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婚礼
泣き落とし
しおりを挟むラゼイヤの視線の先に、他の公爵も姉妹達も自然と目を向ける。
そこには、未だその場から動かないアレッサがいた。
先ほどの余裕を模した笑みは何処へやら、頬を引き攣らせ無理矢理にでも笑っている。体もガタガタと震え、今にも倒れそうな様子であった。
「アレッサ嬢。貴女は如何するおつもりで?」
ラゼイヤが優しく語りかけるも、アレッサは肩をビクつかせるだけで動こうとはしない。
あの光景を間近で見てしまったのだ。無理もない。恐れるなという方が無理難題である。
しかし、逃げるような素振りはなく、しっかり公爵達と面を向けていたことだけは賞賛に値する。
「ロズワート様はもういないが、貴女はまだ何か御用で?」
ラゼイヤはそう言ってアレッサに話を促す。表面上は優しいが、それがアレッサを炙り出そうとしていることにオリビアは気付いていた。
アレッサはというと、しばらく黙ったままであったが、一呼吸して自分を落ち着かせると、またあの微笑みを浮かべた。どうやらなんとか持ち直したようである。公爵達相手にも笑い返せるとなると、彼女の肝はロズワートより据わっているようだ。
「ええ。あります」
アレッサはそう返した。
まだ何かあるのかと、姉妹達は心の底からげんなりしていた。ロズワートの件もあってそろそろ明るい雰囲気に戻したいという姉妹達の気持ちも、今のアレッサには届かないだろう。
アレッサは、公爵達に視線を合わせるや否や、涙を浮かべたのだから。
急なことに姉妹達は驚いた。何故彼女が泣くのかわからなかったからだ。しかし、アレッサはそんな彼女達を置いて語り出す。
「実は……貴方様の婚約者はガルシア令嬢では御座いませんの。この私、アレッサで御座います」
辺りが、静寂に包まれる。
「本当は私が貴方様の誰かと婚約するはずでしたの。ですが、ロズワート様が、いえ、ロズワートが、私を隔離してこんなことに……」
涙ながらに話すアレッサの発言に、姉妹達は皆言葉を失っていた。
あまりに馬鹿げていたからだ。
「恐ろしかったわ。王宮からは出してもらえず、家族とも会わせてもらえませんでした。毎日毎日、あの男に付き纏われて……今回だって、無理矢理こんなドレスを着せられて、見せしめにしようとして……でも、貴方様のおかげで、私は自由になれましたの!」
アレッサは先ほどまで泣きじゃくっていたというのに、今度は満面の笑みを向けてきた。
「私、一生をかけて皆様に恩返しがしたいのです!ですからどうか、私を、貴方様方の側室にさせてはいただけませんか!?」
はきはきと放たれたその言葉が、姉妹達の心を刺し抉った。
この女は、どうやら標的を変えたらしい。
『公爵達が欲しい』と言い出したのだ。
そんなこと一言も言っていないが、姉妹達にはそう聞こえた。
ロズワートでは……アミーレアでは不利になったから、速攻で乗り換える術に出たのだろう。
しかし、それでまた奪う気なのだろうか。二度も。
「お手伝いならいくらでもします!!公爵様が望めば何だってしますわ!!」
そう言うアレッサは、上目遣いで公爵達を見つめている。ウルウルとした瞳は庇護欲を掻き立てるが、彼女の本心を知っている姉妹達は気が気でならなかった。
まとっているドレスも、心なしか見せびらかしているように感じる。
「あ!あくまで側室になるのであって、愛人になるなんてやましいことは一切考えておりませんわ!貴方様とガルシア令嬢の支えになりたいです!」
必死そうに伝えるその姿も、体をくねらせて誘っているようにしか見えない。
確かに、アレッサは美しいと言える。しかし、その長所をこんなところで活かそうとするなど、何を考えているのかわかったものじゃない。
こんな手段に出るのなら、即刻退去させたいものであったが、それは姉妹達にはできなかった。
それを嘘だと言える証拠を、言葉で伝えるには不利であったからだ。
この状況であるから言えば周りは信じてくれるとは思う。しかし、アレッサはそう簡単に引き下がらないだろう。どうせ泣くわ喚くわを続けて此方が折れるまで納得しないだろう。
言葉だけでは彼女相手には弱すぎる。
それに、彼女の処遇を決めるのは当主である公爵達だ。自分達ではない。
だからこそ、今もなお不安が姉妹達の心を侵食していた。
全く予測できないが故に、恐れていた。
しかし、その不穏を切り裂くように、ラゼイヤが口を開く。
「それはそれは、大層な作り話ですね」
そう言って微笑むラゼイヤに、アレッサは口をポカンと開けていた。そんな彼女を置いて、ラゼイヤは懐から何かを取り出す。
それは、二通の手紙であった。
「これは、先日貴女とロズワート様から送られてきた手紙です。まだ開封はしていませんがご安心を。しっかりと目は通してありますので」
その手紙を見た瞬間、アレッサは息を呑んで顔を真っ青にした。急に具合でも悪くなったのかというぐらいに、顔色がどんどん悪くなる。その光景が少し滑稽でもあった。
「アレッサ嬢は、此方でしたかね。長いので省略して読ませていただきます」
ラゼイヤは手紙を開封すると、その中に書かれた文を読み始めた。
「『ラヴェルト公爵様一行との婚約は私め、アレッサ・クラシウスの御務めであるはずでしたが、私は現在、アミーレアの王宮にてロズワート王太子に監禁されております。王太子様は私を無理矢理正妻にするとして聞かず、両親にも会わせてくれません。どうか助けてください』……と、噛み砕いて言えばこんなことが書かれていますね」
ラゼイヤはその手紙をしまうと、もう一つの手紙を取り出す。
「さて、此方はその元王太子殿からだ」
ラゼイヤはその手紙も開き、中身を読み出す。
アレッサは何やら慌てているようだったが、それすら無視して読み進めた。
「『私はアレッサ嬢を正式に正妻として迎え、ガルシア令嬢を側妃として迎え入れる。だから今回の婚約は無かったことにしてくれ』か……中々攻めた物言いですが、肝心なのはこれより少し前の文面なのですよ」
ラゼイヤは楽しそうに笑っている。それに反して、アレッサはずっと顔が青かった。
ラゼイヤを止めようとしたのか、一歩前に近付いてきたアレッサよりも先に、彼はその文面を読み上げた。
「『愛しのアレッサが提案してくれた』と」
その言葉に、先ほどまで静かであった神殿内がざわめき出した。
姉妹達も同じであった。
(側妃の話は、アレッサ嬢が提案したことだったの?じゃあ、ロズワート様があんな奇行に走ったのは……)
オリビアは頭の中で思考を巡らせていたが、そうなるとある疑問が浮かぶ。
それを話題に出したのは、ラゼイヤだった。
「となると、この手紙二つに矛盾が生じますね。元王太子殿から逃れたい貴女が、わざわざガルシア令嬢を側妃に任命させようだなんて考えるのですか?もし本当に貴女が私達と婚約する立場であったのなら、せめて正妻を入れ替えてくれとお願いすると思うのですが。何故それほどまでにロズワートを嫌っておきながら、正妻という立ち位置を手放そうとは考えないのでしょうね」
手紙の疑問を、ラゼイヤはすらすらと話していく。アレッサは黙って聞いていたが、体はワナワナと震えていた。それが恐れか怒りかはわからない。
ただ、焦燥を抱いているのは確かであろう。
「で、真偽は如何なものですか?」
ラゼイヤからの問いかけに、アレッサは我に返って口を開く。
「わ、私の言ったことは、私の手紙は本当であります!ロズワートの方は全て嘘です!!私が逃げられないようにとそんな文面を……!!」
アレッサは慌てて弁明しているようだが、ラゼイヤはそれを悠然と眺めている。そして、不意に別の方へと視線を向けた。
「お前はどう思う。ラトーニァ」
ラゼイヤが話を振ったのは、ラトーニァであった。何故彼に話を振ったのか、アレッサにはわからないだろう。首を傾げたままのアレッサに向けて、ラトーニァはゆっくりと口を開く。
「う、嘘だよ。この娘の話は、ぜ、全部、嘘……」
しどろもどろに言い放ったラトーニァに、アレッサは言葉を失った。
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