四人の令嬢と公爵と

オゾン層

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結末(残酷描写有り&胸糞注意)

黒い箱庭(グロ表現多め)

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 __青い空。白い雲。囀る鳥。



 それは格子の向こう側に映る、届きそうで届かないもの。

 生きてきた中で一番ほしいものだった。















 __ベルフェナールの辺境。草木生えず岩に囲まれた山岳地帯。

 そこでは獰猛な生物達がこぞって生存競争を繰り広げており、一般人は無断での立入が禁じられている危険区域でもあった。



 しかし、その山岳の頂に聳える、石と鋼でできた黒の要塞には、獣達が近寄ることは一切無い。

 彼らはその要塞がこの区域で最も危険であることを本能的に理解していたからだ。





 刑務要塞『パンドラ』



 罪人はこの要塞に送られ、刑期を過ぎるまで生活しなければならない。

 軽い罪なら労働のみで、要塞の掃除や食事の準備など、その程度で済ませられる。

 しかし、大罪人の場合は禁錮で、要塞の中でもまた別に区分けされた場所へと送られる。
 そこは別名「奈落」とも呼ばれ、一度入ったら生きて出て来れる者はいないとされていた。
 そこでは毎日寝る暇も無く耐え難い責め苦を与えられ、一切の希望も奪われ、最期は吐き捨てらるようにその一生を終えるという。

 それほどに恐ろしいのだが、この要塞があるおかげで国の犯罪率は極めて低い。
 自ら大罪を犯す馬鹿などおらず、奈落に送られるものも少数であった。





 そのうちの一人である、男爵令嬢アレッサ・クラシウス。

 が、今は爵位も何も無いの人間、アレッサ。

 彼女は今、暗く狭い牢屋の中、冷たい石の床に裸で蹲り、息を殺していた。



 奈落には牢獄なんてものはない。

 同じ獄中に罪人を詰め込むだけの箱のような空間だ。

 しかし、彼女が閉じ込められている牢獄は、奈落の中でも特注で作られた鉄格子の牢屋であった。



 アレッサはその中に、身ぐるみを剥がされた状態で放置されている。

 肌寒さを通り越して凍てつく温度に身を震わせながらも、アレッサは静かに時が経つのを待っていた。



 鉄格子の向こう、獄中では、自分と同じように裸にされた罪人達が悲鳴をあげている。

 仄暗い獄中でから逃げ惑い、転んだものは絶叫した後大量の血を噴き出して静かになる。それの繰り返しだ。

 アレッサはその光景を嫌でも目に焼き付け、恐怖で蹲ったまま硬直していた。



 石も鋼も黒く塗り潰された要塞には、一切の光が届かない。届くのは換気用に備え付けられたであろう格子付きの窓だけだ。

 アレッサはその窓から広がる青い空を見上げる。

 窓は、男でも手が届かないだろうかなり高い位置に建て付けられており、格子も頑丈で逃げられそうにない。

 何度か脱走を試みていたアレッサは既に諦めていた。



 ただ、この時が去れば、運が良ければ自分は見過ごされると、そう信じて。

 ずっと静かにしていた。





「ごめーん、待たせちゃった?」



 しかし、沈黙は破られる。





 鉄格子の鍵を開け、中に誰かが入ってくる。

 その足音が迫ってきた時、アレッサの恐怖は頂点に達した。



 光を吸い込むほどに黒い甲冑。所々に血がついたそれは、艶かしく輝いていた。

 兜からではその顔は見えもしないが、恐らく無邪気に笑っているのだろう。


「みんな逃げるの上手くてさー全然捕まんないの!まぁ、もう終わったけど」


 甲冑は、蹲っていたアレッサの髪を乱暴に掴み上げ、顔が見えるようにする。

 アレッサは、異様なまでに顔を引き攣らせており、それを見た甲冑はケラケラと笑った。


「面白い顔!」


 そう言って、鋼の小手をアレッサの顔目掛けて振り下ろした。





 あの日、あの婚礼でディトに連れられ、抵抗する間も無くこの牢屋に閉じ込められたアレッサは、こうして毎日やって来るディトのとして嬲られ続けていた。

 前は目玉を抉られ、その前は肉を削ぎ落とされ、その前の前は喉を焼かれた。

 しかしその傷全てを、アレッサが死ぬ直前でディトはのだ。
 ディトの治癒魔法は絶大で、傷痕すら残さず完治させるのはおろか、精神状態すら正気にまで戻してしまう。

 だからどれだけ死にかけても、心身共に健全な状態まで戻され、また拷問にかけられるのだ。

 もうかれこれ10年以上は続けているだろう。
 仮定的なのは、アレッサも何年経ったか覚えていないからである。

 ただ、何年経っても自身が老いる気配がないのは、アレッサにとって些か謎であった。

 10年経てば人の姿はだいぶ変わる。なのに、アレッサの肌は、髪は、何一つ変わらずみずみずしいままなのだ。



 今もこうして、柔肌を青くなるまで殴られ、髪を頭皮から血が出る勢いで引きちぎられるにも関わらず、治されたら元の若い自分に戻るのだ。


(なんで?シワの一つもできやしないの?)


 そんな考えを巡らせていたら察したのか、小手についた血を拭うディトが口を開いた。


「なんで歳取らないのって思ってる?今更そんなこと考えるんだね」

「は?」


 呆気に取られたアレッサを横目に、ディトは使用済みのに付着した血を丁寧に拭いながら続けた。


「忘れたの?兄さんがあの時言ってたじゃん。『彼女達の分苦しめ』って。それってさ、つまりの分まで苦しめってことでしょ?どう解釈すればいいかわからないけど、ラゼ兄さんのことだからみんなの寿命分生かされるんじゃない?だから歳なんか取れるわけないよ」


 笑顔で説明してくれたディトに、アレッサは血の気が引いていた。


「どういうこと?なんでそれがそんな話に……」

「だって、兄さんしたじゃん。君に。兄さんの言うことは絶対なんだよ?何したってその命令が破れることなんてないんだからさ」

「は……」


 ディトの言葉に、元々気持ちの悪かったアレッサの表情が益々酷くなる。

 アレッサはこの時初めて理解したのだ。



 ラゼイヤが己に何をしたのかを。



「でもなぁ、みんな婚礼の儀は成功してるから、兄さん達の約寿命と半々で考えると……3桁分は生きられるんじゃない?よかったじゃん!長生きできるよ!」


 ディトは邪な考えなどなく純粋に喜んでいるようだが、アレッサはそれどころではなかった。


「さんけた?は?3って、なにそれ、それじゃああたしそれまでずっと」

「死ねないよ。殺さないし」


 ディトはそう言って手に持っていた火かき棒をアレッサの顎目掛けて振り抜ける。





 ぱきょっ、と軽い音を立てて、アレッサの下顎が顔から離れ、床に落ちた。





 断末魔を上げながら床上をのたうち回るアレッサの腹に、ディトは軽い蹴りを入れる。それだけで彼女の体は飛び上がり、石の壁に叩きつけられた。

 じんじんと痛む体を起き上がらせることなどできず、ディトによって無理矢理立ち上がらせられる。

 息も絶え絶えなアレッサの目に映ったのは、冷たく輝く兜であった。

 その奥の視線と、目が合う。



「君は今までたくさん悪いことをしてきたんでしょ?じゃあしょうがないよ。ちゃんと罪は償わなくちゃ。それまでの辛抱だって!」



 他人事のような励ましを無垢な眼差しで言われたアレッサは、気を失いたかったができなかった。

 因果応報とは言うが、それ以上のものが彼女に降りかかっているのは一目瞭然であった。

 それをしょうがないで片付けてしまう、ディトの無邪気さが十分な恐怖材料となっていた。


「そろそろ交代かな?」


 ディトはその言葉だけ残して、顎を砕かれたアレッサを壁際に投げ捨て牢屋から立ち去った。

 牢屋の鉄格子は開いた状態である。今なら逃げられると思うのだが、アレッサはそうしなかった。

 知っているのだ。

 次に誰が来るのかを。



「僕次あっちの方片付けてくるから、そっちお願いねー!手加減しちゃダメだよー」


 ディトの言葉と共に、音も無く鉄格子が閉じる。

 アレッサが顔を上げると、そこには一人の女性が佇んでいた。



 雪のように白い肌で、宝石よりも輝く銀の長髪を後ろで纏めたその女性は、世界が傾いてもおかしくないほどの尊顔を持った美女であった。

 天使と見間違えてしまいそうなくらいに神々しいその女性は、真っ赤なドレスを身に纏っている。



 それはアレッサが婚礼で着てきたあの純白のドレスであった。



旦那様ディトの命ですので、御容赦はおかけしません。ご了承下さいませ」


 鈴のような声でお淑やかに話す彼女の手には、血で元の色合いがわからなくなった大きな鋸が抱えられている。

 微笑む彼女は花すら恥じらうほどの美しさだというのに、それを打ち消すほどの殺気が牢屋内に立ち込めていた。

 恐怖で震えるアレッサには、逃げ場など無い。
 助けてくれる者もいない。
 発狂することさえ許されない。

 祈りでさえ、届くことはないだろう。



 しかし、迫り来る殺意を前に、アレッサはただ祈ることしかできなかった。





 ごめんなさい


 ごめんなさい



 ごめんなさい








































ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさ






























 ぐしゃりと、頭が潰れた。
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