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後日談
綺麗に包まれて
しおりを挟む__城の中庭は、敷地の果てまで豊かな緑に溢れている。
色取り取りの花が咲き乱れ、多種の果実を実らせた木々が生い茂る。
自然に囲まれたこの敷地で、一人の女性が花に水をやっていた。
水を満たした如雨露を片手に、女性は中庭を徘徊する。
そして、元気の無さそうな花や木を見つけては、分け隔てなく水をあげていた。
木漏れ日に照らされた彼女の傍では、小鳥や蝶が戯れに飛び回っている。そして時折彼女に近寄っては肩や頭に留まり、嬉しそうに身を寄せるのだ。
この子達は、知っているのだろう。
彼女が優しい心の持ち主であることを。
水やりを終えた彼女は、小鳥と蝶を連れて先を歩いていく。
すると、木々を抜けた先は、草原が広がっていた。
中庭にしては広過ぎる草原に、一人の男がポツンと立っている。その傍らには、羽根を生やした巨大な蛇のような生き物が、首を男に向けて垂らしていた。
男は、細く白い手で蛇の頭を撫でている。その度に、蛇は気持ち良さそうに目を細めていた。
「ラトーニァ様」
女性は、男の名を呼んだ。
それに応えるように、彼は振り向く。
目からは角が生え、黒い茨を纏った彼は、優しげな顔を向けている。
「ルーナ、水やりありがとう」
ラトーニァはそう言うと、蛇に何かを囁く。それを聞いた蛇は一度だけ瞬きすると、大空へと羽ばたいていった。
蛇を見届けた後、ラトーニァはルーナの方へと歩み寄る。ルーナの周りを飛び交っていた小鳥や蝶は、ラトーニァの方にも移った。
彼が優しいことも、小鳥達はわかっているようだった。
「ルーナ、無理してない?」
「大丈夫ですわ。ラトーニァ様こそ、お疲れでは御座いませんか?」
「僕は平気。そろそろお昼になるから、帰ろう?」
ラトーニァとルーナは、他愛も無い話を少しだけして、城への帰り道を歩いていた。
植物の管理は、結婚して以降ルーナの役割となっていた。
植え付けに水やり、剪定まで任されている彼女は、既にこの中庭の隅々まで熟知できるようになっていた。
本当は生き物の健診も手伝いたいと彼女は思っているのだが、流石にまだ危ないらしくラトーニァは手伝わせてくれないようだ。
「そういえば、今日来たあの子、一体何の御用だったのですか?」
ルーナが聞いたのは、先ほどいた蛇のことである。
ラトーニァの元へ来るのは、大抵怪我や病気を患わせた子達である。それ以外では遊び目的なのもあるが、今回来たあの蛇はどれでもないことを、ルーナは見た時に気付いていた。
「ああ、あの子……あのね、子供が生まれたんだって」
「まあ!」
おめでたい話に、ルーナは感嘆を打つ。
「僕、あの子が子供の時からお世話しててね、今もああして時々遊びに来てくれるの。それでね、つい最近お母さんになったって」
ラトーニァは優しく教えてくれる。
まさか母親とは思いもしなかったが、あの蛇はきっと、親代わりであったラトーニァに知らせたかったのだろう。
「昔は掌に乗るくらいちっちゃかったんだよ。今じゃあんなに大きくなってね」
ラトーニァは昔のことを思い出して、クスクスと笑っている。
かつての彼なら、此処まで親しく話せることはなかったろう。
楽しそうに話すラトーニァをルーナは微笑ましく思ったが、それを覆うように、ある思念が浮かぶ。
(私は、ラトーニァ様と婚礼を結んだから、同じ寿命を迎えるのよね。でも、そしたら私は、何年生きるのかしら)
あの蛇は、恐らくもう数十年は生きている。しかし、ラトーニァはその蛇を子供の頃から見ていたのだ。
彼の寿命と自分の寿命が分けられたとして、果たしていつまで生きることになるのか。
それはとても長い間なのかもしれない。
そしたら、その時の自分は今の姿のままなのだろうか。
(もしかしたら、ラトーニァ様よりも早く老いてしまうのかしら)
もしそうなったら、ちょっと恥ずかしい。
老ぼれでも長く生きるのは周りに迷惑がかかるかもしれないし、何より彼の隣にいつかは見窄らしくなるだろう姿で佇むのも居た堪れなくなる。
老いれば誰だって醜くなる。
それが長く続くのが、少しだけ怖い。
(ずっと綺麗なままでいたい、なんていうのは我儘だわ。人はいつかは朽ちるもの)
だからこそ、今を惜しむことなく生きていかなければならないのだろう。
そんな考えが浮かんだ。
「る、ルーナ」
ラトーニァの声に、ルーナは我に帰る。
また余計なことを考えてしまったと、頭を抱えた。
「ご、ごめんなさい。今のは……」
「ルーナ!」
ルーナが言う前に、ラトーニァの方が早く口を開く。
「ぼ、僕も、いつかはしわくちゃのおじいちゃんになるよ。お父様もお母様もそうだったから、遺伝的にそうなる、と思う、多分……だから大丈夫」
ラトーニァなりの励ましなのだろうか。あまりに不器用な言葉であるものの、ルーナには優しいものであった。
「そ、それに……」
ラトーニァはもじもじと、言いにくそうに顔を俯かせていたが、意を決したように顔を上げる。
「どんな姿になったって、君はずっと綺麗だよ!」
顔を真っ赤にして放った愛は、なんとも愚直過ぎて。
ルーナも顔を赤くしたのは言うまでもない。
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