四人の令嬢と公爵と

オゾン層

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婚約(正式)

四男と五男

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「バル兄さん、今夜兄さんの部屋に寄るから」


 夕食直後、バルフレは、唐突に弟のディトからそう告げられた。
 要件も無しにそう言われたバルフレは、何を言うもなく無言を貫いていた。それを承諾と受け取ったのか定かではないが、発言者であるディトはニコリと笑ってダイニングを後にする。
 その合間で、同じようにダイニングから出て行こうとしていたエレノアと、目があった。



(後は任せて!)

(よろしくお願いしますわ!)



 互いに、心の中で敬礼を誓う。
 何かとウマの合う二人であった。





「兄さーん?いる?」


 夜更けになる頃、ディトはバルフレの自室に訪れた。
 ドアノブをゆっくりと回し、音を立てないように扉を開ける。
 しかし、そんな動作も虚しくバルフレは目の前で椅子に座ったまま待ち構えていた。座っているだけでも風格があるというか威圧的というか、一般人からしたら恐怖でしかない姿である。


「うわ、起きてた」


 目を丸くしているディトに対して、バルフレの目は鋭いままであった。というか、いつもよりも険しい……兄弟であるディトには見て取れていた。

 今、バルフレはいつも以上に不機嫌であると。


「エレノアと何を話した」


 口を開けるや否や、エレノアのことについて問われる。ディトの思った通りであった。


「やっぱり!あの時兄さん見てたんだ!」


 ディトはテラスで話していた時気付いていた。
 二人に……主に自分に向けられていた冷たい視線を。


「もう陰湿だよ兄さん!通りでさぶいぼ止まんないと思ったらさー」

「お前の批判は聞いていない。逸さずに答えろ。今日、エレノアと何を話した」


 バルフレは、その場の空気をさっぱりと切るように問いただす。するとディトは、呆れた顔でバルフレを睨んだ。


「兄さんほんとエレノアのことばっか!そんなに好きならあの時来ればよかったのに!!」


 ぷんすかと音がしそうな怒り方であったが、ディトはこれでも怒っていた。
 しかし、それがよりふざけて見えるのか、バルフレの視線が鋭さを増していく。普通の人間であったら此処で泡を吹いて倒れるかもしれない。ディトはその視線にも慣れているので倒れたりはしないのだが……


「ディト、もう一度聞く。エレノアと何を話した」

「あーもーわかったよ言うよ!だからそんなオウムみたいになんべんも言わないでよ!!ていうか、こっちも話したいことあって来たのにさ」

「ディト」

「はいはい!兄様優先ですね!!」


 心なしか、寒気の増した部屋に肩を摩りながらも、ディトはゆっくりと口を開いた。


「……兄さんのことだよ」

「…………」

「兄さん、普段がそれでしょ?だからエレノアが不安なんだってー」

「……どういう意味だ」

「だから!その態度だって!!」


 わかっていないらしいバルフレに、ディトは大声で叫んでいた。


「兄さん冷たいんだよ!無愛想なの!仏頂面なの!無口なの!」

「……だからなんだ」

「それが駄目なんだって!!感情表現とかわかってる!?エレノアどんだけ心配させたと思ってんのさ!?」

「何故それがあいつに繋がる」


 未だに理解できていないバルフレにディトは業を煮やしていた。


「あのね!バル兄さん態度がはっきり言って悪いでしょ!?そんなんでエレノアが良い思いするわけないじゃん!もう少しスキンシップとかしなよ!!」

「…………」


 ディトの言葉に、バルフレは無言であった。何か考えているような、そんな無言であることを、ディトは見抜いていた。
 しかし、再びバルフレの顔が険しくなる。


「ディト」

「なに?」

「仮にお前が今までそれを私に求めて利になることはあったか」

「…………」


 その言葉に、ディトは少し考えて、口を開いた。


「ない」

「そういうことだ」


 つまり、エレノアがしても結果は同じことだと、端的に語っていた。
 そうして話を切り上げようとしているのが、見え見えであった。
 だからこそ、ディトは怒っていたのだ。



「でもさでもさ!それじゃあエレノアが可哀想じゃん!?あの子本当に心配してたんだよ!?兄さんに好かれてないと思っちゃって、『兄さんの婚約者になって本当によかったのか』って!」





「……なんだと」



 先ほどまで冷たくあしらっていたバルフレの目が、少しだけ揺らぐ。
 この揺らぎは、紛れもない動揺であった。
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