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王女マルシア

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アイナが王宮に来てからそろそろ一ヶ月になろうとしていたある日のこと。

「婚姻の儀の日取りですが」

 ダグラスが執務室でレイに話し始めた。

「神官ゼフィールの星読みによると、花の月の七日がよろしいかと」

「うむ。季節もいいし、それで構わないぞ。あと二ヶ月と一週間だな」

「はい。その日は国中を休日にして、盛大な祭を催そうと思っています。クーデター以来大きな祭をやっておりませんから、国民にとっても大いに楽しめることでしょう」

「そうだな。 戴冠の時に祭をしていないから、残念に思う国民もいただろう」

「そうですね。お祝いしたいという声はたくさん届いていました」

 レイは満足そうに頷いて聞いていた。

「それで、早速ですが、婚姻の儀の招待状を周辺諸国に出しますので、リストを作っておきました。目を通していただけますか」

「……うん。付き合いがある国は全てリストアップされているな。さすがダグラス。じゃあこれで進めてくれ」

「承知しました。これで、陛下の婚約が世間に知れ渡りますね」

「ああ。各国の王女達からの求婚もおさまるだろう」

「ところで、エルシアン王国王女よりお手紙が届いております」

「またか。王女にも困ったものだ」

 ややうんざりした面持ちでレイは手紙をつまみ上げた。

「毎日毎日、よくぞ書くことがあるものだな。やんわり断ってもまったく通じないし」

「なぜかご自分が一番陛下に好かれていると思い込んでいますよね。絶対に婚約できると吹聴して回っているそうですよ」

「どこでどう勘違いしたんだか……」

 レイは頭を抱えた。

「まあでも、結婚式の招待状が届けば諦めてくれるだろう。すぐにでも発送してくれ」

「わかりました」




その頃、エルシアン王国にて。

「それは本当なの、バームス」

「はい、アルトゥーラではこの噂でもちきりだそうです」

「信じられないわ。レイ陛下が平民の、しかも踊り子と婚約だなんて」

「ですが、情報収集のためはなっているわが国の兵士が、王宮に出入りする業者から聞いたということですから」

 エルシアン王国第三王女マルシアはギリギリと唇を噛んだ。

「私の気持ちを知りながら陛下が他の女と婚約なんて有り得ない。何か裏があるはずよ」

 王女付き侍従のバームスは嫌な予感がしてきた。

「アルトゥーラに行くわよ、バームス」

「い、今からですか?」

「もちろんよ。早く陛下を踊り子の毒牙から救って差し上げなくては」

「しかし、急な訪問は外交儀礼に反します」

「この私、エルシアン王国の王女マルシアが行くのよ。喜ばれこそすれ、迷惑になど思われないわ」

 嫌な予感が当たった、とバームスは内心嘆いていた。この方はこうなったら止まらない。歳の離れた末っ子であるマルシア王女は、王から溺愛されて育っており、思い通りにならないと首が飛ぶことになる。(注: 首が飛ぶとは職を失うことである)

(断れば今首が飛ぶ。実行すれば外交問題の責をとって後で首が飛ぶ。いずれにしても結果は同じか……)

「わかりました。出立の用意をして参ります」

「早くしてよ。アルトゥーラまでは急いでも二日かかるんだから」

(レイ陛下はきっと踊り子の色気に惑わされたのね。私が清純な魅力で必ず目を覚まさせてみせる。毒婦よ、首を洗って待ってなさい)

 マルシアは侍女たちにお気に入りのドレスを詰め込んで荷物を作るように指示し、後はお菓子をつまみながら、踊り子を追い出す妄想を繰り広げて楽しんでいた。




 その二日後、アルトゥーラ王宮。

「大変です、エルシアン王国の第三王女、マルシア様がご訪問なさいました」

 王宮の門番から至急の知らせを受け、侍従長のトーマスは急いで出迎えの準備に走った。

「何も連絡は来ていない筈だが。エルシアン王陛下や王太子殿下はご一緒か?」

「いえ、王女様だけのようです。そういえば、確か半年前にも……」

 マーサの息子であり、レイの乳兄弟でもあるエディが答えた。

「うむ。あの時も突然やって来て陛下に会わせろと無理難題を仰っていたな。見かねて陛下が謁見を許可なさったが」

「それ以来、押せば何とかなると思ったのかすっかり婚約者気取りでしたよね」

「今、陛下は辺境へ視察に行っておられて、お帰りは明日だ。なんとか王女様を説得して、エルシアンに帰っていただきたいものだが……」

 その時、馬車からマルシア王女が降りてきた。

「マルシア王女様、この度は突然のご来駕を……」
 
「堅苦しい挨拶はいらないわ! レイ陛下はいらっしゃる?」
 
 マルシアはピシャリと言葉を投げつけた。

生憎あいにく、陛下は地方へ視察に行っておられます。事前にご連絡をいただきませんと、スケジュールの調整は出来かねますので……」

「そう! ならいいわ! 今日は帰ります。その代わり、長旅で疲れたから部屋を貸して頂戴。一休みしたいの」

「わかりました。ではご案内いたします。エディ、王女様を」

「はい。こちらへどうぞ」

 ところが、王女の後に沢山の侍女が荷物を持って続いた。とてもちょっと休むだけとは思えない量だ。

「マルシア様。お荷物が少々多いようですが」

「私は王女よ。休憩するだけでもいろいろと物が必要なの。余計な詮索しないで頂戴」

「失礼いたしました。では、侍従達に荷物を運ばせます」

 そうしてゾロゾロと長い列が客間へと続いて行った。

「嫌な予感がしますね」

「うむ。何も無いといいが」



 客間に陣取ったマルシアは、侍女達に荷物を解かせ、一番のお気に入りのドレスに着替えた。そして自慢の金色の髪を高く結い上げ、羽飾りもつけた。化粧はあくまでも清楚に、でも眼力は強く。アイラインはグッと引かせた。

 とにかく、平民との身分差をはっきりと見せつけなければならない。ネックレスもイヤリングも指輪も、高級かつ上品な物だけを身につけた。最後に香水を振り、バームスを呼んだ。

「踊り子の部屋は確認してあるんでしょうね」

「はい。侍女頭のマーサが入っていくのを確認しましたので」

「では行くわよ」

 バームスと五人の侍女を引き連れ、マルシアはアイナの部屋へ向かった。マーサが部屋を出て行く後ろ姿が遠くに見えたので、今は踊り子は部屋に一人でいるだろう。

 バームスが深呼吸してから部屋をノックすると、

「はい」

 と、返事があった。バームスと侍女五人は、ドアを開けて中に入って行った。

 続けて部屋に入ったマルシアは開口一番、腰に手を当てて、

「お前がレイ陛下をたぶらかした性悪女ね!」

と指を差した……のだが。

 ソファに座っていたのは、突然の来訪者に驚いて薄いグリーンの瞳をまん丸に見開いている、ごくごく普通の女性ひとだった。
 
 「ん……?」
 
 てっきり、お色気たっぷりの女に違いないと思っていたマルシアは、拍子抜けしてしばらく言葉が出てこなかった。
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