四人の令嬢と公爵と

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婚礼

中身は腐ってる

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「全部嘘だよ」


 というラトーニァの言葉を皮切りに、周りにいる全員が疑いの目をアレッサに向ける。
 その眼差しに、アレッサは焦燥を加速させた。


「な!嘘ではありません!!ロズワート様は本当に私のことを監禁して、あのようなことを!」


 アレッサは慌てて抗議するが、それでも周りの目の色が変わることはない。普通なら少しばかり信じる者もいて良いはずだと思っていたが、ほぼ今話し始めたばかりのラトーニァの方が何故か優勢であった。


「あの娘が王太子を唆したんだな。恐ろしい」

「じゃああの側妃の話もそういうことだよな」

「王太子が駄目になったから公爵様に寝返るとは、図々しいにも程がある」


 皆口々にそう言い出す始末であった。


「な、何よ!?なんで誰も私の話を信じてくれないの!?公爵様が嘘をついてる可能性もあるでしょ!?」


 アレッサが群衆にそう叫ぶと、そこからぽつりぽつりと嘲笑の声が聞こえてくる。その声にアレッサは半ば苛立ちを覚えた。


「何でよ!!私がアレだけ恐ろしい目に遭っていたのに!笑って済ませるなんて!!」

「お、恐ろしい目って、『ロズワートに甘やかされてた』こと?」

「は?」


 アレッサに声をかけたのは、ラトーニァであった。


「『午後のティータイム』『綺麗な宝石を身に付ける』『高級なドレスを着る』……『夜伽よとぎ』も、全部恐ろしい目?」

「な……!?」


 ラトーニァの言葉に、アレッサは耳を疑っていた。

 それは全て、身に覚えのあることだったからだ。


「ロズワート君に、き、君はいっぱいお願い事、したでしょ?たくさん甘やかして、もらってたでしょ?怖い想いなんて、一度でもした?」

「な、何を言って」

「それに、か、監禁だって、元はと言えば、君がお父さんに勘当された、から、王宮で寝泊まりしてただけ、でしょ?」

「!!!?」


 アレッサは、絶句した。



 クラシウス男爵、実の父親であるボルテアから勘当されたのはアレッサ自身しか知らず、他の者はロズワートでさえ教えていない。

 なのに、今日初めて会ったラトーニァが知っていたのだ。

 何故そのことがバレたのか。まさか情報が知らず知らずのうちに漏洩していたのか。



 冷や汗をかき出したアレッサに、ラトーニァは話しかける。


「情報なんて来てないよ?」

「……へ?」


 頭の中で考えていたことをさらりと答えられ、アレッサは一瞬呆けた。しかし、そんな彼女に気を取られることもなく、ラトーニァは続ける。


「僕、こ、心がから、君が何を考えてるかもわかるし、何があったのかもわかるよ?」

「!!」


 その言葉に、アレッサはヒュッ、と音にもならない息を上げる。

 心が視えるということは、何もかもわかるということは。

 アレッサは、血の気が引いていくのを感じていた。どうにかしてラトーニァを止めなければならないと、無意識に彼へ手を伸ばしたが、距離的にも届くことなどなく、ラトーニァは無視して話し続ける。


「こんなに他の人とたくさんお話したの、久しぶりかも……でも、本当のことだから、い、言わないといけないから、言うね?」


 宥めるように声をかける彼が、アレッサは恐ろしかった。

 恐らく、言われる。全てを。



「ガルシア令嬢をベルフェナールに送らせてアミーレアと繋がりを作ろうとしたのは君の案。彼女達をロズワート君の側妃にさせてガルシア領を取り戻すのも君の案。ロズワート君に罪をなすりつけて僕達のところに寝返るのも君の案……僕達に媚び売って、破局させて自分がお嫁さんになるのも君の案、でしょ?そんな人と、僕は、一緒になりたくない、かな」



 全部、言われた。

 アレッサは力無くその場に膝折れ、項垂れた。



 ロズワートは初めから捨て駒であった。
 どうせ失敗に終わることは見越していた。だからそのために手紙を送り、自分も被害者であるフリをしようとしていた。
 もし公爵側に取り込まれれば自分は辛うじてアグナスに罰を受けられることはなくなるだろうし、ロズワートにしたように誘惑すれば自分に乗り換えてくれると思っていた。
 自分にしてはよく考えたものだと自分で感心していたが、まさかこんなことになるとは思いもしなかった。
 ロズワートが下手に手紙を出さなければ、こうなることはなかった。しかし、結局はラトーニァに真意を暴露されて終いだっただろう。

 群衆が嘲笑っていたのも、自分を全く信じなかったのも、心の読めるラトーニァ本人の言動だからこそなのであろう。彼が心を読めるという事実は、この国では信憑性があるらしい。それでは自分が不利になるのも無理はない。



 ふと、視線の端から様子を伺う。

 ベルフェナールの国民達は皆アレッサを侮蔑、好奇の目で見ており、同情を向けるような者は誰一人としていない。

 アミーレアの輩は、こんな目ではなかった。
 皆蕩けた目でアレッサを眺め、甘い言葉を囁き貢ぐ。
 しかし、そんな目は今何処にも無いのだ。



 私は、こんなに美しいのに。皆が見惚れるほどなのに。

 どうして、誰も私を庇わないの。



 昔から自分のを武器に生きてきた男爵令嬢は、今にも中身をぶち撒けてしまいそうなほどに気分が悪かった。

 この場では、誰一人として自分を認めるものはいない。ロズワートはいないし、アグナスは自分を嫌っていたし、両親は絶対に来ないだろう。来ても助けはしない。絶対に。

 その事実に、アレッサの自尊心は押し潰されんとしていた。


「なんでよ……私が一番なのよ」


 アレッサは、悲壮に塗れた瞳を上げる。

 目の前の公爵達の隣には、ガルシア姉妹が佇んでいる。



 本当はそこに自分が立っているはずだったのに、と。



 姉妹達は皆、呆れたような、憐れむような視線を向けている。それが痛々しくて、アレッサは目を伏せそうになった。



 しかし、ある人の顔を見た瞬間、アレッサの中で黒い感情が噴き出した。
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