四人の令嬢と公爵と

オゾン層

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婚礼

非情で無情

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 歪な音を立てて、神殿全体に巨大な亀裂が駆け巡る。同時に、バルフレの周囲にいた者達全員の背中を冷気が走った。



 美しかった神殿には、黒く禍々しい亀裂が無数に入っている。今にも崩れそうだというのに、不思議と音はしなかった。ヒビが入っていながら、神殿はその姿勢を保っていたのだ。

 異様な光景に姉妹達は目を白黒とさせていたが、バルフレに向き直った時、あまりの恐怖に言葉を失ってしまった。



 バルフレの肌に走る亀裂が、大きくなっている。

 それはゆっくりと裂け目を広げ、白い陶器のような肌を侵食していた。
 ぱきりぱきりと、ヒビの広がる音と共に、その肌が割れ、欠片となって落ちていく。バルフレの顔は、既に右側が瓦解して空洞になっていた。

 その奥から、真っ赤な光がロズワートへと向けられていた。



 真っ赤な双眸は炎のように揺らぎ、形が崩れてなおロズワートを射抜かんとしている。その目に留められたロズワートは動くことはおろか、叫ぶことすらできないほどに慄いていた。


「此処まで癪に障る奴は貴様が初めてだ。今では殺したいと思えるほどにな」


 抑揚の無い口調は崩さず、あくまで平然を装っているバルフレに、ロズワートは口をパクパクさせたまま何もできなかった。



 バルフレは確実に怒っていた。
 ロズワートの怒りなんて比にならないほどに。



「自分の罪に気付けないことはおろか、まで貶したんだ。これ以上生かしておく価値など毛頭無いだろう」


 バルフレの足元から、神殿内の亀裂がどんどん広がっていく。その亀裂が自分のところにまで来た時、ようやくロズワートは後ろへ下がるという行動が可能になった。


「ち、父上!!助けて!!」


 ロズワートがそう泣き叫んで助けを求めるも、アグナスは唖然とした様子で動こうとはしない。それでもロズワートは必死にアグナスを呼び続けた。


「父上!父さん!嫌だ嫌だ嫌だ!!死にたくない!!!」


 ロズワートの叫びも虚しく、バルフレはゆっくりと手を伸ばしてきた。


「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だっ!!!!!」


 ついにロズワートは助けを求めるのもやめ、その場に蹲ってしまった。そんなことをしたところで助かるはずもないというのに。
 バルフレは、ヒビに覆われた手で、ロズワートの頭に触れようとした。





「晴々しいほどの莫迦だな。貴様は」





 凛とした声と同時に、先ほどまでの鋭い殺意が途絶える。恐る恐るロズワートが顔を上げると、目と鼻の先でバルフレの手は止まっていた。


「この程度の脅しで発狂する奴などこの国にはおらんぞ」


 バルフレは呆れたような顔で、ゆっくりと手を収める。顔のヒビは小さくなり、右側の空洞も含めどういう原理なのかは知らないが、元の顔に戻っていた。
 気付けば、神殿も何事もなかったかのように綺麗な状態になっていた。


「ぼ、僕は、死なないのか?」


 蹲ったまま、怯えた様子で聞くロズワートに、バルフレは気怠そうに答えた。


「婚礼の日に血を流す気は無い」


 その発言に、ロズワートの目に小さな光が差した。そしてガバリと上半身だけ起き上がらせると、すぐさまバルフレへと這い寄る。


「ほ、本当か!?」

「嘘を吐く理由が何処にある」


 バルフレの言葉に、ロズワートは痛む体を忘れて歓喜していた。
 先刻の殺気には本当に殺されるものだと思っていた。だが死なないとわかると、酷く安堵する。
 ロズワートは更に涙を流して喜んでいた。

 ぼたぼたと垂れる涙以外の雫も横目に、バルフレは口元を緩ませていた。緩ませたと言っても、微細な違いであるが。


「だが、貴様の愚行を許したわけではない」


 その言葉に、ロズワートはハッとした様子でバルフレの顔に視線を向ける。

 真顔に近い微笑みを浮かべた彼の赤い双眸は、未だ燃え盛っていた。


「私は貴様を許しはしない。これからも、な」


 死んでも……その言葉を聞いた時、ロズワートは何かを悟り、恐怖した。
 重くなった体を引き摺らせ、ロズワートはバルフレの足元で手を組み懇願した。


「待ってくれ!!エレノアにしようとしたことは謝る!!馬鹿にしたことも、他の姉妹達にだって謝るから!!もう金輪際関わるようなこともしない!!だから、お願いだ!お願いです!!許してください!!!」


 必死に許しを請うロズワートを、バルフレはずっと見つめていた。無を貫いた顔は、何を考えているのかも分かりはしない。
 だが、



「そうか……貴様の言葉に嘘偽りは無いな?」

「はい!!」

「金輪際関わらない。そう誓えるのか?」

「はい!絶対に!!」

「なら……





 許そう















 なんて言うと思ったか?」





 バルフレは、満面の笑みで拒絶した。



「失せろ。二度と目の前に現れるな」



 そう言ってバルフレが指をパチンと鳴らす。





 ロズワートの視界はそれ以降暗転し、光が差すことは無かった。
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