四人の令嬢と公爵と

オゾン層

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婚約(正式)

三女の悩み

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 __ある昼下がり。



 三女のエレノアは、この時間帯だといつものようにバルフレと離れに向かっていつものように彼の仕事を眺め、いつものようにお喋りしているはずだった。

 しかし、今彼女は離れにいない。ならば何処にいるのかというと、一番最初に来た時皆と茶を嗜んだあのテラスだった。


「うーん……」


 エレノアは、テラスから見える街並みを眺め、苦悩している。それはもう、誰が何処から見てもわかるほどの苦悩っぷりであった。
 何故彼女がここまで悩んでいるのか。それは、奇しくも婚約者と結ばれた姉妹二人が原因であった。


「クロエもルーナお姉様も、殿方と両想いになれたことは喜ばしいことだわ。でも……」



 私はどうしたらあの方バルフレと仲良くなれるのかしら


 これが今の彼女の悩みであった。



 エレノアにとって、バルフレは未だ謎に包まれた存在である。
 多くを語らず、表情を歪めず、何を考えているのかも定かではないバルフレの意思を、エレノアは未だ掴めずにいた。
 面白い話題を振っても返される言葉は無く、質問してようやく返してくれるが端的で短く会話も続かない。一度彼の仕事が休みの日があって、その時に遊びに誘った時もきっぱり断られてしまった。

 エレノアはできる限りのコミュニケーションを図ったが、今のところ全て惨敗であった。


「折角バルフレ様と正式に婚約したのに……これではお父様とお母様に示しが付きませんわ」


 そうして溜息を吐く……これをもうかれこれ1時間ほど続けていた矢先。


「あれ?エレノア?」


 テラスにディトが現れたのだ。


「あら、ディト様!どうして此方に?」

「仕事が落ち着いたから暇になっちゃってさ。そういうエレノアは?バル兄さんの離れにいると思ってたけど」

「今日はやめましたの……」


 見ればわかるほどに落ち込んでいるエレノアの様子に、ディトは見逃すという選択肢が選べなかった。


「うーん……見るからに元気がなさそうだけど、ていうか大体予想はついてるけどさ……バル兄さんのことでしょ?」

「そうです!そうなのです!!」


 話を振られた瞬間、エレノアの意識はディトへと前のめりに向けられる。5人兄弟の中でも一際飄々としているディトでさえ、これには狼狽えた。


「ああ、やっぱり……もう何が言いたいのかもわかってきちゃったけど、僕で良かったら聞くよ?」

「本当ですの!?」


 ディトからの親切心に、エレノアは苦悩で燻んでいた瞳を輝かせた。嬉々とした彼女の様子に、ディトは不思議なものを見るような目をしていた。





「……ということなのですわ!」

「あーなんかそれわかる!」


 エレノアが話し終えた頃、テラスは夕日に包まれ、茜色に染まっていた。だいぶ長い間話していたのだろう。聞き手であったディトもエレノアの話に同調して盛り上がっているようである。


 「いやさーバル兄さんってほんと愛想無いし感情も出さないからさ。時々何考えてるのかわからなくなっちゃうよねー」

「そうなのです!それに、話題を出してみても返してくれない時がありますし、表情もいつも怒っているのですよね」

「そうそう!あの人眉顰めてるわ口への字だわで全く笑わないからねー!」


 というか、これはむしろ愚痴大会であった。まさかこんな会話で意気投合するとは思わなかったであろう。


「本当に、どうやったら仲良くできるのかしら」


 ふと、今まで元気ハツラツに話していたエレノアの表情が曇りだす。


「時々、ではありませんわ。毎日ですけれど、バルフレ様の考えてることがわからなくなりますの。優しくしてくれる時もありますけど……」

「へ?優しい?あの人が???」


 これにはディトからの賛同の声はなく、意外なようであった。未だに目を瞬かせているのだからそうなのであろう。
 ディトは、先ほど盛り上がってきた時よりも少し、体を前に傾けて問いた。


「優しいって、具体的にどんな?」

「そうですわね……例えば、私が転びそうになった時、袖を引っ張って止めてくださったりとか、変な虫が近づいてきた時追い払ってくれたりだとか、私がゴトリル様とぶつかりそうになった時魔法で跳ね除けてくれたりとか……よく助けてくださるのですわ」

「あーこの前ゴト兄さんがムチウチになってたのそれね」


 エレノアが今しがた話したことは、実際に起こったことであったが、これ以外にも出来事は山ほどあった。



 エレノアが敷地内を散策してあまりの広さに迷子になった時、いつの間にかそばにいて見覚えのある場所まで案内してくれたこと。

 離れにいた時自分の髪が柱や壁の切れ目に引っかかった時も、適切な対処で外してくれたこと。

 魔法についての初歩的な注意をわざわざ教えてくれたこと。



 切り出せば出すほどあるのだが、その優しさともいえる行為以外は無関心かつ無愛想なもので、故にエレノアは心配が拭えなかったのだ。


「優しくしてくださるのは嬉しいですわ。でも……私なんかでよかったのかしら?」


 あの時、エレノアを選んだのはバルフレであった。だが、その理由については明らかではない。だからこそ、不安であった。


「私、お話をするのが好きなんです。でも、いつもたくさん話してしまうから、もしかするとそれで嫌われてるんじゃないかと思ってまして……」


 彼女がこう杞憂するのは、バルフレの態度が基本的に冷たかったからである。しかし、それに対してディトは反論した。


 「いやいや、あの人誰に対してもああだから!気にしちゃダメだって!」


 珍しく落ち込んでいるエレノアを励ますように、ディトは閃いたとばかりに手を叩いた。


 「そうだ!じゃあ僕がバル兄さんにエレノアのこと聞いてあげるよ!」

「えぇっ!?それはいけません!ディト様のお手を煩わせてしまいますし、何よりバルフレ様を疑っている私がいけないのですわ!」


 エレノアは速攻で反対したが、ディトはやけに乗り気であった。


「疑わせるようなことしてるのは兄さんだからさ。此処はどーんと!僕に任せちゃって!」


 毒気のない笑顔でそう言うディトに、エレノアは少し悩みながらも、最後は笑って承諾した。


「わかりましたわ!ありがとうございます!!ですが、あまりご無理なさらぬように」

「おっけー!そこは考えとく!」


 おちゃらけながら了承するディトに、エレノアはつい笑ってしまった。しかし、視界の端に映った茜色の空で、我に帰る。


「ああ!そういえばもうこんな時間でしたわ!お話に付き合ってくれてありがとうございます!また夕食で会いましょう!」

「うん、じゃあまたねー」


 夕食の時間になっていたことに気付いて走り去っていったエレノアの後ろ姿を見届けた後、ディトは堪えていた溜息を一気に吐き出していた。



「ほんっと、不器用だよね……」



 ディトが呟いた言葉は、決してエレノアに向けられたものではない。





近くでずっと見ていた『誰か』に向けられているものであった。
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