四人の令嬢と公爵と

オゾン層

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婚約(正式)

其の女、生得の悪により

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 __公爵と令嬢が馬車で帰路についている頃、アミーレア王国にて。



「何を考えているのだお前は!?」


 とある屋敷、とある部屋にて、中年の男は目の前の娘にそう怒鳴った。
 顔を真っ赤にして怒る姿はさながら鬼神のようでもあるが、娘は涼しい顔でそれを受け止めている。その様子に余計腹が立ったのか、男は更に顔を赤くした。


「アレッサ!!」


 男は自分の娘の……アレッサの名を叫んだ。
 そしてようやく、アレッサは口を開いたのである。


「何って?私は何もおかしいことなんて言ってないわよ」


 そう言って態度を改める彼女が男の癪に触るのは容易なことであった。



 悪怯わるびれない姿勢の彼女と対面している男は、クラシウス男爵の現当主であるボルテア・クラシウスであった。
 そしてその隣には、椅子に座って項垂れている女性……ボルテアの妻でありアレッサの母であるマリム夫人がいた。
 マリムは相当精神にきているらしく、椅子から立てないでいる。どうしてこうなってしまったのか。それは、アレッサの発言によるものであった。



「私は、『ラヴェルト公爵家に嫁ぐ』と言ってるの。ロズワート様との婚約はなかったことにするわ」


 そんなことをうそぶくアレッサに、ボルテアは先ほどよりも怒気を含めて開口した。


「馬鹿なことを言いおって!王太子様との婚約を勝手に決めたかと思えば、今度は隣国の公爵様だと!?ふざけるのも大概にしろ!!」


 ボルテアの怒りは頂点であった。


「そもそも、婚約候補者であったガルシア御令嬢達を隣国へ嫁がせるというのはお前の提案らしいではないか!!辺境伯様にも迷惑がかかっているのを自覚しておらんのか!?その所為で私達も陛下から直接お叱りを受けたのだぞ!それほどの大事になっているというのに、暢気にそんなことを考えておったのか!!これ以上問題を起こそうとするんじゃない!!」

「だって、ロズワート様はもう1年後には廃嫡されるのよ?しかも陛下は私にまで責任取らせようとするし!だったら今のうちにラヴェルト公爵様に乗り換えた方が良いと思うのだけれど。まあ、お相手はあのですが、化物なのを我慢すれば全然平気でしょうし?」

「なっ!ロズワート様が、廃嫡だと……!?」


 ボルテアは、アレッサの隣国の殿方に対する軽視よりも、『ロズワートが廃嫡される』ということの方が重大であった。
 王宮で一体何があったのか、それは王宮にいた者達しか知らない。
 内部の事情を聞いてしまったボルテアは、娘が犯してしまった大罪を悟り、これから先自分達にも災難が降りかかることを予測した。

 そして、その火種である娘を前に、彼はに似た怒りを覚えていた。



 アレッサは昔から自分本位で、欲を満たすためなら他人を蹴落とすことも構わない娘だった。

 何度叱っても、何度諭そうとしても、アレッサは言うことを聞かなかった。
 それどころか、実の父と母に対しても横暴な態度を取り、使用人も物のように扱っていた。

 しかし、容姿は言うのもなんだが美人に当てはまる方で、外面だけは良かったものだから周りは騙されていた。

 アレッサはそれを良いことに沢山の男性達と関係を持ち、使い物にならなくなったら吐き捨てるという常識外れなことをしていた。
 中には婚約者がいた殿方にも手を出し、相手方の家庭を崩壊させたこともあった。

 その度に父親である自分と妻が迷惑をかけてしまった家に謝罪の言葉と賠償を送るのは日常茶飯事であった。

 だがしかし、どれだけ注意しても、アレッサは何処吹く風で好き勝手に生きていた。



 そんな娘が、自分の子供であることに、ボルテアは恥を感じていた。


「……お前は、人の心がないのか?お前は自分が何を言っているのかわからないのか?全てはお前がしでかしたことではないか!その責任も持てぬお前が公爵様に嫁ごうなどと都合の良いことを抜かしおって!!」


 激怒したボルテアは、その怒りを象った視線をアレッサに向ける。


「もう良い!!好きにすれば良い!!お前との親子の縁は今日限りで終いだっ!!!」


 口走った言葉に、気の迷いはなかった。


「あっそう。別に構わないわ。私は公爵様に嫁ぐんですもの。こんな家族もの、邪魔なだけだしね」


 しかし、アレッサはボルテアの言葉に微笑んで、部屋を出て行ってしまった。





 娘であった者もいなくなり、部屋には静寂が訪れていた。

 残されたボルテアは、椅子に座って項垂れたままのマリムに歩み寄る。

 最愛の妻は、お腹を痛めて産んだ娘の仕打ちに耐えられなかったのだろう。虚な目は何処も見ていなかった。


「ごめんなさい…私がちゃんと躾けられなかったから……ごめんなさい」


 ただただ、夫に対する謝罪の言葉をうわ言のように呟き続けていた。


「マリムは何も悪くない。悪くないんだ……」



 ボルテアは、空っぽになった妻を抱きしめ、静かに泣いていた。
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