上 下
31 / 49

消えたアイナ

しおりを挟む
 王都を出発したレイ達は、カストールの街道を行軍しているアルトゥーラ軍に合流した。
 もう戦う必要はないことがわかると、兵士達は一様に安堵の表情を浮かべていた。
 捕虜となっていたカストール軍を解放し、アルトゥーラ軍はセランまで戻って休む事になった。

「各地から集めた軍隊も、それぞれの任地に戻します」

 リヴィア大佐が報告してきた。

「そうだな。もうカストールを警戒する必要はないだろう。今日は兵士達を充分ねぎらってやってくれ」
 
 レイ達はセラン領主ナウルの邸宅で休んでいた。

「ダグラス、明日の朝王宮に向けて出発しよう。今日は、この後アイナをセランの街に連れ出して買い物でもするかな」

「そうですね。セランは王宮から遠いですから、今後アイナ様を連れて来ることは滅多にないでしょうし」

「エレン、すまないが一緒に来てくれるか」

「はい、もちろんです、陛下」

 本当はアイナと二人で出掛けたいのだが、試着室やお手洗いについていく訳にはいかない。やはり女性の護衛が必要なのだ。

「私も陛下の護衛で行きます」

 ダグラスが言うと、エレンの口元が少し緩んだ。

「アイナ、セランの街を見に行かないか」

 客間で休んでいるアイナにレイが声を掛けた。風呂に入らせてもらい、髪を結い直していたアイナは、

「ほんと? 一度行ってみたいと思っていたのよ。市場も、美味しい物がたくさんあるんですって」

と、無邪気に喜んだ。

 アイナの支度が終わって、アレスとコウも含めた六人は街へ向けて歩き出した。

 セランはアルトゥーラのなかでも郊外の街だが、それでもカストールの王都ぐらいの賑わいがあった。市場に行くと、屋台で売っている食べ物の美味しそうな匂いが漂い、身動きが取りづらいほどの人が出ていた。

「ねぇハク、あれ美味しそうだわ」

「そうだな。買ってみよう」

 それは小麦粉を練って薄く焼いた皮に、味を付けて焼いた肉と彩りの良い野菜を巻いた軽食だった。レイはダグラスとエレンの分も買い、四人で食べながら歩いた。

「スパイスが効いてて美味しい」

「うん。皮で巻いてあるから食べやすいしな」

「歩きながら食べるの久しぶりだわ」

「マーサが見たら目を三角にして怒るだろうな」

「ふふっ、そうね。……あっ! ハク、あの焼き菓子も食べてみたい」

「どれだ? あの、リンゴの入ったやつか」

 次から次へと食べたがるアイナと、アイナがねだる物を全部買ってしまうハクのおかげで、ダグラスとエレンはお腹いっぱいになってしまった。

「アイナ様、それ以上食べたらドレスが入らなくなってしまいますよ」

「うっ……。それもそうね。もうそろそろやめておくわ」

 その時、十歳くらいの子供がつまずき、手に持ったコップの飲み物がこぼれて四人の服に少しずつかかってしまった。

「あっ! ごめんなさい。僕ったら」

 その少年は黒いサラサラの髪を肩の上で切り揃え、細い切れ長の瞳も黒く、遠い東の国の人形のように可愛らしかった。すると少年は手拭いを取り出し、四人の服を懸命に拭き始めた。

「いいよ、気にするな。大したシミじゃない」

「でも……」

「それより、飲み物が無くなっただろう? 新しいのを買ってやろう」

 レイは屋台で飲み物を買い、少年に手渡した。

「ご親切に、ありがとうございます!」

 そう言って、少年はレイと握手をした。ダグラス、エレン、アイナとも。すると――――

 ザワザワ……市場のざわめきが一瞬途切れ、また聞こえ始めた。
 レイは、ハッと気がついて周りを見渡した。市場に変わった様子はない。だが、アイナの姿だけが消えていた。

「アイナ! どこだ?」

「陛下。何かおかしいです」

 ダグラスとエレンも、レイと同じく、一瞬記憶が途切れていたようだった。

「アイナ様!」

 エレンが呼びかけたが、返事は無い。

 アレスとコウは、目は開いているが意識はここに無いようだった。

「アレス! コウ!」

 レイが軽く頬を叩くと、アレスはハッと気がついた。コウも、ダグラスが叩いて目を覚ました。

「陛下。急にエルミナ石の気配がしました。そして時が止まったような感覚が……」

「俺も。一瞬、記憶が無くなった」

「アレス、コウ。アイナがいないんだ。……コウ、アイナの魔力の気配は無いか?」

「無いよ。近くにいないんだろうか?」

「こんなに突然、五人の目を盗んでアイナを攫うことなんて出来るのだろうか。また、魔術か?」

 ダグラスが、目の前にあった露店の主人に聞いた。

「我々と一緒にいた鳶色の髪の女性が何処に行ったか見なかったか?」

「ああ、若い女の子だろ?黒髪のボウズが、『お姉ちゃん気分悪くなっちゃったの?宿に帰ろう』って言って、背の高い女が抱き抱えて行ったよ」

「女? どんな女だった」

「緑色の髪だったよ。珍しいよなあ、緑って」

「どっちへ行ったかわかるか」

「あっちだよ」

「そうか、助かった。礼を言う」

 エレンが、言われた方向へサッと走って行った。ダグラスは、四方に目を配りながら言った。

「陛下。やはり魔術ではないでしょうか」

「ああ。そうだな。アレス、緑の髪の女に心当たりはあるか?」

「すみません。私は何もわかりません」

「コウは?」

「うん……。もしかしたら、霊亀かもしれない」

「霊亀?」

「うん。霊亀は時間を司る大きな亀って昔聞いたことがあるんだ。会ったことはないんだけど」

「時間を操る魔術か……くそうっ!」

 レイは拳で壁を思い切り殴った。薄い壁が、ミシミシッと鳴って揺れた。

「コウ様、アイナ様が近くにいなくても動けますか?」

「ティナの矢じりをアイナがペンダントにして持たせてくれてるんだ。毎日、魔力を込めて貰ってるから、しばらくは大丈夫だけど……」

「コウ、私と一緒にいましょう。動けなくなったらいけない」

「じゃあアレス、私とコウを乗せて空からアイナを探そう。ダグラスはエレンと共に地上を探してくれ」

「はい」

 ダグラスも人混みに消えた。レイは、心配と怒りで頭がどうにかなりそうだった。急いで市場から離れてアレスが龍に変化できる場所を探した。

「行くぞ、アレス」

「はい、陛下」

 アイナの魔力の気配を慎重に探しながら、レイはアレスに乗ってセランの上空を飛び続けた。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

あなたが望んだ、ただそれだけ

cyaru
恋愛
いつものように王城に妃教育に行ったカーメリアは王太子が侯爵令嬢と茶会をしているのを目にする。日に日に大きくなる次の教育が始まらない事に対する焦り。 国王夫妻に呼ばれ両親と共に登城すると婚約の解消を言い渡される。 カーメリアの両親はそれまでの所業が腹に据えかねていた事もあり、領地も売り払い夫人の実家のある隣国へ移住を決めた。 王太子イデオットの悪意なき本音はカーメリアの心を粉々に打ち砕いてしまった。 失意から寝込みがちになったカーメリアに追い打ちをかけるように見舞いに来た王太子イデオットとエンヴィー侯爵令嬢は更に悪意のない本音をカーメリアに浴びせた。 公爵はイデオットの態度に激昂し、処刑を覚悟で2人を叩きだしてしまった。 逃げるように移り住んだリアーノ国で静かに静養をしていたが、そこに1人の男性が現れた。 ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※胸糞展開ありますが、クールダウンお願いします。  心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義です。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。イラっとしたら現実に戻ってください。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

今さら、私に構わないでください

ましゅぺちーの
恋愛
愛する夫が恋をした。 彼を愛していたから、彼女を側妃に迎えるように進言した。 愛し合う二人の前では私は悪役。 幸せそうに微笑み合う二人を見て、私は彼への愛を捨てた。 しかし、夫からの愛を完全に諦めるようになると、彼の態度が少しずつ変化していって……? タイトル変更しました。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

ほらやっぱり、結局貴方は彼女を好きになるんでしょう?

望月 或
恋愛
ベラトリクス侯爵家のセイフィーラと、ライオロック王国の第一王子であるユークリットは婚約者同士だ。二人は周りが羨むほどの相思相愛な仲で、通っている学園で日々仲睦まじく過ごしていた。 ある日、セイフィーラは落馬をし、その衝撃で《前世》の記憶を取り戻す。ここはゲームの中の世界で、自分は“悪役令嬢”だということを。 転入生のヒロインにユークリットが一目惚れをしてしまい、セイフィーラは二人の仲に嫉妬してヒロインを虐め、最後は『婚約破棄』をされ修道院に送られる運命であることを―― そのことをユークリットに告げると、「絶対にその彼女に目移りなんてしない。俺がこの世で愛しているのは君だけなんだ」と真剣に言ってくれたのだが……。 その日の朝礼後、ゲームの展開通り、ヒロインのリルカが転入してくる。 ――そして、セイフィーラは見てしまった。 目を見開き、頬を紅潮させながらリルカを見つめているユークリットの顔を―― ※作者独自の世界設定です。ゆるめなので、突っ込みは心の中でお手柔らかに願います……。 ※たまに第三者視点が入ります。(タイトルに記載)

麗しの王子殿下は今日も私を睨みつける。

スズキアカネ
恋愛
「王子殿下の運命の相手を占いで決めるそうだから、レオーネ、あなたが選ばれるかもしれないわよ」 伯母の一声で連れて行かれた王宮広場にはたくさんの若い女の子たちで溢れかえっていた。 そしてバルコニーに立つのは麗しい王子様。 ──あの、王子様……何故睨むんですか? 人違いに決まってるからそんなに怒らないでよぉ! ◇◆◇ 無断転載・転用禁止。 Do not repost.

王妃さまは断罪劇に異議を唱える

土岐ゆうば(金湯叶)
恋愛
パーティー会場の中心で王太子クロードが婚約者のセリーヌに婚約破棄を突きつける。彼の側には愛らしい娘のアンナがいた。 そんな茶番劇のような場面を見て、王妃クラウディアは待ったをかける。 彼女が反対するのは、セリーヌとの婚約破棄ではなく、アンナとの再婚約だったーー。 王族の結婚とは。 王妃と国王の思いや、国王の愛妾や婚外子など。 王宮をとりまく複雑な関係が繰り広げられる。 ある者にとってはゲームの世界、ある者にとっては現実のお話。

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

処理中です...