四人の令嬢と公爵と

オゾン層

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婚約(正式)

呪い

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「呪い……?」


 バルフレから発せられた言葉に、エレノアは固まってしまった。
 ネックレスが、話しておきたいことが、まさか呪いに関するものだなんて考えてもいなかったからだ。
 しかし、硬直したままのエレノアを置いて、バルフレは話を続けた。


「魔法は、それぞれを区別できないほどに多様な種類で溢れている。それを纏めるのも私の仕事だが、その中に一つだけ、特殊魔法として認定されているものの中でもまた別に区分けされているものがある。それが呪い……呪詛じゅそだ」

「じゅそ……」

「呪詛魔法は、極めて強力な魔法で、ほぼ不可能はない。誰かを呪い殺すことも、無限の力を手に入れることだってできる。だが、誰しもがこの魔法を使えるわけではない。使うためには魔力も技量も通常の倍必要になる上に条件によってはそれ相応の見返りを捧げなければなかったりもする。そして失敗すれば最悪命を落としかねないリスクの高い魔法だ。大抵の者は保身が優先で、使用することなど滅多に無いか一生無い」


 淡々と呪詛魔法について説明するバルフレを、エレノアは困惑しながら聞いていた。何故こんなことを話すのかわかっていなかったが、その思いを汲み取ったのか、バルフレは引き続き話し出した。



「私は、この魔法を生まれた時から無条件で使えた」



 その言葉に、エレノアは言おうと考えていた言葉全てを失った。
 彼の話したいことの意味がわかってきたからであった。


「初めは何とも思わなかった。木にぶら下がった果実が欲しいと思えば急にその果実が落ちてきたことも、紛失物が自分の目の前に現れたことも、晴れを望んだら翌朝快晴だったことも、全て偶然だと思っていたからな。だが……成長してから魔法を学ぶうちにこの偶然が全て呪詛という魔法であったことを知った」


 今での出来事を語るバルフレは、何処か寂しい表情をしていた。真顔なのに変わりはないはずなのに、何故かエレノアはそう感じていた。


「呪詛は、強力が故に歯止めが効かない。下手をすれば己が求めていたもの以上の事象が起こりかねない。人の命さえ最も簡単に摘むことができる代物だと知った時、私は……」


 すらすらと話していたバルフレの声が、詰まる。



「自分が怖くなった」



 抑揚のない声が、僅かに震えた気がした。


「見ただけで花は枯れ、声を出せば鳥は落ち、念じれば死を迎える。それが無意識だとしても、呪詛の力は絶対だ」


 それほどまでに強い魔法を、バルフレは生まれた時から身に付けていた。そして、無意識でも発動したそれは、バルフレの薬となり毒にもなった。


「それに気付いてから、私は感情を表に出すのをやめた。言葉を発するのも、思うこともやめた。そうすれば、私の魔法が災いすることもないと判断したからだ」


 バルフレの言葉から察するに、思い当たる節があったのだろう。誰かを傷付けてしまったかもしれないという、後悔が垣間見えていた。


「だが……それがお前を不安にさせていることは考えていなかった」


 バルフレの言葉に、エレノアは顔を上げた。
 恐らく昨夜、ディトがバルフレ言ったのだろう。その話題はエレノアが昨日ディトと話していたものであったのだから。


「私は、お前を傷付けるつもりはなかった。ただ、危険に晒したくなかっただけだ」


 口を滑らせただけでも、容易く災いを起こすその力を、エレノアに向けたくなかっただけなのだ。


「なのに、返って傷付けていた」

「!」


 『傷付けた』という言葉に、エレノアは咄嗟に口を出した。


「そんな!バルフレ様は何も悪くありませんわ!私が無知であったばかりに……」

「いや、何も教えなかった私に非がある」


 バルフレの顔が、少しだけ曇った。



「すまない」



 振り絞るように発した声は、悲痛な叫びのようであった。
 今まで聞いたことのない彼の声に、エレノアは返す言葉が見つからなかった。


「……エレノア」


 ふと、バルフレがエレノアの手にあるネックレスに目を向ける。


「そのネックレスには、私の呪いが付与されている。呪いだが、お前には一切の害が被ることはない。加護としてお前に危害を加えようとする者を蝕む呪いを付与した……所謂、『お守り』のようなものだ」


 バルフレは、暗くなった眼差しでネックレスを見つめている。それを持っているエレノアも、同様に見つめていた。


「もし、私の魔法が恐ろしくなければ、それを受け取ってほしい」


 エレノアは、バルフレの言葉を耳に通し、ネックレスにもう一度目を通した。

 ネックレスは本当に綺麗で、真っ赤な宝石はバルフレの瞳を彷彿とさせている。しかし、その中心に、黒く靄がかった輝きも混じっていた。これが呪いなのだろうかと、エレノアは呑気にそんなことも考えていた。

 呪いを受け取る側は、この時恐ろしく感じるのだろうか。

 だが、呪いを与える側であるバルフレは、今にも死んでしまうのではないかと思うほどに、悲しい顔をしていた。

 真顔であるから微細な違いであるものの、彼が此処まで表情を浮かべたのは見たことがなかった。

 きっと、彼は緊張しているのだろう。伸ばした背筋も、腕も、脚も、少し震えていた。

 だが、赤い瞳をエレノアから逸らすことはなかった。



(呪い……)



 エレノアは、バルフレとネックレスを交互に見つめていた。



 呪いの魔法

 呪いの首飾り

 呪いを使える彼



 巡り巡る思考を、エレノアは





 自分の首にネックレスを付けることで打ち消した。
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