったの?」
執事に聞くと、
「坊っちゃまが落馬して手を骨折なさいまして」
「えー!」
ナターシャは急いで兄の部屋へ行った。
「お兄様! 大丈夫?」
部屋には父も母もおり、包帯で手を吊った兄が呑気に
「お帰り~」
と言った。
「大丈夫なの?」
「大丈夫大丈夫。落馬したというか、乗ろうとして落ちたというか……カッコ悪いことになっちゃったよ」
「手の骨折で済んで良かったわ。頭は打ってないの?」
「ああ。だが右手が使えないからしばらく不自由だなあ。そうだナターシャ、こんなだからお前のパーティーにも行けないよ」
「まさかお兄様、パーティーに行きたくなくてワザと……」
「んなワケないだろう。こんな痛いのに」
「でも困ったわね。ナターシャ、誰かパートナー代理を頼める人はいないの?」
母に言われたその時、マリアンヌの言葉が浮かんだ。
「うーん、まあいないこともないんだけど……」
「もう一週間しかないんだから、早めにお願いしなさいね。お礼もしなきゃいけないんだし」
「わかったわ。ところでお父様お母様、こんな話があるんだけれど……」
翌日、ナターシャはマリアンヌに侍女の件を受けると返事をした。話を聞いた両親はとても喜んでくれた。王宮の王太子妃付き侍女だなんて、この上ない名誉なのだ。
「それとマリアンヌ様、パートナーのことなんですが……兄が骨折してしまいまして、出席出来なくなってしまったんです。畏れ多いことではありますが、弟様にお願いしてもよろしいでしょうか……?」
「まあ。お気の毒にね、お兄様。どうかお大事になさってね。パートナーの件はもちろんよろしくてよ。今から顔合わせに行きましょう」
「えっ。この学校にいらっしゃるんですか」
「当たり前じゃない。この学校にいない弟だったら十四歳以下になってしまうわ。二年生にいるのよ」
(弟様はあまり目立つ方ではないのかしら。今まで全く存在を知らなかったわ)
二年生と聞いてナターシャはある事を思い出した。
「あっ、マリアンヌ様、ちょっとお待ち下さいね。私、二年生の方に返さないといけない物があるので、それも持って行きます」
ナターシャは鞄から綺麗に洗濯して糊をかけたハンカチを三枚取り出した。
「あら。ハンカチ……?」
「はい。事情があって同じ方に三枚もお借りしていたんです。早くお返ししなきゃと思っていたのですが」
「そうなの……」
マリアンヌは何やら嬉しそうに微笑んでいた。
二年生の男子クラスにやって来たナターシャは、ほとんど来た事のない男子クラスの賑やかな様子に気後れしていた。しかしマリアンヌは全く平気なようで、ドアから中を覗き込み、誰かを手招きした。
「やあ、姉様どうしたの。……あれ、ナターシャ?」
呼ばれて出てきたのはキースだった。
「あ、ええっ、キース? マリアンヌ様の弟様ってキースだったの?」
「あらあら、二人は知り合いだったの?」
「そうなんだよ、ちょっと先日意気投合してね」
キースはあの泣いた日のことは上手くごまかしてくれた。
「おかしいと思っていたのよ。ナターシャが、キースに私がプレゼントしたハンカチを持っていたから」
「あっ、そうだったんですね! 私、そんなこととは知らずに……」
「ふふ、まあいいわ。手間が省けたというものよ。キース、前にチラッとお願いしたと思うんだけどナターシャの卒業パーティーのパートナー、務めてあげてくれないかしら」
「姉様の言っていたお友達ってナターシャのことだったんだね。僕はもちろん構わないけど、ナターシャはどうなのかな」
「あっ、私は……光栄です。お願いしても構わないでしょうか?」
「こちらこそ。宜しくお願いいたします」
キースが恭しく礼をしてくれたので、ナターシャは慌てて礼を返した。
「それじゃあ決まりね。キース、ドレスとタキシードの色を合わせないといけないから放課後ナターシャのお家に寄らせていただきなさいな」
「ええっ、そんな申し訳ないですわ! 色ならお教えしますからそれで……」
「あらダメよ。色味はちゃんと見て確かめないと。ダンスの練習もした方がいいでしょう」
「そうだね。あと一週間だから、毎日通うよ」
「……はい。宜しくお願い致します」
「どうしたの? 何かあったの?」
執事に聞くと、
「坊っちゃまが落馬して手を骨折なさいまして」
「えー!」
ナターシャは急いで兄の部屋へ行った。
「お兄様! 大丈夫?」
部屋には父も母もおり、包帯で手を吊った兄が呑気に
「お帰り~」
と言った。
「大丈夫なの?」
「大丈夫大丈夫。落馬したというか、乗ろうとして落ちたというか……カッコ悪いことになっちゃったよ」
「手の骨折で済んで良かったわ。頭は打ってないの?」
「ああ。だが右手が使えないからしばらく不自由だなあ。そうだナターシャ、こんなだからお前のパーティーにも行けないよ」
「まさかお兄様、パーティーに行きたくなくてワザと……」
「んなワケないだろう。こんな痛いのに」
「でも困ったわね。ナターシャ、誰かパートナー代理を頼める人はいないの?」
母に言われたその時、マリアンヌの言葉が浮かんだ。
「うーん、まあいないこともないんだけど……」
「もう一週間しかないんだから、早めにお願いしなさいね。お礼もしなきゃいけないんだし」
「わかったわ。ところでお父様お母様、こんな話があるんだけれど……」
翌日、ナターシャはマリアンヌに侍女の件を受けると返事をした。話を聞いた両親はとても喜んでくれた。王宮の王太子妃付き侍女だなんて、この上ない名誉なのだ。
「それとマリアンヌ様、パートナーのことなんですが……兄が骨折してしまいまして、出席出来なくなってしまったんです。畏れ多いことではありますが、弟様にお願いしてもよろしいでしょうか……?」
「まあ。お気の毒にね、お兄様。どうかお大事になさってね。パートナーの件はもちろんよろしくてよ。今から顔合わせに行きましょう」
「えっ。この学校にいらっしゃるんですか」
「当たり前じゃない。この学校にいない弟だったら十四歳以下になってしまうわ。二年生にいるのよ」
(弟様はあまり目立つ方ではないのかしら。今まで全く存在を知らなかったわ)
二年生と聞いてナターシャはある事を思い出した。
「あっ、マリアンヌ様、ちょっとお待ち下さいね。私、二年生の方に返さないといけない物があるので、それも持って行きます」
ナターシャは鞄から綺麗に洗濯して糊をかけたハンカチを三枚取り出した。
「あら。ハンカチ……?」
「はい。事情があって同じ方に三枚もお借りしていたんです。早くお返ししなきゃと思っていたのですが」
「そうなの……」
マリアンヌは何やら嬉しそうに微笑んでいた。
二年生の男子クラスにやって来たナターシャは、ほとんど来た事のない男子クラスの賑やかな様子に気後れしていた。しかしマリアンヌは全く平気なようで、ドアから中を覗き込み、誰かを手招きした。
「やあ、姉様どうしたの。……あれ、ナターシャ?」
呼ばれて出てきたのはキースだった。
「あ、ええっ、キース? マリアンヌ様の弟様ってキースだったの?」
「あらあら、二人は知り合いだったの?」
「そうなんだよ、ちょっと先日意気投合してね」
キースはあの泣いた日のことは上手くごまかしてくれた。
「おかしいと思っていたのよ。ナターシャが、キースに私がプレゼントしたハンカチを持っていたから」
「あっ、そうだったんですね! 私、そんなこととは知らずに……」
「ふふ、まあいいわ。手間が省けたというものよ。キース、前にチラッとお願いしたと思うんだけどナターシャの卒業パーティーのパートナー、務めてあげてくれないかしら」
「姉様の言っていたお友達ってナターシャのことだったんだね。僕はもちろん構わないけど、ナターシャはどうなのかな」
「あっ、私は……光栄です。お願いしても構わないでしょうか?」
「こちらこそ。宜しくお願いいたします」
キースが恭しく礼をしてくれたので、ナターシャは慌てて礼を返した。
「それじゃあ決まりね。キース、ドレスとタキシードの色を合わせないといけないから放課後ナターシャのお家に寄らせていただきなさいな」
「ええっ、そんな申し訳ないですわ! 色ならお教えしますからそれで……」
「あらダメよ。色味はちゃんと見て確かめないと。ダンスの練習もした方がいいでしょう」
「そうだね。あと一週間だから、毎日通うよ」
「……はい。宜しくお願い致します」
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