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婚礼
こわしたらなおしましょう(ゴア表現有り)
しおりを挟む神殿は、静寂に包まれている。
群衆も、アグナスも、騎士も、公爵達も、姉妹達も、誰一人として言葉を発さなかった。
否、発せられなかった。
全員の目線が集中している場所に、原因はあった。
扉の前。
そこには大量の赤がぶちまけられ、絨毯も神殿の床も、壁にもべっとりと付着している。
その中央に佇んでいるのは、甲冑を着たディトと、その足元にある赤黒い塊であった。
ディトの顔には、同じような赤い液体が飛沫している。国が傾くほどの美形は、赤く汚れていてもなお美しかった。
その下には、一つの塊になった何かが、ディトの棍棒によって押し潰されている。そこから赤が吹き出し続けていた。
それには元々は白かったであろう……赤一色になってしまった布が被せられており、周りには石ころ同然となった宝石の残骸が散らばっている。
その持ち主が誰なのか、それが何者なのか、此処にいる全員が理解していた。
アレッサであったものだ。
ほんの数秒前まで、アレッサは元気良く大広間を走り抜け、出口である扉まで出かかっていた。
だが、ディトが動いたのは彼女が走り出したのと同時であった。
ディトはアレッサを視線に収めたまま膝を軽く曲げたかと思うと、神殿の床を思いっきり蹴り上げ、跳躍した。
大理石の床はディトに蹴られた瞬間、木綿でも踏んだかのようにたわみ、軋ませていた。
その振動は床に足をつけていた全員に伝わり、群衆の中にはあまりの衝撃で倒れているものもいた。
その間にも、ディトの体はアグナスを飛び越え、騎士達も余裕で越え、扉寸前のアレッサの直上にまで到達していた。
この間僅か1秒足らずである。
そして、ディトは右手に握ったままの棍棒を、宙にいるにも関わらず軽々と振り上げると……
此処で、姉妹達の視界は途切れている。
公爵達が咄嗟に目を隠したのだ。
前方にいたラゼイヤでさえ、すぐに後退してオリビアの目を塞いでいた。
だからその後どうなったのかは姉妹達だけはわからない。しかし、視界が暗転したと同時に聞こえた何かが潰れる音だけは、しっかりと耳に残っていた。
では、実際アレッサはどうなったのか。
それは一番近くで見る羽目になったアグナスが知っている。彼には姉妹達のように目を伏せさせてくれる者などいないのだから。
アグナスが振り返った時には、アレッサの頭に棍棒がめり込んでいた。それは力も速度も緩めることなく下へと突くように振り落とされ、そのまま万力にかけられたようにペシャンコになってしまった。
あまりの呆気なさに、アグナスはおろか周りにいた騎士も理解が追いつくまでに時間がかかった。
気付いたら、あの女がただの肉塊になっていたのだから。
凍りついたように誰も彼もが動かなくなる。姉妹達も、目を覆ってくれている公爵達の手を振り払える勇気はなかった。
「危ないなぁ。逃げないでよもー」
ディトはというと、あっけらかんとした声でアレッサであった血肉を棍棒ですり潰すように弄っている。その光景に、アグナスの騎士が一人吐いた。
「兄さん、神殿汚しちゃってごめんね?」
ディトは真っ赤に染まった顔をラゼイヤに向ける。その表情は健全な好青年そのもので、毒気は一切感じられない。そんな彼に、ラゼイヤは顔を顰めた。
「謝る暇があったらそれをどうにかしろ!こんな場所でいきなり潰す奴があるか!?」
ラゼイヤは今日一のお叱りをディトに向ける。それに続いて、ゴトリルも口を開いた。
「そうだぞー。お前加減は練習しとけって兄ちゃん言っただろうが」
口では叱っているものの、顔は笑っている。本気で怒っていないのが感じ取れたのか、抱き抱えられて目を塞がれていたクロエがラゼイヤの代わりにゴトリルの頬をつねっていた。
「ルーナ!見ちゃダメ!!絶対に見ないで!!」
「は、はい……」
ラトーニァはルーナの目を隠すので精一杯であった。
「…………」
バルフレは普段の真顔に戻っており、両手はしっかりとエレノアの両目を塞いでいた。
公爵それぞれ反応が薄いことに、姉妹達は皆困惑していた。
音的にアレッサに何が起こったのかは容易に憶測がつく。しかし、それならば何故公爵達は此処まで冷静でいられるのだろうか。
目を覆う手を払えば、きっと自分達は発狂するであろう代物を、公爵達は平然と眺めているのだから。
「全く……ディト!何をしている、早く治しなさい!!」
ラゼイヤの言葉に、姉妹達は首を傾げた。
治すとは?この言葉の意味がよくわからなかった。
だって、もうアレッサは……
「ごめんごめん!今やるから!」
しかし、ディトはさも当然のように承諾すると、肉塊に向けて手を翳した。
すると、ディトの掌から光が漏れ出し、肉塊を優しく包み込む。しばらくすると、肉塊はひとりでにぐにょぐにょと蠢き出した。
あまりに奇怪な光景に、群衆は自分が痛そうな顔をしているが、アミーレアの人間は気絶寸前であった。
肉塊は蠢くのをやめなかったが、次第に形を変えていく。
伸びた筋は腕に成り、挽肉のようなものは別の肉に重ね重ね包まれて腹に還る。
散らばっていた宝石はヒビも元通りになり、真っ赤な布は破れところも塞がって、元の美しいドレスに戻った。
気付けば、肉塊はアレッサの姿に戻っていた。
間近で見ていたアグナスと騎士達は目を丸くした。
あのアレッサが、潰されたはずのアレッサが、傷一つ無い状態でそこに座り込んでいるのだ。
アレッサ本人も、何が何だかわからないといった様子で辺りを見回していたが、ディトが視界に入るや否や、悲鳴を上げて抜けた腰を後ろへと引きずっていた。
腕2本で自分の体を引きずれるくらいには、アレッサの体は元通りになっている。しかし、潰れた際に溢れた血液だけは戻らなかったのか、アレッサの周辺と純白であったドレスは真っ赤なままであった。
そうしてようやく、公爵達は姉妹達の目を隠していた手を退けたのだった。
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