四人の令嬢と公爵と

オゾン層

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婚約(正式)

お誘い

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「ルーナ」



 中庭でいつも通り生き物の健診や花のお世話をしていた時だった。

 ラトーニァが呼んだのだ。


「はい、なんでしょうか。ラトーニァ様」

「あの、あの、えっと……」


 しどろもどろに何か話を切り出そうとしているが、どうしようか悩んでいるようでもあった。
 しかし、ラトーニァが健診していた竜が彼の背中を鼻で押したことで、彼はようやく話す気になったようだ。


「あのね、こ、今夜、寝ないでほしい」

「へ?」

「あ、えっと、その、み……見せたいものが、あるから」


 一生懸命伝えようとした言葉は、所謂『お誘い』の類であろうか。
 にしては真っ向勝負すぎて一周回って断られそうなお誘いだが……


「ええ、わかりました」


 ルーナは、疑うことなく答えた。


「……え、ほんと?」

「はい。ラトーニァ様が仰るのなら」

「ほんと?よかった!じゃ、じゃあ、今夜、中庭前に来てね!絶対だよ!?約束ね!!」


 珍しく興奮しているラトーニァに、ルーナは一瞬戸惑った。
 こんなに表立って喜ぶ彼は、見たことがなかったから。


「は、はい。約束、です」

「うん!」


 子供のように無邪気に笑うラトーニァ。彼はそのまま竜の健診に戻る。

 その毒気無い姿に、ルーナはしばらく動けなかった。





 約束の夜は、思ったよりも早く来た。



 約束通り、ルーナは中庭前でラトーニァを待っていた。

 しかし、夕食後メイド二人に真っ先に風呂に入れられたのもあって、服は寝巻き同然であった。
 普段は夕飯後すぐに風呂に入れられることはないのだが、何故か今日だけはメイドに強制で湯浴みされてしまった。
 しかも、今夜の寝巻きは少し違う。見た目はいつも来ているネグリジェなのだが、今夜のだけはなんだか……材質そのものが違う。全身を包み込むその寝巻きは、いつも以上に肌触りが良いのだ。
 それと、中庭に向かおうとした際にもルーナを見送るメイド二人の顔が、何処か微笑ましいものを見ている時のものに近かったのも気になるところであった。


「何なのかしら……」


 とりあえず風邪は引かないようストールを羽織っていたが、今のルーナは何処からどう見ても無防備な状態であった。

 その時だった。


「ルーナ!」


 聞き慣れた声に振り返ると、ラトーニァがルーナの方に向かって走ってきているのが見えた。

 彼も同様、寝巻き姿だった。


「ごめん!待たせちゃった?」

「い、いえ……」


 少し息切れを起こしているラトーニァは、普段よりもゆるふわ感の増した白い寝巻きであったが、服越しでもわかるほどに細身であった。
 細身、と言うよりスレンダーと言った方が良いかもしれない。ルーナよりも背丈のある彼は、女性と見間違えてしまうほどに細く、フォルムも無駄なく造形美に近いものがあった。しかし、その周りには彼が纏う茨が漂っていた。

 幻想的で儚いという言葉が似合うその姿に、ルーナはしばらく見惚れてしまっていた。


「えっと、じゃ、じゃあ、行こっか」

「え?行こうとは、何処に行かれるのですか?」


 ラトーニァの姿に見惚れていたルーナがそう聞くと、ラトーニァは恥ずかしそうに、笑った。



「僕の、お気に入りの場所」
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