55 / 101
婚約(正式)
違う故に不審
しおりを挟む__昨日は何とも賑やかな夕食を過ごしたと。
早朝、ルーナは寝ぼけながらもそんなことを考えていた。
昨夜の夕食、ダイニングには最初、オリビアとルーナとエレノア、そしてお相手の公爵三人と、計六人しかいなかった。クロエとゴトリルを待っていると、二人は普段の時間より少し経ってたから来た。
しかし、姉妹達はゴトリルの隣にいたクロエの顔を見て驚愕した。
彼女の目は泣き腫らした痕があり、顔も真っ赤に染まっていたのだから。
だが、驚くのはそれだけではなかった。
クロエの顔を見たラゼイヤは何を勘違いしたのか、助速をつけてゴトリルに殴りかかっていた。
しかしながら、筋骨隆々のゴトリルはそれすら効かないようでずっと笑っている。
と言うか、ニヤついていた。
ニヤけ顔と言っても気味の悪いものではなく、子供が照れているような悪戯っぽい笑みであった。
そして戦闘態勢のラゼイヤを必死で止めようとするクロエを見て、姉妹達は確信していた。
『妹は婚約者と結ばれた』と。
これには、何も言わずとも拍手を送った。そのせいで食卓がより一層混乱に陥ったのだが、それはまた別の話。
形式的には大波乱であったが、晴れて結ばれた二人には幸せになってほしいと、ルーナは専属のメイド二人に支度を施されながら考えていた。
(クロエ、良かったわね)
あの娘は姉妹の中で一番頑張り屋さんだった。でも、打たれ弱いところもあったから。
あの娘を守ってくれるような人に出逢えて。
(本当に、良かった)
姉妹の幸せは、自分の幸せ。
ルーナにとって、クロエの件は嘘偽りない幸せと祝福で一杯になっていた。
それは他の姉妹達も同じで、特にエレノアはルーナのように抑えることはなく全身で喜びを表していた。実際クロエに飛びついていた。
あれだけ殺伐としていた夕食も、姉妹の瞬時の察しと祝福によってお祝いムードになったから良かったと思う。
あのままだとラゼイヤの拳がゴトリルの胸筋で駄目になっていただろうし……
(……でも)
そんな中、ルーナは違和感を覚えていた。
それはクロエやゴトリルのことでもなければ、ラゼイヤでもない。ましてや姉妹達のことでもない。
ラトーニァにであった。
ラトーニァはあの夕食の時、正確にはクロエとゴトリルがダイニングに来る前おかしな行動をしていた。
まあ、普段も挙動不審な点は多々あったが、今回はとりわけ酷かった。
それは二人がダイニングに入る直前であった。
「えぇっ!!?」
そんな素っ頓狂な声をあげて、ラトーニァは食卓の席を立ち上がったのだ。
突然のことで公爵も姉妹も固まってしまい、その元凶であるラトーニァは周囲の空気を察したのか、恥ずかしそうに席についたのである。
そして、二人が入ってからの怒涛の叱責からの祝福。
その間、ラトーニァは
終始無言で微笑んでいたのだ。
(あれだけ慌てている様子でしたのに、急に落ち着けるものなのかしら)
しかし、ルーナの記憶にあるラトーニァは、いつでも挙動不審で逆に落ち着いているところを見たことがなかった。
二人が来る前は周囲を驚かせてしまうほどの声をあげたにも関わらず、二人が来た途端静かに祝福したのだ。
まるで
(最初からわかっていたみたい)
ルーナは、自分の考えがあながち間違ってはいないと思えた。
そう思えるほどに、彼の動きは単純だったから。
「ルーナ様、よろしいでしょうか?」
「あ…ごめんなさい。考え事をしていましたわ」
「では、参りましょう」
メイド二人に促され、ルーナは自室を出た。
__食卓を皆で囲い、五男であるディトも交えたことでより一層賑やかになる朝食。
ゴトリルとクロエはすっかり仲が絆されているようで、ゴトリルはより優しく、クロエは前より素直になっているのが会話で感じ取れた。
たが、ルーナはその二人より、対面で同じく食事を取っているラトーニァが気になって仕方がなかった。
(今は……普通ですね)
ラトーニァは、パンをひとつまみ千切っては口に運ぶという動作を繰り返している。時々手元の牛乳を口に運び、またパンを食す。
ちまちまと食べ進める彼が小動物に見えてきた。
(昨日のあれは考え過ぎだったかしら)
そう思っていた矢先、それは起こった。
ラトーニァの手が震え始めた。
あからさまな異変をルーナが見逃すわけなかった。
(来た!)
ルーナは一瞬も見逃すまいと、スープを口に入れながらもラトーニァを見つめる。
小刻みであった手の震えは次第に大きくなり、ラトーニァの顔も赤くなっていく。
いつも通りの挙動に何かしらの変化が起こるのではないかと、ルーナはずっと見守っていた。
しかし、
「る、ルーナ」
「はいっ!?」
突然ラトーニァに声をかけられ、我に帰る。
「見過ぎ……」
「あ……」
原因は、自分であった。
「ご、ごめんなさい!私ったら……」
「いや、い、良いの!良いから……」
彼は普段と変わらぬ口調で、変わらぬ挙動であった。
(やっぱり、考え過ぎよね。私ったらはしたないことを……)
ルーナはラトーニァから視線を外し、食事に集中することにした。
これからラトーニァとの仕事もあるのだ。朝はしっかりと食べなければいけない。
(…………)
0
お気に入りに追加
158
あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

【完結】婚約破棄はお受けいたしましょう~踏みにじられた恋を抱えて
ゆうぎり
恋愛
「この子がクラーラの婚約者になるんだよ」
お父様に連れられたお茶会で私は一つ年上のナディオ様に恋をした。
綺麗なお顔のナディオ様。優しく笑うナディオ様。
今はもう、私に微笑みかける事はありません。
貴方の笑顔は別の方のもの。
私には忌々しげな顔で、視線を向けても貰えません。
私は厭われ者の婚約者。社交界では評判ですよね。
ねぇナディオ様、恋は花と同じだと思いませんか?
―――水をやらなければ枯れてしまうのですよ。
※ゆるゆる設定です。
※名前変更しました。元「踏みにじられた恋ならば、婚約破棄はお受けいたしましょう」
※多分誰かの視点から見たらハッピーエンド

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。
五月ふう
恋愛
リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。
「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」
今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。
「そう……。」
マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。
明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。
リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。
「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」
ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。
「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」
「ちっ……」
ポールは顔をしかめて舌打ちをした。
「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」
ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。
だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。
二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。
「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」
私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜
月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。
だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。
「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。
私は心を捨てたのに。
あなたはいきなり許しを乞うてきた。
そして優しくしてくるようになった。
ーー私が想いを捨てた後で。
どうして今更なのですかーー。
*この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。
旦那様には愛人がいますが気にしません。
りつ
恋愛
イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。
※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる