四人の令嬢と公爵と

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婚礼

鋼の中身

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 神殿の大広間に突如として現れた存在に、姉妹達とアレッサは息を呑んでいた。



 その全身を覆うのは、もはや岩と形容してもおかしくない、黒々とした鋼の甲冑。
 兜、小手、胴の部分は元の色が見えなくなるほど赤く錆びたに塗れており、右手に持っている人一人は簡単に潰せそうな棘付きの棍棒はそれ以上に汚れている。それは時折滴っては神殿の絨毯を紅色に汚していた。

 神殿という洗練された場所には相応しくない禍々しい存在は、周りの様子など気にすることなく、公爵達の下へ駆け寄ってきた。


「いやー仕事が長引いちゃってさー。さっきようやく終わったんだよ!で、式はもう終わっちゃった感じ?」


 甲冑は見た目にそぐわぬ、若々しい青年の声でそう言う。この声には、姉妹達は聞き覚えがあったが、それが信じられないとでも言うように、見開かれた目をそれに向けていた。

 アレッサはというと、目の前の厳つい甲冑に恐れ慄いている。無理もない。がこれでは誰だって怯えるだろう。

 ただ、ラゼイヤだけは、それに対して呆れたように口を開いた。


「何故のままなんだ。物騒じゃないか」

「着替える暇無くて…あははー」


 悪怯れなく笑う声は、甲冑の中からであった。その声に、ラゼイヤは苦笑いを返す。


「全く……せめて頭だけは出しなさい。それでは誰かわからないだろう」

「お、それもそうだね」


 甲冑の中にいる誰かは、ラゼイヤに促されて兜に手を回す。

 かちゃりかちゃりと、何重にもかかっているのであろう施錠を解く音と共に、頭の装備にしては重苦しそうな兜を外した。





 赤く汚れた甲冑の中から現れたのは、輝く金髪を下ろした絶世の美丈夫であった。

 異常なまでに整った顔は、無垢な瞳を此方に向けている。

 その顔も、視線も、姉妹達は何度も見てきた。



 ディトであった。



「ディト様!」

「ディト様がいらしたぞ!」


 大広間のざわめきが大きくなっていく。群衆はディトが来たことに驚いているようであった。
 しかし、ディトがその声に耳を傾けることはなく、真っ直ぐと公爵達の方に目を向けていた。


「うわー!みんなすごく似合ってるね!仕立ての時は見れなかったけど、こうして見ると本当に綺麗だなぁ」


 ディトは姉妹達にも視線を向け、子供がするような無邪気な笑みを浮かべる。それだけならいつものディトと変わらないのだが、今の姿はそれら全てを相殺していた。


「ところで兄さん、なんか騒ぎでもあった?みんな変な雰囲気だけど」


 キョトンとした顔で、ディトは周りを見渡している。可愛らしい仕草ではあるが、やはり甲冑がそれを台無しにしてしまう。

 ふと、ディトはある人物に目を向けた。


「ねえ、この子誰?」


 ディトが棍棒で差したのは、ラゼイヤのすぐ近くにいるアレッサであった。

 アレッサは、ディトの顔に蕩けた目を向けたまま、頬を赤く染めている。目の前の美人に心奪われているようであった。こんな状況下でもそれほどの美しさを放てるディトがある意味恐ろしい。

 そんなディトに、ラゼイヤは笑いかけた。





「お前、もうそろそろ誕生日だろ?少々早めだが、私からのだ」

「……は?」



 ラゼイヤの言葉に、アレッサは素っ頓狂な声をあげる。

 彼は今、自分アレッサのことをプレゼントだと言ったのだろうか。

 未だ理解が追いつかないアレッサに対して、ディトはその言葉を聞いた途端破顔した。



「本当!?いやー嬉しいなぁ!丁度前のからさー!新しいの欲しかったんだよねー!」



 そう言って喜ぶディトの言動に、アレッサは僅かながらに不安を抱いた。



 オモチャ?

 壊れた?

 新しいの?



 聞けば聞くほど不穏な言葉に、アレッサは嫌な予感がした。



 そして、それは的中する。





「なんということだ」

「ラゼイヤ様も手厳しいことをなさる」

「あの娘も流石に哀れだな」


 群衆から口々と発せられるのは、アレッサが先ほどまで求めていた憐れみ……同情の言葉であった。

 何故それが今なのか、アレッサにはわからない。

 ただ、群衆は騒動の発端である彼女にすら、今だけは慈悲の念を抱いているようであった。


「もうあの娘はお終いだ」

「自業自得と言えど、可哀想だな」

「ああ、本当に」










「『鬼畜公爵』のオモチャにされるなんて」





 群衆から漏れた言葉に、アレッサは耳を疑いたかった。
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