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婚約
母は強しと言うけれど
しおりを挟む「話を割るようで申し訳御座いません。失礼なのを承知で、私からも言葉をよろしいでしょうか?」
「ミシリア」
「ミシリア夫人……どうぞ、お構い無く申してください」
割って入ってきたミシリアに、デカートは口を噤み、ラゼイヤは話を促す。公爵からのお許しが出たミシリアは、微笑んで口を開いた。
「婚約のことなのですけれど……私も賛成ですわ」
柔らかい笑みでそう言った彼女に、ラゼイヤの触手が硬直する。
オリビア達も、固まっていた。
「……というと?」
「夫と同じです。公爵様と娘達の婚約には賛成する、という意味です」
「は……」
ラゼイヤは、見るからに戸惑っている。まさかのことに、ミシリアの意見に頭が追いついていないようだった。
「……あ、ミシリア夫人」
「はい」
「その……娘様を、嫁がせるのですよ?」
「はい」
「他所の国の殆ど面識もない異形の輩と婚約させられるのですよ?」
「はい」
「よ ろ し い の で す か ?」
「はい」
ラゼイヤの問いにミシリアは全て是で答える。
揺るぎない肯定にラゼイヤはますます困惑していた。心なしか、触手も困ったようにふるふると揺れている。
見てわかるほどに動揺しているラゼイヤを、ミシリアは表情ひとつ変えることなく見つめて口を開く。
「そんな顔なさらないでください。何も娘達は皆様のことを嫌っているわけではないのですから、そこまでこの婚約に否定的にならなくてもよろしいのではと思ったまでなのです」
「「えっ」」
母の言葉に、エレノアを除いた姉妹達が呆気に取られた。それを母は見逃していなかった。
「あら?だってそうでしょう?貴女達が本当に嫌なのなら、帰ってきた時点でわかりますもの。何年貴女達の母をしていると思っているのかしら」
ほほほと、口元を手で隠して笑う母。それを隣で頼もしそうに見ている父。
此処で誰か一人でも否定してくれる人がいれば、空気は逆転していたのかもしれない。
だが、実際に反論する者は誰一人としていなかった。
理由は無論、母ミシリアの発言が正しかったからであること。
そして他の姉妹達のように驚くことがなかったエレノアの場合は、この仮の婚約に一切の不満がなかったからであった。
姉妹達は、公爵達のことが嫌いなわけではない。
初めは見たこともない異形の姿が恐ろしかったし珍しかった。
しかし、初めて出会ってから4日間、今に至るまでの間で、公爵達と関わったことで自分達の心情にも変化が起き始めていることに気付いていた。
オリビアはラゼイヤのことが気になりつつある。
ルーナはラトーニァの綺麗な部分を垣間見た。
エレノアはバルフレのことをもっと知りたいと思っている。
クロエはゴトリルの言葉に絆されつつあった。
それぞれ境遇は違えど、秘めたる想いは酷似していた。
母にはお見通しだったようだ。
「前例があるから貴女達の気持ちもわからないことはないわ。でも……このままだときっと後悔することになるわよ?」
此処まで言われると、姉妹達はもう何も言えなかった。婚約についても、苦言する理由などとうに無かった。
反論する兆しがない姉妹達に、母ミシリアは優しく語りかける。
「もっと自信を持ちなさい。素直になりなさい。幸せになるのはそれが1番の近道なのだから」
微笑みを絶やさず、話す母の姿は父以上に勇姿であった。
この凛々しい心構えに父は惚れたのだろうか、と姉妹達は心の隅で思っていた。
だが、
「それに、公爵の皆様はこんなにも素敵じゃありませんか。これだけ心強い殿方はそうそういないのですよ?あの王太子なんかより公爵様に嫁いだ方が絶対幸せになるわ!!」
「へ?」
「だって、長男様は聡明で、次男様は逞しくて、三男様はお淑やかで、四男様はミステリアスで……これほどに魅力的な殿方なんていらっしゃる?」
「あ、あの、夫人」
「そして一国を守る主人としての心構え!慈悲深い寛大な思想!手紙を見た時から気付いていましたわ!!他人のために己の身を削るだなんて、なんて美徳なのかしら!!」
「夫人、それ以上は……」
「ラゼイヤ様の御心は聖人そのものよ!そんなお方の支えとして尽力している御兄弟様もなんとご立派なこと!!こういう方々こそ是非とも娘達の旦那様になってほしいのですわ!!」
「…………」
目を輝かせながら怒涛の賛美を溢れさせたミシリアに、公爵達全員がたじろいだ。
あのゴトリルも菓子を齧ったままま狼狽えている。
突然の母の変わりように、姉妹達は溜息をついていた。
そうだ。母もこういう人だった。
お淑やかに見えて内情は情熱的で、話し出したら止まらない人であった。
三女エレノアがお喋りなのも、ミシリアを見れば納得がつくだろう。
元祖はその二世以上なのだ。
この中でミシリアの言葉に賛同しているのは、隣でうんうんと頷いている父デカートと、二人の血を……よりにもよって性格を濃色く引いたエレノアだけである。
「そうそう!ミシリアの言う通りだ!ラヴェルト公爵の殿方に嫁いだ方が、アミーレアに嫁ぐよりもよっぽど良い!!」
「デカート以上の貴公子様だもの!きっと幸せになれるわ!!」
「おいおい!確かにそうだがその言い方は落ち込むぞ!」
「あら、私の一番はあなたですからご心配なく」
「お父様もお母様もなんだか楽しそうですわね!」
父と母と三女でわきあいあいと、時々惚気も交えて話し出す光景に、周りにいた全員が置いてかれた。
ウマの合う三人はこうしてよく奇想天外な話をしたりするのを、姉妹達は家でよく見ていたので耐性はついていたが、公爵達はそうでないのである。
ラゼイヤも、ゴトリルも、ラトーニァも、バルフレも、揃って目が点になっていた。
「……うん。その、なんだ……何と言えば良いのか…………」
「流石の俺もこれは照れるぜ?」
「あうぅ…………」
「…………」
自分達のことを此処まで熱弁されるとは思ってもおらず、バルフレを除いて皆が顔を赤くしていた。
「ですから!!」
不意に、談笑が終わったミシリアが公爵達の方へ顔を向ける。これ以上ない満面の笑みで。
普通の笑顔のはずなのに公爵達は何故か身震いがした。
「もしよろしければ、娘達と正式に婚約してはくださりませんか?」
有無を言わせぬその物言いに、ラゼイヤは喉が詰まるのを感じつつ、口を開いた。
「ミシリア夫人……その、お気持ちはよくわかりました。しかし、娘様のご意見を」
「あら、それならご心配いりませんわ。ねぇ、貴女達」
ミシリアはそう言って姉妹達に視線を送る。
娘の心情を一番理解していた彼女は、娘達がこれに反対しないことを確信していた。
案の定、娘達は誰一人として口を開かない。
そして、
「私は賛成ですわ!!」
エレノアがそう言うと、姉妹達はようやく首を縦に振ったのだった。
エレノアのこの言葉と他の行動によって、姉妹達の意見は肯定的な方向に合致していたことがわかった。
それを見たミシリアは満足そうに微笑むが、その反対にラゼイヤは驚愕した表情で目を見開いていた。
「ほら、娘達もこの通りですわ」
「な……」
「どうかなさいました?もしかして、娘達ではご不満なのでは……」
「不満なんてあるわけが!!あ……」
「あら?」
如何にも彼女達との婚約に前向きな言動を、母は聞き逃さなかった。
ラゼイヤは、平然装うように背筋を正したが、触手はうねうねと小躍りしている。明らかな動揺であった。
「ええとですね、言ったとは思いますが、もし結婚にまで至れば、このような姿を毎日見ることになるのですよ?……こ の 姿 を で す よ ?」
自分の触手を見せびらかすようにして、念を押して言うラゼイヤに、母は顔色ひとつ変えず返答した。
「人は見た目だけではありませんわ。姿が美しくても心が歪んでいる方と進んでお付き合いする方などおりませんでしょう?世の中には顔だけで判断する方もいらっしゃるとは思いますけど……うちの娘達はそんな子じゃありませんから、どうかご安心を」
宥めるように言うミシリアに、ラゼイヤはとうとう口を閉じてしまった。
しばらくの間、沈黙が訪れていたが、意を決したように彼は再び口を開く。
「わかりました」
この短い言葉に姉妹達も、公爵達も安堵し、両親は歓喜していた。
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