風の音

月(ユエ)/久瀬まりか

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プロローグ

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強い風の吹く夜だった。

町外れの粗末な家に住む夫婦、トマスとシモーヌはドアを叩く音で目を覚ました。

「こんな夜中に誰だ」

「すみません。一晩泊めていただけませんか。赤ちゃんがいるんです」

二人の住む家は国境に近い荒れた土地で、民家も少ない地域にあった。そのため、こうして旅人に宿を頼まれることは時々ある。

「いいですけど、お金払ってもらいますよ」

「もちろんです、お支払いします」

トマスはドアを開けた。そこには明らかに上流階級と見える女が赤ん坊を抱いて立っていた。

女の顔色は悪く、よろよろと部屋に入ってきた。

「悪いが客用ベッドなど無い。床に寝てもらうことになるぞ」

「……実はお願いがあります」

「お願い?」

「はい。この子を、育てていただけませんか」

「はあ?」

何を言っているんだ、この女は。二人は顔を見合わせ、シモーヌが口を開いた。

「そんなこと言われても困るわよ。うちにも赤ん坊がいるんだから二人も育てられないわ。見ての通り、貧乏なんだから」

すると女は袋を机の上に置いた。ジャラン、という重たい音が鳴ったそれの中身を取り出すと、見た事も無いような宝石がたくさん出てきた。

「これを差し上げます。どうか、この子を育てて下さい。私はもう余命いくばくも無いでしょう。この子が一人で生きていける年になるまで、お願いします」

シモーヌは目を輝かせた。宝石など生まれて初めて見たのだ。

「わかった、じゃあ赤ん坊は預かろう」

「ありがとうございます。この子の名前はレイラです。それと、首に掛けているペンダントだけは絶対に外さないで下さい。外したら魔物に喰われてしまうのです」

魔物だと? そんなものを信じている地域から来たんだろうか、この女は。まあペンダントといっても宝石ではない、何かの模様がついた金属片だ。それくらいは売らずに持たせておいてもいいだろう。そう思った二人はそれを承諾した。

「ありがとうございます……!」

女は赤ん坊をシモーヌに手渡すと、安堵したように笑みを浮かべ、そのまま床に倒れ込んだ。

「おい? どうした」

トマスが駆け寄ったが、すでにこと切れていた。

「死んでやがる」

「本当にギリギリだったんだね」

次の日、トマスは女を庭に埋めると、町へ宝石を売りに行った。宝石商によると、どれも価値が高い物だそうで、びっくりするほど高額で売れた。

貧乏だった二人は大金を手に入れ舞い上がった。早速、豊かな土地に引っ越し、家を建て、憧れの生活を手に入れた。
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