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「マリアンヌ様のドレス、デザインが出来上がったのですね。とっても素敵ですわ!」
女子クラス教室の真ん中で、公爵令嬢マリアンヌが大勢に囲まれていた。濃い金髪を柔らかく纏め、長い睫毛に覆われた瞳は澄んだ湖のように美しいブルー。たくさんの令嬢の中でも一際輝く美貌の持ち主だ。
「おはようございます、皆さま」
男爵令嬢ナターシャは教室に入るとその輪に向かって声を掛けた。
「あらナターシャ、おはよう。私のドレスのデザイン画、出来たのよ。あなたも見ておいてね」
「はい、マリアンヌ様。わぁ、真紅になさったんですね! フリルやドレープもたっぷりとって、優雅なデザインですわ。マリアンヌ様のイメージにぴったり」
「ふふ、ありがとう。決めるのに時間かかってしまって。皆さん、お待たせして申し訳なかったわ」
十人ほどのこのクラスは卒業を間近に控えていた。卒業パーティーは令嬢達にとって最大のイベントであり、どんなドレスを着てどんな相手を連れてくるのかが話題になる。
暗黙の了解として、ドレス被りのないように身分の高い令嬢からドレスのデザインを公開していく慣習があった。それで、クラスの女子は皆マリアンヌのデザインが決まるのを待っていたのである。
「では私はブルーにしますわ」
「私は紫色で」
次々と自分のデザインを公開していく令嬢達。
「ナターシャ、あなたは?」
「私は、まだ何も決まっていないんですよ。皆さまのドレスを参考にして、これから考えていきますわ」
「そう。ホリーにも伝えておいてね」
「わかりました、マリアンヌ様」
今年のクラスは伯爵以上の上位貴族令嬢が多く、下位貴族なのは男爵令嬢であるナターシャとホリーの二人だけ。必然的に二人は一緒にいることが多くなった。しかしホリーは身体が弱く学校を休みがちだったため、ポツンと一人でいたナターシャをマリアンヌは仲間に入れてくれた。
(分け隔てなく接して下さるマリアンヌ様のおかげで、本当に楽しい学校生活だったわ)
身分の高い令嬢の中には下位の令嬢を虐めたり無視したりする人もいると聞くがマリアンヌは全くそんなことはなく、クラスの雰囲気はずっと和やかで居心地が良かった。
(さすがは王太子殿下の婚約者でいらっしゃるわ。本当に素敵な方)
そろそろ授業が始まるので皆が自分の席に戻った頃、後ろのドアがそっと開いた。
「……おはよう、ナターシャ」
「あら、ホリー! おはよう。今日は出て来られたのね」
「ええ。でもギリギリになっちゃった」
「大丈夫、先生はまだいらしてないわ」
良かった、と呟いてホリーは席についた。彼女はとても大人しく、人見知りだ。ナターシャは誰とでも話せる社交的なタイプだが、ホリーはいつもナターシャの後ろに隠れて一言も話さず佇んでいる。ホリーがそういうタイプだと今では皆わかっているので、無理に喋らせようとはしない。
午前の授業が終わり、お待ちかねのランチタイムになった。
「ホリー、カフェテリアに行きましょ」
二人でランチを食べていると、男子クラスのディーンが友人とランチを手にして歩いて来た。
「やあ、ナターシャ。そろそろパーティーの相手は決まったかい?」
「あらディーン、残念ながらまだなのよ。そう言うあなたの方こそどうなの?」
「僕はいろいろ候補がいて決めかねているところさ、君と違って」
「なら早く申し込まないと。どうせ振られるんだから、すぐ次の人にいかなきゃ間に合わないわよ」
「大きなお世話だよ」
笑いながらディーンは去って行った。いつもの軽口バトルである。
彼とは委員会の仕事を一緒にして仲良くなった。あくまでも仲の良い友人。だけど、実はナターシャは彼のことが好きだった。
(仕事をとても真面目にやるし、でも堅苦しくなくて冗談好きで。ディーンとなら楽しい家庭を作れる気がする)
ナターシャは卒業パーティーにディーンと出席したい、と思っている。だけど彼が自分のことをどう思っているのかわからないのだ。ただの友人なのか、それとも女性として見てくれているのか……。
「ねえホリー、はしたないことだと言われてるけど、やっぱり女性から告白してはダメなのかしらね」
「そうねえ。淑女は自分から言い寄ったりしないってマナーの授業でも教わったしね」
「こうやってディーンから申し込んでもらうのを待ってる間に、誰かに取られちゃうんじゃないかって心配なの」
何でもハキハキと話すタイプに見えて、意外と恋愛は奥手なナターシャだった。
「大丈夫よ、きっとディーンはナターシャのこと好きよ。タイミングを見計らってるだけだわ」
「ありがと、ホリー。いつも慰めてくれて嬉しいわ。ところでホリーはパートナーどうするの?」
「うん、私は婚約者もいないし好きな人もいないから、お兄様にエスコートしてもらうつもり」
「そっか。私も、ディーンから申し込まれなかったらお兄様に頼むつもりよ。今から焦ってお見合いするのも良くないしねえ」
マリアンヌは王太子殿下の婚約者だし、他の上位貴族令嬢達はほとんどが幼い頃に決まった婚約者がいる。だから、パートナーが決まっていないのはナターシャとホリーだけだ。
男子クラスの方も大体がパートナー持ちで、決まっていないのは子爵家のディーンとその友人くらいである。
「そうそう、ホリー、マリアンヌ様たちのドレスが決まったわよ。放課後、私達もドレス見に行きましょ」
「やっと決まったのね。楽しみだわ」
上位貴族令嬢は屋敷に仕立て屋を呼び自分の身体に合わせて作ってもらうのだが、ナターシャ達はお店に出掛けて行って既製品から選ぶ。少々サイズが合わないこともあるが、その分お安いのだ。
二人はマリアンヌ達と被らない色の中からあれこれと試着して、ナターシャは明るいオレンジ、ホリーは淡いグリーンのドレスを選んだ。選んだドレスは取り置きしてもらい、後日両親と買いに来ることになった。
女子クラス教室の真ん中で、公爵令嬢マリアンヌが大勢に囲まれていた。濃い金髪を柔らかく纏め、長い睫毛に覆われた瞳は澄んだ湖のように美しいブルー。たくさんの令嬢の中でも一際輝く美貌の持ち主だ。
「おはようございます、皆さま」
男爵令嬢ナターシャは教室に入るとその輪に向かって声を掛けた。
「あらナターシャ、おはよう。私のドレスのデザイン画、出来たのよ。あなたも見ておいてね」
「はい、マリアンヌ様。わぁ、真紅になさったんですね! フリルやドレープもたっぷりとって、優雅なデザインですわ。マリアンヌ様のイメージにぴったり」
「ふふ、ありがとう。決めるのに時間かかってしまって。皆さん、お待たせして申し訳なかったわ」
十人ほどのこのクラスは卒業を間近に控えていた。卒業パーティーは令嬢達にとって最大のイベントであり、どんなドレスを着てどんな相手を連れてくるのかが話題になる。
暗黙の了解として、ドレス被りのないように身分の高い令嬢からドレスのデザインを公開していく慣習があった。それで、クラスの女子は皆マリアンヌのデザインが決まるのを待っていたのである。
「では私はブルーにしますわ」
「私は紫色で」
次々と自分のデザインを公開していく令嬢達。
「ナターシャ、あなたは?」
「私は、まだ何も決まっていないんですよ。皆さまのドレスを参考にして、これから考えていきますわ」
「そう。ホリーにも伝えておいてね」
「わかりました、マリアンヌ様」
今年のクラスは伯爵以上の上位貴族令嬢が多く、下位貴族なのは男爵令嬢であるナターシャとホリーの二人だけ。必然的に二人は一緒にいることが多くなった。しかしホリーは身体が弱く学校を休みがちだったため、ポツンと一人でいたナターシャをマリアンヌは仲間に入れてくれた。
(分け隔てなく接して下さるマリアンヌ様のおかげで、本当に楽しい学校生活だったわ)
身分の高い令嬢の中には下位の令嬢を虐めたり無視したりする人もいると聞くがマリアンヌは全くそんなことはなく、クラスの雰囲気はずっと和やかで居心地が良かった。
(さすがは王太子殿下の婚約者でいらっしゃるわ。本当に素敵な方)
そろそろ授業が始まるので皆が自分の席に戻った頃、後ろのドアがそっと開いた。
「……おはよう、ナターシャ」
「あら、ホリー! おはよう。今日は出て来られたのね」
「ええ。でもギリギリになっちゃった」
「大丈夫、先生はまだいらしてないわ」
良かった、と呟いてホリーは席についた。彼女はとても大人しく、人見知りだ。ナターシャは誰とでも話せる社交的なタイプだが、ホリーはいつもナターシャの後ろに隠れて一言も話さず佇んでいる。ホリーがそういうタイプだと今では皆わかっているので、無理に喋らせようとはしない。
午前の授業が終わり、お待ちかねのランチタイムになった。
「ホリー、カフェテリアに行きましょ」
二人でランチを食べていると、男子クラスのディーンが友人とランチを手にして歩いて来た。
「やあ、ナターシャ。そろそろパーティーの相手は決まったかい?」
「あらディーン、残念ながらまだなのよ。そう言うあなたの方こそどうなの?」
「僕はいろいろ候補がいて決めかねているところさ、君と違って」
「なら早く申し込まないと。どうせ振られるんだから、すぐ次の人にいかなきゃ間に合わないわよ」
「大きなお世話だよ」
笑いながらディーンは去って行った。いつもの軽口バトルである。
彼とは委員会の仕事を一緒にして仲良くなった。あくまでも仲の良い友人。だけど、実はナターシャは彼のことが好きだった。
(仕事をとても真面目にやるし、でも堅苦しくなくて冗談好きで。ディーンとなら楽しい家庭を作れる気がする)
ナターシャは卒業パーティーにディーンと出席したい、と思っている。だけど彼が自分のことをどう思っているのかわからないのだ。ただの友人なのか、それとも女性として見てくれているのか……。
「ねえホリー、はしたないことだと言われてるけど、やっぱり女性から告白してはダメなのかしらね」
「そうねえ。淑女は自分から言い寄ったりしないってマナーの授業でも教わったしね」
「こうやってディーンから申し込んでもらうのを待ってる間に、誰かに取られちゃうんじゃないかって心配なの」
何でもハキハキと話すタイプに見えて、意外と恋愛は奥手なナターシャだった。
「大丈夫よ、きっとディーンはナターシャのこと好きよ。タイミングを見計らってるだけだわ」
「ありがと、ホリー。いつも慰めてくれて嬉しいわ。ところでホリーはパートナーどうするの?」
「うん、私は婚約者もいないし好きな人もいないから、お兄様にエスコートしてもらうつもり」
「そっか。私も、ディーンから申し込まれなかったらお兄様に頼むつもりよ。今から焦ってお見合いするのも良くないしねえ」
マリアンヌは王太子殿下の婚約者だし、他の上位貴族令嬢達はほとんどが幼い頃に決まった婚約者がいる。だから、パートナーが決まっていないのはナターシャとホリーだけだ。
男子クラスの方も大体がパートナー持ちで、決まっていないのは子爵家のディーンとその友人くらいである。
「そうそう、ホリー、マリアンヌ様たちのドレスが決まったわよ。放課後、私達もドレス見に行きましょ」
「やっと決まったのね。楽しみだわ」
上位貴族令嬢は屋敷に仕立て屋を呼び自分の身体に合わせて作ってもらうのだが、ナターシャ達はお店に出掛けて行って既製品から選ぶ。少々サイズが合わないこともあるが、その分お安いのだ。
二人はマリアンヌ達と被らない色の中からあれこれと試着して、ナターシャは明るいオレンジ、ホリーは淡いグリーンのドレスを選んだ。選んだドレスは取り置きしてもらい、後日両親と買いに来ることになった。
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