有終

オゾン層

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邂逅

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 「……僕が、ゲストだって?」

 朝茂からの報告に、雅は見てわかるほど不機嫌になっていた。

「一体誰の主演で僕がゲストになるっていうんだい」
「はい。最近著名になった画家なのですが、貴方と同い年だそうですよ」
「そんなことはどうでもいい。何故僕が主役じゃないってことだ」

 雅は楽屋に備えられていた煙草をスパスパと蒸し、地団駄や貧乏揺すりなどして苛立ちを全面的に表していた。

「そんなこと言わないでください。モノクロの画面も、雅様がいれば彩られるから出演を依頼したのだと思いますよ」
「フン。たかが三流の番組に出演させるだけでなく、主演ですらないって?僕を馬鹿にしてるのか」
「そんなことはありませんよ。もしそうだとしたら、私が断っていますので」

 朝茂は鞄から番組の脚本を取り出すと、雅の方へと差し出した。

「此方が今回の資料となりますので、現場へ着くまでに目を通してみては?」

 差し出された脚本を雅は不服そうに受け取り、パラパラとページを捲る。

「……“天性の画家”ね」

 脚本に書かれた題名を、雅は確認するように指で撫ぜた。





 「雅さん!本日は出演の依頼を受けてくださり有難う御座います!早速ですが、彼方の方で番組の通しをしますので」
「ええ。宜しくお願いします」

 自分が三流だと言った番組の監督に対して、雅は見本のような笑顔を向けた。
 これから撮影する舞台道具の前に集まり、自分はゲスト用の席に座る。そこで今回の台本を読んでいると、隣の席に今回の司会者である山中やまなかという男が座ってきた。

「雅さん、どうもはじめまして!山中と申します」
「はじめまして、雅と申します。なんだか、とても張り切っていらっしゃるようですね」
「そりゃあ、今回貴方と共演できてるんですから!今日の為に、沢山面白いこと考えてきましたからね!いくらでも話せますよ!」
「そうですか。それは頼もしいことで」

 お前の御膳立てなんかちっとも嬉しくないと、まだ始まらないのかと待ち構えていると、現場の奥から誰かが歩いてくるのが見えた。

「ああ、東屋あずまやさん!どうぞ此方です!」

 監督の呼び声と共に、歩いてきた人物は足早に此方へと向かってきた。姿が鮮明に見える所まで近付いてきたのは、全体的に白い男だった。

「東屋さん、此方、今回番組の司会を務める山中徹やまなかとおるさんと、ゲストの葯天楽雅さんです。お二方、此方が画家の東屋大夢あずまやひろむさんです」

 そう監督が促すと、白い男……大夢は、席に座った二人に対して深々とお辞儀をした。

「はじめまして。東屋大夢と申します。宜しくお願いします」
「山中です!宜しくお願いします」
「雅です。宜しくお願いします」

 互いに会釈し、改めて顔を見る。雅は、目の前の男の顔をゆっくりと見定めた。
 下ろした髪は雅と違って真っ白で指でも梳けそうなほどにサラサラだった。肌も負けじ劣らず白く、陶器を彷彿とさせる見た目をしている。しかし、雅が一番目に留まったのは、大夢の顔だった。
 大夢の顔は、男にしては中性的で可愛らしく、それでいて整った顔立ちをしていた。自分より細い目には、睫毛に隠れて白藍しらあいの瞳が輝いている。その瞳があまりに綺麗で、雅は一瞬見惚れてしまった。
 しかし、その後すぐに雅は自分以外に見惚れたことを酷く悔やみ、一瞬ではあるが眉に皺を寄せる。
 そこへ、追い討ちをかけるように山中が口開いた。

「はぁ~!東屋さんって、綺麗な顔してますね!」

 山中からの賞賛に、大夢は恥ずかしそうに顔を顰めていたが、嫌そうな顔ではなかった。

「そんなことありませんよ。男なのにこの顔だから弱々しいといいますか」
「いやいや、それでも綺麗なのに越したことはありませんよ!」
「そうですか?そう直接言われると……恥ずかしいですね」

 生娘のように照れてる大夢を見て、雅は一層不機嫌になった。
 此処に絶世の美丈夫がいるというのに、今彼らの視線は大夢の方に向けられているのだ。山中はおろか、撮影の担当者全員が大夢の顔に注目しているのだ。雅はそれを見逃してはいなかった。誰もが大夢の端整な顔立ちに目を奪われている。その事実に雅は半ば驚き、すぐに腸が煮えくり返るような感覚に襲われた。
 雅にとって、自分以外のものに視線が向けられることは、これが初めてであった。だからこそ、この感情も初めて味わうもので、雅にはそれが不快で仕方が無かった。
 そして、もう一つ、今までに感じたことのない違和感が彼を襲った。

「そうそう!綺麗といえば、此方の雅さんも凄く美人なんですよ!」

 山中の声に我に返った雅は、大夢の方へと顔を向ける。大夢は不思議そうに雅を見ていたが、不意に笑顔を見せると、ゆっくりと口を開いた。

「雅さんは、凄く綺麗な顔をしていますね。自分がこの人と映って良いのか……」
「いやいや!お二人共こんなに綺麗なのに!これじゃあ僕が邪魔者ですよー」
「そんなことありませんよ、山中さん。今日は僕達のために一杯喋ってくれるのでしょう」

 雅がそう言うと、山中は目に見えて破顔する。こんなのが司会で良いのかと、雅は思った。

「そろそろ撮影を開始します!東屋さん、席の方へ」
「はい」

 大夢が席へ座ると同時に、撮影機が回り始める。雅は表の顔を整えると、大夢に一度だけ一瞥した。
 大夢はその視線に気付いたらしく、雅に向かって少しだけ微笑んだ。その顔すら綺麗だと思ってしまったことを、見なければ良かったと雅は心の底で後悔したと同時に、先ほどまでの違和感が何だったのかを漸く理解した。

 大夢は、雅の顔を見ても平然と振舞っていた。
 大抵、雅の顔を見た者はあまりの美しさに顔を赤くさせるか、ニヤけるかなど様々な反応を返したものだが、大夢だけは雅の顔を見ても眉一つ動かさず、動揺もせず挨拶をしてきたのだ。それどころか、大夢は此処に来るまで雅という存在を知らなかった様子でもあったのだ。
 もてはやされることに慣れていた雅は逆に動揺しそうになったほどだ。このような人物に会うのは初めてであったから。

 微笑んだ大夢に、雅は形なりに微笑み返す。

「本番開始まで5秒前!」

 撮影者の声に、雅は再び顔を整えた。
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