四人の令嬢と公爵と

オゾン層

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婚約(正式)

違う故に不審

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 __昨日は何とも賑やかな夕食を過ごしたと。
 早朝、ルーナは寝ぼけながらもそんなことを考えていた。





 昨夜の夕食、ダイニングには最初、オリビアとルーナとエレノア、そしてお相手の公爵三人と、計六人しかいなかった。クロエとゴトリルを待っていると、二人は普段の時間より少し経ってたから来た。

 しかし、姉妹達はゴトリルの隣にいたクロエの顔を見て驚愕した。

 彼女の目は泣き腫らした痕があり、顔も真っ赤に染まっていたのだから。

 だが、驚くのはそれだけではなかった。

 クロエの顔を見たラゼイヤは何を勘違いしたのか、助速をつけてゴトリルに殴りかかっていた。

 しかしながら、筋骨隆々のゴトリルはそれすら効かないようでずっと笑っている。
 と言うか、ニヤついていた。

 ニヤけ顔と言っても気味の悪いものではなく、子供が照れているような悪戯っぽい笑みであった。

 そして戦闘態勢のラゼイヤを必死で止めようとするクロエを見て、姉妹達は確信していた。

 『妹は婚約者と結ばれた』と。

 これには、何も言わずとも拍手を送った。そのせいで食卓がより一層混乱に陥ったのだが、それはまた別の話。



 形式的には大波乱であったが、晴れて結ばれた二人には幸せになってほしいと、ルーナは専属のメイド二人に支度を施されながら考えていた。


(クロエ、良かったわね)


 あの娘は姉妹の中で一番頑張り屋さんだった。でも、打たれ弱いところもあったから。

 あの娘を守ってくれるような人に出逢えて。


(本当に、良かった)


 姉妹の幸せは、自分の幸せ。
 ルーナにとって、クロエの件は嘘偽りない幸せと祝福で一杯になっていた。
 それは他の姉妹達も同じで、特にエレノアはルーナのように抑えることはなく全身で喜びを表していた。実際クロエに飛びついていた。
 あれだけ殺伐としていた夕食も、姉妹の瞬時の察しと祝福によってお祝いムードになったから良かったと思う。
 あのままだとラゼイヤの拳がゴトリルの胸筋で駄目になっていただろうし……


(……でも)



 そんな中、ルーナは違和感を覚えていた。

 それはクロエやゴトリルのことでもなければ、ラゼイヤでもない。ましてや姉妹達のことでもない。



 ラトーニァ婚約者にであった。





 ラトーニァはあの夕食の時、正確にはクロエとゴトリルがダイニングに来る前おかしな行動をしていた。
 まあ、普段も挙動不審な点は多々あったが、今回はとりわけ酷かった。

 それは二人がダイニングに入る直前であった。


「えぇっ!!?」


 そんな素っ頓狂な声をあげて、ラトーニァは食卓の席を立ち上がったのだ。
 突然のことで公爵も姉妹も固まってしまい、その元凶であるラトーニァは周囲の空気を察したのか、恥ずかしそうに席についたのである。

 そして、二人が入ってからの怒涛の叱責からの祝福。

 その間、ラトーニァは



 終始無言で微笑んでいたのだ。





(あれだけ慌てている様子でしたのに、急に落ち着けるものなのかしら)


 しかし、ルーナの記憶にあるラトーニァは、いつでも挙動不審で逆に落ち着いているところを見たことがなかった。

 二人が来る前は周囲を驚かせてしまうほどの声をあげたにも関わらず、二人が来た途端静かに祝福したのだ。

 まるで





(最初からわかっていたみたい)


 ルーナは、自分の考えがあながち間違ってはいないと思えた。
 そう思えるほどに、彼の動きはだったから。


「ルーナ様、よろしいでしょうか?」

「あ…ごめんなさい。考え事をしていましたわ」

「では、参りましょう」


 メイド二人に促され、ルーナは自室を出た。





 __食卓を皆で囲い、五男であるディトも交えたことでより一層賑やかになる朝食。

 ゴトリルとクロエはすっかり仲が絆されているようで、ゴトリルはより優しく、クロエは前より素直になっているのが会話で感じ取れた。

 たが、ルーナはその二人より、対面で同じく食事を取っているラトーニァが気になって仕方がなかった。


(今は……普通ですね)


 ラトーニァは、パンをひとつまみ千切っては口に運ぶという動作を繰り返している。時々手元の牛乳を口に運び、またパンを食す。
 ちまちまと食べ進める彼が小動物に見えてきた。


(昨日のあれは考え過ぎだったかしら)


 そう思っていた矢先、それは起こった。



 ラトーニァの手が震え始めた。

 あからさまな異変をルーナが見逃すわけなかった。


(来た!)


 ルーナは一瞬も見逃すまいと、スープを口に入れながらもラトーニァを見つめる。

 小刻みであった手の震えは次第に大きくなり、ラトーニァの顔も赤くなっていく。

 いつも通りの挙動に何かしらの変化が起こるのではないかと、ルーナはずっと見守っていた。

 しかし、


「る、ルーナ」

「はいっ!?」


 突然ラトーニァに声をかけられ、我に帰る。


「見過ぎ……」

「あ……」


 原因は、自分ルーナであった。


「ご、ごめんなさい!私ったら……」

「いや、い、良いの!良いから……」


 彼は普段と変わらぬ口調で、変わらぬ挙動であった。


(やっぱり、考え過ぎよね。私ったらはしたないことを……)


 ルーナはラトーニァから視線を外し、食事に集中することにした。

 これからラトーニァとの仕事もあるのだ。朝はしっかりと食べなければいけない。



(…………)
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