93 / 101
婚礼
さぁ、祝おう
しおりを挟む嵐のような喧騒も去り、神殿はしんと静まり返っていた。
怒涛に始まり怒涛に終わった展開から抜け出すのに、此処にいた全員ができそうになかった。
しかし、ラゼイヤが咳払いをすると、周りの空気が心なしか緩和された気がした。
黙り込んでいた群衆はざわざわと響めき出し、賑やかさを取り戻している。
アグナスも騎士達も、固まっていた体が弛緩する。
それぞれの緊張が解れる中、ラゼイヤは呼びかけるように声をあげた。
「先ほどは大変お騒がせしました。婚礼も無事終わったことですし、祝宴に移りましょう」
ラゼイヤがそう言うと、辺りは再び歓声を上げ、活気を取り戻す。
まるで、先刻の惨劇なんて無かったかのように。
____________________
__神殿の外、広々とした中庭で、幾つもの円卓を囲んで皆が祝杯をあげた。
異形を成した群衆は平民貴族などお構い無しで、互いに和気藹々と飲み食いする。中には大勢で歌い出してどんちゃん騒ぎする者達もいた。
厳かとは程遠い祝宴であるが、それでも皆楽しそうに笑っていた。
わざわざ出向いてくれたアグナスと騎士達も周りが快く勧めてくれたが、アレを見た後だったのもあって食欲はあまり無い様子であった。
そもそも、アグナスはロズワートとアレッサの処遇について公爵達と話すつもりであったのだが、既に公爵達自らの手で相応の処置を受けさせてもらったので、此処にいる理由は『これからのことについて』しかないのであって。
その話をいつ切り出そうかと、悩んでいた矢先。
「アグナス殿下」
声の方にアグナスが振り向くと、ラゼイヤが佇んでいた。相変わらず蠢く目玉と触手は気味悪いのだが、今のアグナスにはその光景すらも普通に思えた。
「先ほどは申し訳御座いません。勝手に事を進めてしまい……」
「いえいえ。むしろ此方こそ、貴方様のお手を煩わせてしまって申し訳無いばかりです」
初めは頭を下げ合っていた二人だが、
「ところで、ガルシア領の件なのですが……」
先に話題を振ったのは、ラゼイヤであった。
「無理矢理占領してしまったことを、今更ではありますがお詫び申し上げます」
「いいえ。これも全て私の不手際が原因なのです」
「貴方は何も悪くありませんよ。先ほどラトーニァから聞きました」
ラトーニァは、確か心が視えるとかいう三男であったか。
まさか、いつの間に心を読まれていたのだろう。
「貴方は、心の底から悔いていたそうで。それでは貴方が報われないではありませんか」
そう言って微笑まれると、落ち切っていた心が軽くなった気がした。
「ですから、これを機に同盟でも結びません?」
「なんと……今、なんと仰いましたか!?」
一度だけでは信じられず、アグナスは不躾ながらも聞き返した。それを見てか可笑しそうに笑うラゼイヤは、また口を開く。
「同盟です。貴方の国は丁度ガルシア領を挟んだ隣同士ではありませんか。今回の件でお互い水を流して、友好的に行きましょう」
「ああ……」
アグナスは、文字通り言葉を失っていた。
あれだけ息子と小娘が散々迷惑をかけたというのに、彼は情けをかけてきた。
普通なら賠償やら何やら踏んだくっても良いくらいだ。なのに、彼はしなかった。
目の前にいるラゼイヤが、神様に見えた。
「有難う御座います!!その同盟、喜んでお受け致します!!!」
初老を迎えた国王が、見た目二十歳後半の公爵に頭を下げている。しかし、その光景に驚くのはアミーレアの騎士だけで、他のものは見向きもせず酒を飲んでいた。
「では、これにて契約成立です」
ラゼイヤはそう言って踵を返す。
アグナスは、彼が見えなくなるまで頭を下げ続けていた。
「オリビア。待たせてしまったね」
「いいえ。丁度ディト様も戻っていらしたので、お話ししていました」
オリビアの元へ戻ってきたラゼイヤは、その言葉を聞くや否や、オリビアの隣にいた者を睨む。
「ちょっとー、僕ちゃんと正装で来たんだから睨むことないじゃん」
オリビアの隣で、ディトは悪戯に笑う。その姿はあの黒々とした甲冑ではなく、白をベースにしたタキシードであった。
先ほどのディトには一抹の恐怖を抱いていたが、話すとやはりいつもの優しい五男であって、オリビアは不思議と警戒心が解けていた。
「私は先ほどのアレを許してはいないぞ」
「神殿汚したこと?だってしょうがないじゃん、あの子逃げようとしてたし」
「だからって何故潰すことしか考えていないんだ!?お前は昔からそうだぞ!何でもかんでも力尽くで!!」
「えー?でも逃げられちゃうの嫌だもん」
「だもん、じゃない!!他にもやり方はあっただろう!?」
初っ端から言い争いを始める二人に、オリビアは苦笑していた。
そして、辺りを見渡す。
少し向こうで、クロエはゴトリルと食事を摂っていた。
ゴトリルによそわれたのだろう、クロエが手に持つ皿にはこれでもかと食べ物が盛り付けられている。それを見て何やら叫んでいるクロエと、笑っているゴトリルがいた。
その隣では、エレノアがバルフレにずっと話し続けている。愉快そうに話す彼女に合わせて、バルフレは微笑みを絶やさずうんうんと頷き続けていた。
というか、顔がとても近い。今にも口付けられるくらいの距離だ。
あの真顔公爵は何処へ行ったのだろうか。
そこから少し離れたところで、ルーナがラトーニァに紅茶を勧めている。
先ほどの激昂で体力の殆どを使ったらしく、ラトーニァは椅子に腰掛け項垂れていた。もう喋る気力もなさそうだ。
しかし、ルーナが紅茶を差し出すと、それだけは両手でちゃんと受け取り、申し訳無さそうに笑っていた。
姉妹達それぞれが、旦那様といるのを見て、オリビアは胸の奥が温まるのを感じた。
「オリビアー!」
ふと、自分を呼ぶ声と共に誰かが此方に走ってくる。
それは、母親のミシリアであった。
「お母様、そんな走って来なくても……」
「何を言ってるのよ!娘達の晴れ姿をこの目でしっかりと収めなきゃいけないんだから!」
ミシリアは相変わらずであるようだ。
「……そういえば、お父様は?」
「あの人なら控室を借りて寝てるわ。気分が悪くなったとかで」
「そうでしょうね……」
それもそうだ。普通あんなのを見て何も感じないわけが無かろうに。
オリビアは、今頃控えで顔を青くして寝ているであろう父親のデカートを心の中で案じた。
「ミシリア夫人、よくぞいらっしゃいました」
「この人がオリビア達のお母さん?はじめまして!」
気付いたラゼイヤとディトも此方に来る。二人の姿を見るや否や、ミシリアは目を輝かせる。
「ラゼイヤ様!本日はお呼びくださり本当にありがとうございます!」
「いえ、親族の方を呼ぶのは当然のことではありませんか」
「それもそうでしたわね。ということは……今は義息子かしら?」
「やめてください。もうそんな歳じゃありません」
「何を仰るんですか!見た目は私よりもうんと若いのに」
「いや、そんな……」
ミシリアの言葉を聞いたラゼイヤはむず痒そうに触手をうねらせていた。
「兄さん照れてるー」
「五月蝿い」
茶々を入れてきたディトに、ラゼイヤは軽く喝を入れる。すると、ミシリアの視線がラゼイヤからディトの方に向いた。
「貴方様がディト様?なんて美しいのでしょう!」
「どうも、お義母様。宴会楽しんでる?」
「勿論ですわ!それよりディト様、先ほどは素晴らしかったですわ!!」
「え?」
「あの身のこなしですわよ!人の列を軽々と飛び越えてあの小娘にお灸をお据えになったでしょう?」
「「ん???」」
母の言葉に、オリビアもラゼイヤも耳を疑う。
「あれと言ったら、もう爽快でしたわ!!ずっと癇に障るあの娘が一瞬で、あんなあっさりぺちゃんこになるんですもの!本当、スッキリしました!!ディト様が豪快にやってくれたお陰ですわ!!」
「ほんとー?そんなに褒められると僕も照れちゃうなぁ」
ミシリアからの賞賛に、ディトは嬉しそうに頭を掻いている。その光景を、オリビアとラゼイヤは目を点にして眺めていた。
「……君の母君は、まぁ、前々から思ってはいたんだが、随分と肝が据わっているんだね」
「ええ……据わり過ぎている気もしますが」
「ところで、ガルシア辺境伯は?」
「控えで寝込んでいるそうです……」
「そうか……お詫びになるかは分からないが、後で菓子折りを贈らせてもらうよ」
顔色の優れないラゼイヤとオリビア。意気投合する五男と夫人。それぞれで楽しんでいる姉妹達と公爵達。そして今も寝込んでいるであろう辺境伯。
なんとも忙しない祝宴となってしまったが、有意義なことには変わりない。
そんな時間も、着々と終わりが近づいてきていた。
0
お気に入りに追加
158
あなたにおすすめの小説

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが
私の入る余地なんてないことはわかってる。だけど……。
さくしゃ
恋愛
キャロルは知っていた。
許嫁であるリオンと、親友のサンが互いを想い合っていることを。
幼い頃からずっと想ってきたリオン、失いたくない大切な親友であるサン。キャロルは苦悩の末に、リオンへの想いを封じ、身を引くと決めていた——はずだった。
(ああ、もう、)
やり過ごせると思ってた。でも、そんなことを言われたら。
(ずるいよ……)
リオンはサンのことだけを見ていると思っていた。けれど——違った。
こんな私なんかのことを。
友情と恋情の狭間で揺れ動くキャロル、リオン、サンの想い。
彼らが最後に選ぶ答えとは——?
旦那様には愛人がいますが気にしません。
りつ
恋愛
イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。
※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。
はぐれ妖精姫は番の竜とお友達から始めることになりました
Mikura
恋愛
「妖精姫」――侯爵令嬢オフィリア=ジファールは社交界でそのような二つ名をつけられている。始めは美しい容姿から賞賛の意味を込めての名だった。しかしいつまで経っても大人の証が訪れないことから次第に侮蔑の意味を込めて「はぐれ妖精姫」と呼ばれるようになっていた。
第二王子との婚約は破談になり、その後もまともな縁談などくるはずもなく、結婚を望めない。今後は社交の場に出ることもやめようと決断した夜、彼女の前に大きな翼と尾を持った人外の男性が現れた。
彼曰く、自分は竜でありオフィリアはその魂の番である。唐突にそんなことを言い出した彼は真剣な目でとある頼み事をしてきた。
「俺を貴女の友にしてほしい」
結婚を前提としたお付き合いをするにもまずは友人から親しくなっていくべきである。と心底真面目に主張する竜の提案についおかしな気分になりながら、オフィリアはそれを受け入れることにした。
とにもかくにもまずは、お友達から。
これは堅物の竜とはぐれ者の妖精姫が友人関係から始める物語。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
DOTING WAR~パパと彼との溺愛戦争~
来栖もよもよ&来栖もよりーぬ
恋愛
国王である父:青龍ローゼン、母:アジサイ(妖狐の一族・故人)から産まれた一人娘・エヴリンは亡き母の忘れ形見と言うことで父から大変溺愛されて育った。
しかし、それに驕ることなく素直にのびのびと母譲りの美貌に育ったエヴリン姫も既に十七歳となり、婿候補が必要なお年頃。
一般の人間と違うため、寿命も長いし一定の時期で成長は止まる。それが大体女性は二十五歳、男性は三十歳。
だが若いままでいられるのも良いことばかりではなく、体の成長が止まるため女性は子供を産めない。極端に体の老化が遅くなるため、お腹の子供も成長しないため授からなくなるのだ。そのため十八歳までには相手を決めて結婚・出産というのが通常の流れではあるが、何しろ溺愛で名高いローゼンである。ちょっとでも気に入らないと難癖をつけてすぐに縁談を断ってしまう。
だがエヴリンには幼馴染みの吸血鬼の一族であるグレンにずっと片思いをしていた。彼が婚姻を申し込んでくれたら嬉しいのに……と思っていたが、国王が婚約者候補を選ぶイベントをするという。
……これは自分の手で何とかせねばならない。
私はグレンとの結婚に向かって突き進むわ!
と諦めないグレンとエヴリンⅤS父との戦いが切って落とされるのであった──という展開のラブコメでございます。


前世で孵した竜の卵~幼竜が竜王になって迎えに来ました~
高遠すばる
恋愛
エリナには前世の記憶がある。
先代竜王の「仮の伴侶」であり、人間貴族であった「エリスティナ」の記憶。
先代竜王に真の番が現れてからは虐げられる日々、その末に追放され、非業の死を遂げたエリスティナ。
普通の平民に生まれ変わったエリスティナ、改めエリナは強く心に決めている。
「もう二度と、竜種とかかわらないで生きていこう!」
たったひとつ、心残りは前世で捨てられていた卵から孵ったはちみつ色の髪をした竜種の雛のこと。クリスと名付け、かわいがっていたその少年のことだけが忘れられない。
そんなある日、エリナのもとへ、今代竜王の遣いがやってくる。
はちみつ色の髪をした竜王曰く。
「あなたが、僕の運命の番だからです。エリナ。愛しいひと」
番なんてもうこりごり、そんなエリナとエリナを一身に愛する竜王のラブロマンス・ファンタジー!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる