四人の令嬢と公爵と

オゾン層

文字の大きさ
上 下
47 / 101
婚約

母は強しと言うけれど

しおりを挟む



「話を割るようで申し訳御座いません。失礼なのを承知で、私からも言葉をよろしいでしょうか?」

「ミシリア」

「ミシリア夫人……どうぞ、お構い無く申してください」


 割って入ってきたミシリアに、デカートは口を噤み、ラゼイヤは話を促す。公爵からのお許しが出たミシリアは、微笑んで口を開いた。


「婚約のことなのですけれど……私も賛成ですわ」


 柔らかい笑みでそう言った彼女に、ラゼイヤの触手が硬直する。
 オリビア達も、固まっていた。


「……というと?」

「夫と同じです。公爵様と娘達の婚約には賛成する、という意味です」

「は……」


 ラゼイヤは、見るからに戸惑っている。まさかのことに、ミシリアの意見に頭が追いついていないようだった。


「……あ、ミシリア夫人」

「はい」

「その……娘様を、嫁がせるのですよ?」

「はい」

「他所の国の殆ど面識もない異形の輩と婚約させられるのですよ?」

「はい」

「よ ろ し い の で す か ?」

「はい」


 ラゼイヤの問いにミシリアは全て是で答える。
 揺るぎない肯定にラゼイヤはますます困惑していた。心なしか、触手も困ったようにふるふると揺れている。
 見てわかるほどに動揺しているラゼイヤを、ミシリアは表情ひとつ変えることなく見つめて口を開く。


「そんな顔なさらないでください。何も娘達は皆様のことを嫌っているわけではないのですから、そこまでこの婚約に否定的にならなくてもよろしいのではと思ったまでなのです」

「「えっ」」


 母の言葉に、エレノアを除いた姉妹達が呆気に取られた。それを母は見逃していなかった。


「あら?だってそうでしょう?貴女達が本当に嫌なのなら、帰ってきた時点でわかりますもの。何年貴女達の母をしていると思っているのかしら」


 ほほほと、口元を手で隠して笑う母。それを隣で頼もしそうに見ている父。

 此処で誰か一人でも否定してくれる人がいれば、空気は逆転していたのかもしれない。
 だが、実際に反論する者は誰一人としていなかった。
 理由は無論、母ミシリアの発言が正しかったからであること。
 そして他の姉妹達のように驚くことがなかったエレノアの場合は、この仮の婚約に一切の不満がなかったからであった。



 姉妹達は、公爵達のことが嫌いなわけではない。
 初めは見たこともない異形の姿が恐ろしかったし珍しかった。
 しかし、初めて出会ってから4日間、今に至るまでの間で、公爵達と関わったことで自分達の心情にも変化が起き始めていることに気付いていた。

 オリビアはラゼイヤのことが気になりつつある。

 ルーナはラトーニァの綺麗な部分を垣間見た。

 エレノアはバルフレのことをもっと知りたいと思っている。

 クロエはゴトリルの言葉に絆されつつあった。



 それぞれ境遇は違えど、秘めたる想いは酷似していた。
 母にはお見通しだったようだ。


前例ロズワートがあるから貴女達の気持ちもわからないことはないわ。でも……このままだときっと後悔することになるわよ?」


 此処まで言われると、姉妹達はもう何も言えなかった。婚約についても、苦言する理由などとうに無かった。

 反論する兆しがない姉妹達に、母ミシリアは優しく語りかける。


「もっと自信を持ちなさい。素直になりなさい。幸せになるのはそれが1番の近道なのだから」


 微笑みを絶やさず、話す母の姿は父以上に勇姿であった。
 この凛々しい心構えに父は惚れたのだろうか、と姉妹達は心の隅で思っていた。



 だが、


「それに、公爵の皆様はこんなにも素敵じゃありませんか。これだけ心強い殿方はそうそういないのですよ?あの王太子なんかより公爵様に嫁いだ方が絶対幸せになるわ!!」

「へ?」

「だって、長男様は聡明で、次男様は逞しくて、三男様はお淑やかで、四男様はミステリアスで……これほどに魅力的な殿方なんていらっしゃる?」

「あ、あの、夫人」

「そして一国を守る主人としての心構え!慈悲深い寛大な思想!手紙を見た時から気付いていましたわ!!他人のために己の身を削るだなんて、なんて美徳なのかしら!!」

「夫人、それ以上は……」

「ラゼイヤ様の御心は聖人そのものよ!そんなお方の支えとして尽力している御兄弟様もなんとご立派なこと!!こういう方々こそ是非とも娘達の旦那様になってほしいのですわ!!」

「…………」


 目を輝かせながら怒涛の賛美を溢れさせたミシリアに、公爵達全員がたじろいだ。
 あのゴトリルも菓子を齧ったままま狼狽えている。

 突然の母の変わりように、姉妹達は溜息をついていた。

 そうだ。母もこういう人だった。
 お淑やかに見えて内情は情熱的で、話し出したら止まらない人であった。
 三女エレノアがなのも、ミシリアを見れば納得がつくだろう。
 元祖はその二世以上なのだ。

 この中でミシリアの言葉に賛同しているのは、隣でうんうんと頷いている父デカートと、二人の血を……よりにもよって性格を濃色く引いたエレノアだけである。


「そうそう!ミシリアの言う通りだ!ラヴェルト公爵の殿方に嫁いだ方が、アミーレアに嫁ぐよりもよっぽど良い!!」

デカートあなた以上の貴公子様だもの!きっと幸せになれるわ!!」

「おいおい!確かにそうだがその言い方は落ち込むぞ!」

「あら、私の一番はあなたですからご心配なく」

「お父様もお母様もなんだか楽しそうですわね!」


 父と母と三女でわきあいあいと、時々惚気も交えて話し出す光景に、周りにいた全員が置いてかれた。
 ウマの合う三人はこうしてよく奇想天外な話をしたりするのを、姉妹達は家でよく見ていたので耐性はついていたが、公爵達はそうでないのである。

 ラゼイヤも、ゴトリルも、ラトーニァも、バルフレも、揃って目が点になっていた。


「……うん。その、なんだ……何と言えば良いのか…………」

「流石の俺もこれは照れるぜ?」

「あうぅ…………」

「…………」


 自分達のことを此処まで熱弁されるとは思ってもおらず、バルフレを除いて皆が顔を赤くしていた。


「ですから!!」


 不意に、談笑が終わったミシリアが公爵達の方へ顔を向ける。これ以上ない満面の笑みで。
 普通の笑顔のはずなのに公爵達は何故か身震いがした。


「もしよろしければ、娘達と婚約してはくださりませんか?」


 有無を言わせぬその物言いに、ラゼイヤは喉が詰まるのを感じつつ、口を開いた。


「ミシリア夫人……その、お気持ちはよくわかりました。しかし、娘様のご意見を」

「あら、それならご心配いりませんわ。ねぇ、貴女達」


 ミシリアはそう言って姉妹達に視線を送る。
 娘の心情を一番理解していた彼女は、娘達がこれに反対しないことを確信していた。

 案の定、娘達は誰一人として口を開かない。
 そして、


「私は賛成ですわ!!」


 エレノアがそう言うと、姉妹達はようやく首を縦に振ったのだった。
 エレノアのこの言葉と他の行動によって、姉妹達の意見は肯定的な方向に合致していたことがわかった。

 それを見たミシリアは満足そうに微笑むが、その反対にラゼイヤは驚愕した表情で目を見開いていた。


「ほら、娘達もこの通りですわ」

「な……」

「どうかなさいました?もしかして、娘達ではご不満なのでは……」

「不満なんてあるわけが!!あ……」

「あら?」


 如何にも彼女達との婚約に前向きな言動を、母は聞き逃さなかった。
 ラゼイヤは、平然装うように背筋を正したが、触手はうねうねと小躍りしている。明らかな動揺であった。


「ええとですね、言ったとは思いますが、もし結婚にまで至れば、このような姿を毎日見ることになるのですよ?……こ の 姿 を で す よ ?」


 自分の触手を見せびらかすようにして、念を押して言うラゼイヤに、母は顔色ひとつ変えず返答した。


「人は見た目だけではありませんわ。姿が美しくても心が歪んでいる方と進んでお付き合いする方などおりませんでしょう?世の中には顔だけで判断する方もいらっしゃるとは思いますけど……うちの娘達はそんな子じゃありませんから、どうかご安心を」


 宥めるように言うミシリアに、ラゼイヤはとうとう口を閉じてしまった。

 しばらくの間、沈黙が訪れていたが、意を決したように彼は再び口を開く。


「わかりました」



 この短い言葉に姉妹達も、公爵達も安堵し、両親は歓喜していた。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

【完結】君の世界に僕はいない…

春野オカリナ
恋愛
 アウトゥーラは、「永遠の楽園」と呼ばれる修道院で、ある薬を飲んだ。  それを飲むと心の苦しみから解き放たれると言われる秘薬──。  薬の名は……。  『忘却の滴』  一週間後、目覚めたアウトゥーラにはある変化が現れた。  それは、自分を苦しめた人物の存在を全て消し去っていたのだ。  父親、継母、異母妹そして婚約者の存在さえも……。  彼女の目には彼らが映らない。声も聞こえない。存在さえもきれいさっぱりと忘れられていた。

比べないでください

わらびもち
恋愛
「ビクトリアはこうだった」 「ビクトリアならそんなことは言わない」  前の婚約者、ビクトリア様と比べて私のことを否定する王太子殿下。  もう、うんざりです。  そんなにビクトリア様がいいなら私と婚約解消なさってください――――……  

不貞の末路《完結》

アーエル
恋愛
不思議です 公爵家で婚約者がいる男に侍る女たち 公爵家だったら不貞にならないとお思いですか?

公爵令嬢の辿る道

ヤマナ
恋愛
公爵令嬢エリーナ・ラナ・ユースクリフは、迎えた5度目の生に絶望した。 家族にも、付き合いのあるお友達にも、慕っていた使用人にも、思い人にも、誰からも愛されなかったエリーナは罪を犯して投獄されて凍死した。 それから生を繰り返して、その度に自業自得で凄惨な末路を迎え続けたエリーナは、やがて自分を取り巻いていたもの全てからの愛を諦めた。 これは、愛されず、しかし愛を求めて果てた少女の、その先の話。 ※暇な時にちょこちょこ書いている程度なので、内容はともかく出来についてはご了承ください。 追記  六十五話以降、タイトルの頭に『※』が付いているお話は、流血表現やグロ表現がございますので、閲覧の際はお気を付けください。

【12話完結】私はイジメられた側ですが。国のため、貴方のために王妃修行に努めていたら、婚約破棄を告げられ、友人に裏切られました。

西東友一
恋愛
国のため、貴方のため。 私は厳しい王妃修行に努めてまいりました。 それなのに第一王子である貴方が開いた舞踏会で、「この俺、次期国王である第一王子エドワード・ヴィクトールは伯爵令嬢のメリー・アナラシアと婚約破棄する」 と宣言されるなんて・・・

旦那様には愛人がいますが気にしません。

りつ
恋愛
 イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。 ※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。

私も貴方を愛さない〜今更愛していたと言われても困ります

せいめ
恋愛
『小説年間アクセスランキング2023』で10位をいただきました。  読んでくださった方々に心から感謝しております。ありがとうございました。 「私は君を愛することはないだろう。  しかし、この結婚は王命だ。不本意だが、君とは白い結婚にはできない。貴族の義務として今宵は君を抱く。  これを終えたら君は領地で好きに生活すればいい」  結婚初夜、旦那様は私に冷たく言い放つ。  この人は何を言っているのかしら?  そんなことは言われなくても分かっている。  私は誰かを愛することも、愛されることも許されないのだから。  私も貴方を愛さない……  侯爵令嬢だった私は、ある日、記憶喪失になっていた。  そんな私に冷たい家族。その中で唯一優しくしてくれる義理の妹。  記憶喪失の自分に何があったのかよく分からないまま私は王命で婚約者を決められ、強引に結婚させられることになってしまった。  この結婚に何の希望も持ってはいけないことは知っている。  それに、婚約期間から冷たかった旦那様に私は何の期待もしていない。  そんな私は初夜を迎えることになる。  その初夜の後、私の運命が大きく動き出すことも知らずに……    よくある記憶喪失の話です。  誤字脱字、申し訳ありません。  ご都合主義です。  

妹ばかりを贔屓し溺愛する婚約者にウンザリなので、わたしも辺境の大公様と婚約しちゃいます

新世界のウサギさん
恋愛
わたし、リエナは今日婚約者であるローウェンとデートをする予定だった。 ところが、いつになっても彼が現れる気配は無く、待ちぼうけを喰らう羽目になる。 「私はレイナが好きなんだ!」 それなりの誠実さが売りだった彼は突如としてわたしを捨て、妹のレイナにぞっこんになっていく。 こうなったら仕方ないので、わたしも前から繋がりがあった大公様と付き合うことにします!

処理中です...