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婚礼
鬼畜公爵
しおりを挟む鬼畜公爵……という声が上がったことに、姉妹達は開いた口が塞がらなかった。
あの明るくて優しいディトが鬼畜呼ばわりされているということが、信じられなかったからだ。
しかし、群衆の言葉が一切信じられないわけではない。
現に、目の前に佇む血塗れのディトも、アレッサのことを『オモチャ』と称したのだから。
「にしても、この子可愛いねー!目はまんまるで、髪も綺麗!肉付きも最高!」
ディトは、アレッサの顔を真っ赤になった小手で撫でる。頬が血で汚れてしまうのにも関わらず、彼に触れられたアレッサはまた、頬を赤らめた。
『オモチャ』という言葉を聞いた時は驚いたが、ディトの言動からして恐らく男の娯楽としてという意味なのだろうと、アレッサは思っていた。
『鬼畜公爵』という異名も、きっとそういう趣味を持っているからなのだろう。でなければ、鬼畜を名乗る者は今こうして頬を優しく撫でられるわけがないのだ。
それに、自分が犯したのはたかが不敬罪だ。言って懲役と平民下がりで済むだろう。死罪に及ぶほどのものではないと、アレッサは高を括っていた。
そこに娯楽が追加されるだけだろうと、男に抱かれるくらいならちょっと刺激が強くてもどうってことないと、裏で笑っていた。
しかし、思考を巡らせていたアレッサは、不意に顎を強く掴まれたことで意識をディトの方へと向き直される。
「すごく壊し甲斐がありそう!」
そう言って無邪気な笑みを溢すディトに、アレッサは顔を引き攣らせた。
(何?壊すって、もしかして本当にそういう嗜好持ちなの?)
でも痛いのはちょっとなー、と呑気にも考えていた頃が、彼女にもあった。
引っかかるような笑みを浮かべるアレッサに、ディトは続けて話しかける。
「これだけ丸い目ならくり抜くのは簡単そうだなぁ。髪もどれくらい引っ張ったら千切れるのかな?脇腹の贅肉もたくさん削げそうだし!」
ニコニコと笑みを浮かべて物騒なことを言い出したディトに、アレッサはとうとう笑えなくなった。
距離を空けるために後ろへ下がろうとするも、顎を掴む手が外れることはなく、むしろ痛いほどに締めてくる。
見た目からは予測できない異常なまでの力に、アレッサは穏やかに笑うディトを直視することができなかった。
「でも今日はおめでたい日だし、明日に取っておこう!兄さん、コレ僕んとこに一旦置いてくるから。次はちゃんと正装で行くね!」
「ああ、わかった。早めに来るんだぞ」
「もちろん!」
満面の笑みラゼイヤに返したディトは、アレッサの肩を掴もうと、彼女の顎を掴んでいた手を一瞬離した。
その隙を逃さず、アレッサは扉の方へと全速力で走った。
「あれ?」
間の抜けた声を出すディトを気にも止めず、アレッサは風を肩で切る勢いで走り抜けた。
呆然としていたアグナスや騎士の隣も軽々とすり抜け、出口である扉の方へと目指す。
時折息を詰まらせそうになるも、そんなことどうでも良いようにただひたすら駆けていた。
(冗談じゃない冗談じゃない冗談じゃない!!!)
あの絶世の美丈夫が、まさかあんなことを言い出すとは思わなかった。
しかも見た目に反して力も強く敵うわけがない。
あのままでいたら恐らく……ロズワートよりも酷い目に遭う。
アレッサはそう判断し、逃げることを決意した。
隙を見て逃げれば反応は遅いからその間に距離を稼げる。障害物もいるからそう簡単に追いつけまい。
このまま逃げて、逃げて、アミーレアよりももっと先へ逃げて
あたしは生きるんだ
アレッサは、その一心で扉に向かっていた。
扉まであと少し
敷居を越えるまであとちょっと
神殿を出るまで__
そこで、アレッサの意識は途絶えた。
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