四人の令嬢と公爵と

オゾン層

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婚約(正式)

贈り物

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 __翌日。

 普段通り皆がダイニングに集まり、朝食を取っていた頃、それは唐突に起こった。





「エレノア。今日は必ず離れに来い」


 対面で紅茶を飲んでいたエレノアに対して、バルフレはそう言いつけた。あまりに急で言われた本人はうっかりカップを落としそうになったが、何とか耐えていた。


「バルフレ様?その……」

「拒否は認めない。私は先に向かうが、お前は後から来い。絶対にだ」

「は、はい……」


 普段はあまり感じられなかったバルフレの威圧に、流石のエレノアも了承しかできなかった。

 ……気のせいだろうか。周りからの視線が痛い。
 姉妹達は驚いた顔で見ていたが、公爵達の方はもっとすごかった。
 ラゼイヤもゴトリルも、信じられないといった様子でバルフレに視線を向けている。ラトーニァはルーナに視線を向けたままだったが、顔が真っ赤であった。

 明らかに何か考えているバルフレに対して、エレノアは困惑気味であったが、明らかに昨日何かあったことは確信していた。

 そして、恐らくその発端であろう相談相手であったディトに恐る恐る顔を向けると、



 清々しい笑顔で此方を見ていた。


(後は頑張って!)


 そう言って敬礼している姿が、エレノアの頭の中をよぎった。





 離れまでの道を、エレノアは一人で歩いていた。

 いつもはバルフレと歩いている道を一人で歩く感覚は、不思議なものであった。


「バルフレ様ったら、どうしたのかしら。あんな風に呼びかけたことなんてなかったのに……」


 エレノアは今朝のバルフレについて延々と考えていた。
 普段は「来い」の一言で離れに連れていく彼があそこまで念を押してエレノアを呼ぶのは違和感しか無いのだ。
 そして、その違和感を辿ればディトの存在があった。
 昨夜、あの二人がどんな話をしていたのか。ラトーニァのように心を視ることは当然できないのでエレノアはずっと考え込んでいた。


「ディト様はどんなお話をしたのかしら?気になるけど……今はバルフレ様に会わないと」


 離れに早く向かうため、エレノアは少しだけ足を速めた。





 離れには、いつもより早く着いた気がする。

 それは早歩きしたからではなくて、感覚的にそう思っていた。いつもは景色を楽しみながら歩いて道を、あれほど緊張して歩いたのは今回が初めてだろう。

 エレノアは、離れの扉の前で立ち止まっていた。今では、この扉を開けるのも戸惑ってしまうのだ。


(バルフレ様が待っているかもしれないわ)


 しかし、待たせては悪いという思いが、扉をノックさせた。



 こんこん



「入ってくれ」


 ほとんど聞いたことはないが、聞き覚えのある声にエレノアは肩を震わせた。だが、その声に従って、ドアノブに手を伸ばした。

 ドアノブに手を添え、ゆっくりと回す。

 かちゃりと音を立てて、扉は動いた。

 恐る恐る扉を開けると、扉の外から差す光が離れを照らしていく。



 そして、黒いスーツパンツと革靴が照らされた。



「早く入れ」


 急かすような声が、中から聞こえる。その声に慌てたエレノアは急いで離れに踏み込み、咄嗟に扉を閉めた。

 少し暗い離れの中は、いつもと変わらない。
 目の前で突っ立っている人影も、目が慣れてくれば誰なのかはすぐにわかった。

 バルフレが、そこにいた。


「バルフレ様!びっくりしましたよもう!」


 目の前にいるのがよく知る人物だとわかったエレノアは、緊張の糸が解けていつもの笑顔を見せた。それに対してバルフレは相変わらず真顔だったのだが、そこでエレノアは少し違和感を覚えた。

 バルフレの表情が、いつもより柔らかい印象だったからだ。


「ところで、今日はどうなさったのですか?いつもはこのように呼んだりしないので気になったのですが」


 他にも気になるものはあるが、エレノアはとりあえずその件から聞こうとした。
 すると、バルフレはエレノアの問いに答えるように、前から置かれていた作業机に目を向けた。エレノアも同じようにそちらへ視線を動かす。

 そこには、両手で乗せられるほどの小さな箱が置かれていた。
 木の箱に金縁で象られたそれは宝石箱のようで、少し古ぼけていたがそれでも綺麗であった。

 バルフレはそれを手に取ると、そのままエレノアの方へと歩み寄ってきた。その表情は未だ固い。


「バルフレ様?それは……」

「お前に渡すものだ」


 エレノアが聞くと、バルフレは一寸の間も無く答えた。
 エレノアはバルフレが早く答えてくれたことよりも、その答え自体に驚いていた。


「私に?何故そのような……」

「それは後で話す。先に開けてくれ」


 そう言ってバルフレはエレノアに箱を手渡す。箱を手にしたエレノアは、戸惑いながらも疑うことなくその箱を開けた。


「……これって」


 箱の中を見て、エレノアは感嘆の声を漏らした。





 箱の中に入っていたのは、ネックレスだった。

 銀の鎖と縁に象られたその中心で、楕円にカットされた真っ赤な宝石が輝いている。

 あまりに美しく輝くそれに、エレノアは同じくらいに目を輝かせていた。


「凄い!!なんて綺麗なの!」


 今まで父の貿易の仕事で宝石を見たことは少しあった。宝石はどれも美しかった。

 しかし、その宝石達よりも、今自分の手にあるネックレスが、一番美しいと思えた。

 エレノアはしばらくそのネックレスを眺めていたが、不意に我に帰り、少し考えた後、再びバルフレの方へ顔を向けた。


「バルフレ様、何故このような高価そうなものを私に?」


 純粋な問いであった。エレノアには、これも渡してきたバルフレの真意がわからなかったからだ。
 しかし、バルフレはその問いにすら動じることなく、涼しい顔で答えた。


「お前に話しておきたいことがあったからだ」


 何故そのような答えになったのか、エレノアには全くわからなかった。しかし、バルフレはそれが当然のように、平然と答えたのだ。
 一層バルフレの思惑が見えなくなったエレノアは、頭にハテナを浮かべたままネックレスを眺めていた。


「その、話しておきたいこととは、このネックレスと何か関係が御座いますの?」

「ある。大いにな」


 そう言い切ったバルフレを、エレノアは不思議に思いながらも問いかけた。


「それは一体何ですの?」


 単調で、直球な問い。
 その問いに、バルフレは少し間を置いて口を開いた。





「呪いだ」
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