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婚約(正式)
其方は美しい
しおりを挟む「…………心?」
ルーナは、ラトーニァの二度目の告白に、首を傾げることしかできなかった。
(心?心が見える?じゃあ、今私が考えてることも)
「うん、全部視えてる」
心の声に相槌を打つように、ラトーニァは言葉を足す。どうやら心が視えるのは嘘ではないようで、ルーナは余計混乱に陥った。
心が視えるということは、今までの挙動も周りの心境に影響されたものだったということ。としたなら、今までの不審な言動もそれなりに納得できる。
クロエとゴトリルがダイニングに来る前に驚いていたのも、二人の心が視えたからなのだろう。
それ以外にも思い当たる節が次々と浮かび上がってきたが、ルーナは今それどころではなかった。
『心が視える』即ち、今まで自分が考えていたことは、全て筒抜けであったということになる。
この事実に辿り着くのは難儀ではなかった。
だが、それを知ってしまったルーナは、今まで自分がラトーニァに対して考えていたこと、それ以外のことも含めて羞恥に襲われてしまった。
「も、申し訳御座いません!!いつも余計なものを見せてしまって!!」
「え!?そ、そんな、余計じゃないよ!?」
自分でも訳のわからぬ謝罪を送るルーナと、それを慌てて受け止めるラトーニァ。
遠出から見れば、二人ともあわあわしており少し可愛らしかったであろう。
「あのね、あのね、今は、僕の、話を聞いて、ほしい……」
「あ……ごめんなさい」
ラトーニァに言われて、ルーナは一呼吸して心を落ち着かせた。
と言っても、心は視られているのだろうが、極力意識をしないよう努力していた。
ルーナが落ち着いたのを確認してか、ラトーニァは引き続き口を開く。
「あのね、これは、僕の魔法、の話」
少し、声のトーンが下がった……気がした。
「僕は、生まれつき、心が視えたの。視え方は、思ってることなら文字が浮き上がる感じで、感情は、色で視えるんだ。だから、動物の心も、植物の心もわかるから、今のお仕事をしてるの。それで、生まれつきだったから、これが、当たり前だと思ってた……でも、心を視てると、良くないことなのは、子供の時は、知らなかったんだ」
心なしか、声色が悲しんでいるようだった。
「心を視ると、みんな嫌がるなんて、知らなかった……使用人は僕のこと気味悪がったし、友達もどんどん減って…………だから、みんなには、内緒にすることにしたの。そうすれば、だ、誰も、僕のこと嫌わないから」
そう言う彼の顔は、深く傷付いた人がする時の顔であった。
「僕の魔法、知ってるのは、き、兄弟と、嫌がらなかった使用人と友達だけ……」
これだけ自分のことを寂しそうに打ち明ける者が、いただろうか。
「ごめんね……今まで、内緒にしちゃって」
謝る姿は、誰も咎められないほどに憐れであった。
「……気持ち、悪いでしょ。こんな魔法」
「いいえ」
月の下、ルーナは、ラトーニァの言葉を否定した。
「気持ち悪くなんかありません」
「……ルーナ?」
首を傾げるラトーニァに、ルーナは話を続けた。
「周りがその魔法をどう思っても、貴方のことをどう思っても、私は……あの庭で動物や花を愛でていた貴方を、気持ち悪いだなんて思ったりしません」
「ルーナ……」
「それに、嬉しかったんですよ。貴方と同じ気持ちだったことが。魔法なんて関係無い、私は貴方が好きなんです」
ルーナは、思ったことを伏せることなくラトーニァに全て伝えた。
ルーナは、ラトーニァの魔法を気味悪いだなんてこれっぽっちも思わなかった。
それよりも……
「今まで、辛抱なさいましたね。ラトーニァ様」
ラトーニァの今までの辛さと努力を、理解したいと思っていた。
「…………」
ラトーニァはというと、ルーナを見つめたまま動かない。棒のように突っ立っていた。
今まで見たことない反応に、ルーナは少し戸惑った。
(私……何か失言を)
ルーナが心配になり始めた頃、ラトーニァは不意に口を開いた。
「……やっぱり、君は『綺麗』だね」
うっとりと言うラトーニァに、ルーナは言葉を詰まらせた。
「き、れい……?」
「うん。初めて会った時から、ずっと綺麗だと思ってた。君のその、心……」
「こころ……」
ラトーニァに言われた心が、自分のことを指しているなど思ってもいなかったルーナは、驚きもあったがそれ以上に恥ずかしさが勝ってしまった。
「な、何を仰って!!それって……!」
動揺するルーナに、ラトーニァはゆったりとした足取りで歩み寄る。
そして、未だ花を持ち震えるルーナの手を、両の手で包み込んだ。
「此処の家に君達が初めて来た時、オリビアやエレノアやクロエの心は落ち込んでいたけど、それでも真っ白で綺麗な心をしていたよ。でもね……」
間近にあるラトーニァが、微笑んだ。
「君はあの中でも一際輝いてたよ。宝石みたいにキラキラで……美しかった。だから、あの時、僕は君を選んだんだ」
「……そう、なのですか」
ラトーニァの言葉に、ルーナは顔を赤らめて聞くことしかできなかった。
(こんな私が……美しい、だなんて)
「それにね……」
恥じるルーナを待つことなく、ラトーニァは続けた。
「周りの『目』で見た君も、本当に美しいよ」
ルーナの心に触れたからこそ言えるこの言葉が、彼女の中で何度も響いた。
ロズワートには、この顔が下賤だと言われた。
あの時は流石に傷付いたが、今はもう気にすることもない。
目の前にいる人が自分を『美しい』と言ってくれたから。
「……ありがとうございます。ラトーニァ様」
ルーナから出た言葉は、感謝であった。
「私のことを、選んでくれて……美しいと、綺麗と言ってくれて」
ありがとうございます
言いたかった言葉は、涙に掻き消されてしまった。
声を押し殺して泣くルーナの手を、ラトーニァはずっと握っている。
月の下、白い花々が二人を祝福していた。
翌日、いつも通り支度を施されている間、メイド二人から昨夜のことについて鼻息荒く質問責めされたことは良い思い出となった。
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