四人の令嬢と公爵と

オゾン層

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婚約(正式)

クロエの鍛錬

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 __それからまたしばらくの月が過ぎた頃。





 訓練場にて、クロエはドレス姿ではなく兵士達と同じ軽装で剣を握っていた。



 クロエは、ゴトリルと正式に婚約してから少しだけ考えが変わっていた。

 ゴトリルは総督、所謂軍人である。
 軍人の妻となる身として、最初の頃あの時矢に反応できなかった自分が、彼の隣にいても恥じぬ妻となれるよう護身術だけでも覚えたいと思い、自分なりの努力を探し見つけた結果が『訓練』であった。

 と言っても、クロエは女性。男達と同じような訓練はさせてもらえなかったが、ゴトリルが彼女のレベルに合わせて相手をしてくれるようになった。

 初めはゴトリルとの訓練はやめた方がいいという兵士達の言葉もあったが、健気に剣を振るうクロエに今では皆が応援してくれるようにもなった。

 こんなこと、普通の淑女ならしないだろうが、クロエは違っていた。

 クロエは元々体を動かすのが好きだった。幼少期はおままごとなど女子がするような遊びではなく、かけっこやかくれんぼなど外でするような遊びで同い年の男子と一緒に遊んでいた。
 そんな彼女もロズワートとの婚約が決まってからは、我慢していたのだが……



「クロエ!お前すげぇな!どんどん上達してるぞ!」


 クロエの剣を何度も受け止めたゴトリルは、そうして賞賛の声を送っている。
 その声に、クロエは燻っていた高揚感が戻りつつあった。



 この訓練中、彼女は自分を偽ることなくありのままの姿でいられた。

 剣技は楽しいし、こうやって誰かと闘うのも楽しい。
 こうして体を動かすことが、愉しい。

 幼な子の記憶と心が、彼女の中で息を吹き返そうとしている。



 そして、全ての力を込めてゴトリルに剣を振りかざした。










 「お前は********」










 一瞬、クロエの体が強張った。

 その隙を逃すことなく、ゴトリルはクロエの剣を弾き飛ばす。

 カランと、その場に剣の落ちる音が虚しく響いた。


「いやーお前初めと比べて強くなったな!飲み込みが早いからびっくりしたぜ!!お前本当に令嬢か?」


 ゴトリルはそう言ってクロエのことを揶揄っていたが、当の彼女は一点を見つめたまま動かなくなっていた。


「…………?クロエ、どうした?」


 心配したゴトリルが声をかけると、ようやくクロエはゴトリルの方へ顔を向けた。


「い、いえ、なんでも!それより、令嬢かどうかを疑うなんて失礼ですわよ!ゴトリル様!!」

「だって、普通訓練を頼む奴なんていないぜ?俺は楽しいから良いけどよ」


 普段の躍起さを露わにしたクロエに、ゴトリルは笑顔を返した。





 夕方になって、二人は城への帰り道を歩いていた。
 と言っても、クロエはいつも通りゴトリルに抱えられているのだが、今では当たり前のようにそれが馴染んでおり、クロエも小言を言うことがなくなっていた。

 正直に言えば、ゴトリルの腕の中は落ち着くのだ。
 自分よりも大きく、屈強な男の腕が自分を守ってくれているようで、雛を守る親鳥のような温もりが心地良かった。
 そんなこと言ったら彼が調子に乗るので口には出さないのだが……



 何よりこの暮らしを通して、クロエはゴトリルのことを想うようになっていた。

 木の枝を剣代わりに一人で鍛錬してた時、一番初めにそれを見つけたのはゴトリルだった。
 しかし、一生懸命に木の枝を奮っている彼女を笑うことなく、他の兵士と同等に剣を与えてくれたのも彼であった。

 クロエが今まで会ってきた男性は、幼少期に遊んだ男の子ですら彼女を『女性』として扱ってきた。
 彼女が女性らしく振る舞わないと、周りは幻滅したように顔を曇らせていた。
 その顔が、クロエは嫌で仕方がなかった。

 だが、ゴトリルと訓練場に来る兵士達は、彼女のことを『仲間』として迎えてくれた。

 それだけだが、たったそれだけでも彼女には嬉しいことだった。

 そしてゴトリルは、クロエを最初に受け入れてくれた彼は、クロエにとって大切なひとになっていた。



(こんな気持ちになったの、初めてだわ)





 それでも、それでも一つだけ



「お前は本当に『可愛い』よなぁ!」





 あなたのその言葉が、私に刺さる。
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