四人の令嬢と公爵と

オゾン層

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後日談

戦乙女は初心

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 __ベルフェナールの兵士は、ラヴェルト公爵が住まう城で日々訓練に勤しんでいる。



 その訓練場にて、今日も兵士達が互いに武器を振るい、鍛え合っていた。





 その中に、訓練場には相応しくない者がいた。



 後ろで一つに結った髪。
 小麦色に焼けた肌。
 剣を振るうには細過ぎる体。
 土で汚れたシャツとズボン。



 男だらけのその場には似つかわしくないは、迫り来る屈強な兵士達の猛攻を軽い身のこなしで避けると、右手に持っていた木の剣で次々と薙ぎ倒していく。
 遂には、彼女以外に立ち上がる兵士達は誰一人としていなかった。

 兵士達は痛む部分を摩りながらも、その女性に感心的な視線を向ける。


「いやぁ、本当に強くなったなぁ」

「初めの時も中々にセンスはあったけどな」

「俺らじゃもう太刀打ちできねぇよ」


 兵士達は口々にそう言う。

 彼らが慕うその女性は、暑そうに手で扇いでいる。


「クロエ様、流石に少し休まれてはどうです?」


 兵士の一人がそう言うと、女性は……クロエは、兵士達の方に顔を向けた。
 陽に散々当たって焼けたその顔は、いつの日よりも随分と凛々しくなっていた。



 あれから何年経ったか、クロエは一日たりとも訓練を怠らなかった。
 初めは一振りするだけでも体が傾いていたのに、今では兵士達の誰よりも強くなり、として彼らの指導を担うようになっていた。



 現在はその鍛錬なのだが、ずっと動き続けている彼女に兵士達は尊敬と同時に不安も抱いていた。


「ありがとう。私なら大丈夫ですわ」


 クロエは涼しげにそう言ったが、兵士達はそんな彼女が心配で仕方がなかった。


「でも、もうかれこれ3時間は休まずじゃないですか!」

「そうですぜ、倒れちゃいますよ」


 皆の言葉に、クロエは苦笑を返した。


「心配してくれているのは嬉しいですけど、私は1秒でも早く、あの方の役に立ちたいんです」


 クロエが言う『あの方』とは、ゴトリルのことだ。

 教官という立ち位置になれただけでも十分役に立っていると思うのだが、クロエからしたらまだまだなようだ。

 だが、彼女が彼や兵士と同じように何処かの戦場へ出向くことは今後一切無いだろう。



 その理由は、彼方からやってきた。


「クロエ!」


 野太い声と共に、クロエの体が宙に浮く。
 クロエの体を2に抱いたそれは、褐色の肌と白い刺青を纏った巨漢であった。


「ゴトリル様!」

「お前また休んでなかったな!このやろー!」


 ゴトリルは、クロエを腕に抱いて頬擦りをする。それがくすぐったいのか、はたまた恥ずかしいのか、おそらく後者であるクロエは、必死にもがいていた。


「離してくださいゴトリル様!!」

「やだねー!もっと抱きしめさせろ!」

「やめてくださいー!!」


 暴れるクロエに対して、ゴトリルはより一層抱く腕の力を強める。しかし、それはクロエが潰れない程度には優しいものであった。


「おいお前ら!今日はもう休んで良いぞ!」


 ゴトリルからの指示に、兵士達は「はいっ!」と元気良く答える。ゴトリルに抱かれたままのクロエは、訓練場から離れていくのを見て慌て始めた。


「ゴトリル様!終わるのには早過ぎます!」

「良いんだって。時々は野郎共にも休みが必要だろ?」

「それはそうですけど!ならば私だけでも、まだ鍛錬が……」

「駄目だ、お前も休め。大体、野郎はっ倒してた奴がよく言うぜ」


 ゴトリルはクロエを引き寄せ、その頬にキスを落とす。すると、クロエは顔を真っ赤にして固まってしまった。
 夫婦になっても教官になっても、何年経とうがクロエは相も変わらず生娘のような反応をする。それがゴトリルには愛くるしくて仕方がなかった。



「やっぱりお前は『可愛い』な!!」



 ゴトリルはそう言って何度もクロエの顔に口付ける。

 それは彼女が自身の赤顔を両手で覆い隠すまで続けられた。





 そんな新婚臭漂う二人を遠くで眺めていた兵士達は、それはそれは温かい目で見守っていたそうな。
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