四人の令嬢と公爵と

オゾン層

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婚約(正式)

不信

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 ラゼイヤが書斎に戻ってきた時、初めに目に映った光景に驚愕した。



 書斎にある本棚の前、オリビアは佇んでいた。

 手には、紐の解かれた封筒の束が。

 それを持っている彼女は、後ろ姿しか認識できないが肩が小刻みに震えていた。


「オリビア」


 ラゼイヤが呼ぶと、オリビアは躊躇うように此方を振り向いた。



 両目からは、大粒の涙を流していた。



 初めて泣き顔を見せた彼女に、ラゼイヤは目を丸くした。随分と泣いたのであろう、彼女の目元は真っ赤に腫れていた。


「ラゼイヤ、さま……」


 涙で若干枯れた声を、彼女は振り絞るように出す。


「申し訳、御座いません。勝手に見てしまって……」


 そう言ってオリビアがラゼイヤに差し出したのは、封筒の束であった。差出人が見える面を向けて。





   ロズワート・アミーレア

   アレッサ・クラシウス




 それぞれ個別である封筒の差出人の欄には、そう書かれていた。



 元婚約者

 ロズワートの現婚約者

 ガルシア姉妹を隣国へ追いやった張本人



 自分達を陥れた存在は、未だに自分達を苦しめようとしていた。



「ラゼイヤ様、これは、一体何なのですか?」


 オリビアは泣くのを堪えようとしたが、既に堰を切った涙が止まることはない。
 ラゼイヤは、手渡された封筒をマジマジと見つめていた。


「貴方様は、前からロズワート様とアレッサ令嬢様と面識があったのですか?」


 問いただす本人は、潰れそうな心を持ち堪えさせるのに必死だった。


「何故、隠していたのですか?」


 オリビアは封筒の中身を見ていないが、想像すればするほど嫌な予感が巡っていた。
 アレッサの思惑は、オリビアでも察するほどに安直なのであろう。

 例えば、



『婚約者を入れ替えてくれ』

『ガルシアを此方に返してくれ』

『婚約は無かったことにする』



 などなど。

 中身がわからない故にそうとは限らないが、今のオリビアにはそれしか考えられなかった。
 そして、それを丁重に残し、隠していたラゼイヤの思惑は全く理解できなかった。



 なんで?どうして?

 あなたは何を考えているの?

 もうわからない

 わからない



「私では、婚約者として不十分でしたか?」


 オリビアは恐れていた。
 ラゼイヤの意思があの二人の方に傾いているのではと考えてしまうと、もうそうだと決めつけてしまえるほどに、それ以外のことに思考を向けられなかった。



 あの日の出来事を、オリビアは気にしないようにしていた。
 だが、心の底ではロズワートの罵倒とアレッサの微笑みが根のように張っており、残っていた。
 それが今、芽吹いてしまった。



 芽吹いた以上、オリビアの精神は限界を迎えていた。

 長女だろうと、公爵の前だろうと関係無い。

 今、オリビアは無性に泣きたかった。


「ラゼイヤ様は、私のことをどう思っているのですか」


 オリビアが今までひた隠しにしていた苛烈が、溢れ出していた。


「教えてください……どうなのですか」


 最後の部分は最早泣き声に掻き消されていた。



 勝手に決まった婚約だとしても、オリビアは自分を選んでくれたラゼイヤのことを想い慕っていた。

 だからこそ、一番傷付いていた。



 知らなければよかった。



 オリビアはもう、何も言わなかった。ただずっと、子供のように泣きじゃくった。

 ロズワートに婚約破棄を言い渡されたあの日からずっと我慢していたものが、目から溢れ出た。止めどなく溢れるそれを、両手で擦れど止むことはなく、だが擦るほかなかった。

 今は、ラゼイヤに顔を向けることすらできる気がしなかった。





「オリビア」


 頭上から聞こえた声に、オリビアは肩が震えた。

 何を言われるのか、何が起こるのかがわからないまま、オリビアは顔を伏せていた。


「オリビア、どうか顔を上げてくれ」


 懇願するような声に、オリビアの体が僅かに緩んだ。その隙を逃さないように、彼女の頬を何かが撫でる。それはしっかりと彼女の頬を包み、無理矢理顔を上げさせた。

 無理矢理というには優しすぎるものだが、顔を上げさせられたオリビアの目に映ったのは、ラゼイヤの顔であった。

 目で覆われていない方の顔は、辛そうな表情をしている。何故彼がそんな顔で此方を見ているのか、オリビアには理解できなかった。ただ、頬に触れる彼の手は、酷く優しいものであった。


「こんなことになるのなら、隠さなければよかったな」


 そう言うラゼイヤは、悲しそうに笑った。
 その意味すらもわからず、オリビアは未だに涙を流していた。その目尻を、ラゼイヤの指が優しく拭う。何処までも優しい彼の仕草に、オリビアは涙を止められずにいた。


「どうか、泣かないで」


 見かねたラゼイヤはオリビアの涙を拭う手を止めず、彼女の額にキスを落とす。

 額に触れた唇に、オリビアはあまりの衝撃で涙が止まってしまった。



 今、この人は私に何をした?



 突然の感触にオリビアの頭は追いつかず、丸くした目でラゼイヤを見つめる。
 眼前に映る彼は、困ったように笑っていた。



「オリビア。君を不安にさせてすまない。これから話すが、どうかこのまま聞いてくれ」
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