四人の令嬢と公爵と

オゾン層

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婚約

美しい人

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 __茜色に輝く草原地帯は、微風に揺られながら漂っている。



 そこでは見たこともない生き物達がラトーニァに集まり、ひとりずつ順番に健診を受けていた。

 竜から妖精、ペガサスなど、本でしか見たことないような伝説の存在がラトーニァを囲んでいた。


「うん、今日はもうおしまい。また明日ね」


 ラトーニァに従うように、大勢いた生き物は森へ、空へと去っていく。

 それを見届けていたルーナは、自分が今まで見ていた世界が狭かったことを知った。


(凄いわ。絵本にしかいないと思っていたけど……この方はあの子達に信頼されているのね)


 そう思ったルーナの目の前では、光り輝く精霊が名残惜しそうにラトーニァとの別れを告げている。

 その光景は幻想的で、美しいの一言では表現しきれない。


(ラトーニァ様……)


 精霊を優しい手つきで撫でる彼を、ルーナは「美しい」と感じた。



 ラトーニァの姿を初めて見た時、人の形をしていて人でない要素を持った彼を恐ろしく感じていた。

 背は高いが体は細く、肌は病的なまでに白く、目から生えた角や体に巻かれた茨は鋭利で触れれば怪我でもしそうだという印象を持っていた。

 しかし、実際話してみると彼はとても大人しく、謙遜な態度であった。
 自分が思っているほどこの人は怖くないのかもしれない、とルーナは初対面でそう考えていた。

 そして仕事をし始めた昼過ぎには、ラトーニァは庭の花や木に一本も余すことなく水を与え、彼の声に呼ばれて来た動物も健診だけでなく餌をあげたり遊んであげたりと、満遍なく世話していた。

 楽な仕事ではないはずだろうに、文句一つ垂れることなく自然と接している彼を見て、ルーナは勝手ながら結論を付けた。



 この人ラトーニァは『心』が美しいんだ。



 人とは、生まれた時の環境で性格が決まるというが、逆も然りでその人次第で環境は変化するものである。

 ラトーニァを取り巻く環境は、宝石箱のような世界でこの世全ての美しさが詰め込まれていると言っても過言ではなかった。

 ルーナからは少なからずそう見えていた。

 彼が花を、木を、動物を愛でるたびに、それは輝きを増す。

 ディトのような外見の輝きではなく、内から溢れるものであった。



 彼という存在が、ルーナには眩しくて仕方がなかった。





「る、ルーナ」


 不意に名前を呼ばれ、ルーナは我に帰る。

 ラトーニァは最後まで居座っていた精霊も帰したようで、草原にはもう何もいなかった。


「申し訳御座いません。少し考え事をしていました」

「いいよ……そ、それより、帰ろ?」


 ラトーニァは相変わらずもじもじとしていたが、それすら可愛らしく見えてきた。

 初めは挙動不審の彼に戸惑ってばかりであったが、2日目でもう慣れてしまった。


「はい」





 ラトーニァの隣を着いて歩くルーナは、再び考え耽っていた。


(不思議だわ……ラトーニァ様のことがもう怖くない。目の角も、茨も、人とは違うはずなのに、全く気にならないもの)


 ルーナは気付かれないよう、隣を歩くラトーニァの横顔をこっそりと見ていた。

 確かに目から生える角はえげつないものであったが、今は何も感じない。
 むしろ、この状態でよく此処まで動けるなと、感心したくなる一方であった。


(ラトーニァ様は、どうやって周囲を確認しているのかしら)


 恐らく、ラトーニァは目が見えていない。

 実際、彼は覚束無おぼつかない足取りで歩いており、時々足をひっかけるのだ。

 そう、例えば今みたく。


「おわっ!」

「ラトーニァ様、大丈夫ですか?」

「だ、大丈夫!大丈夫、だから……」


 転んでしまったラトーニァにルーナが駆け寄ると、彼は慌てて立ち上がる。
その視線はルーナではなく、何処か遠くに向けられていた。


「……ラトーニァ様。不躾なことを伺ってもよろしいでしょうか」

「う、うん……?」

「ラトーニァ様は、普段どうやって生活なさっているのですか?」

「え……」

「目が、見えないのでしょう?」


 思い切ってルーナが聞くと、ラトーニァはしばらく顔を伏せて黙り込んだ後、恐る恐る口を開いた。


「え、えっと……怖がらない?」

「教えてもらってもいないのに怖がるなんてありませんよ」

「そう、だよね……あのね」


 意を決したように、ラトーニァが顔を上げた。


「僕、自分の目は無いけど、他の『目』が使えるんだ」

「目、ですか?」

「うん……君の、『目』とか」


 ラトーニァはそう言ってルーナから顔を逸らした。


「……あまり、見ないで」

「え?」

「恥ず、かしいから……」


 ラトーニァの言葉に、彼の顔を見ていたルーナはようやく理解した。



 ラトーニァは、周囲の生物の『目』を介して視覚を確保していたのだ。

 人間、動物、魚、虫……

 周囲に存在する『目』から自分の位置を確認していたのだ。
 だから此処まで何も補助が無くても動けるのだ。
 時折覚束無くなるのは、その周りに十分な『目』が確保されていないからであろう。

 そう考えると、納得できる節があった。


「そう、だったのですね……それも、魔法なのですか?」

「うん……生まれつき見えなかったから、お、覚えたんだ」

「覚えた……」


 きっと、覚えるのには時間と労力が必要だったのではないのだろうか。


「みんなと違うのは、嫌だから」


 恥ずかしそうに銀の髪をいじりながら言うラトーニァを、ルーナは不覚にもと思ってしまった。


(魔法を覚えるのがどれだけ大変なのかは知りませんが、ラトーニァ様は努力家なのね)


 自分の短所を埋めるための努力だと思うと、よりラトーニァに関心が湧く。

 しかし、ルーナがそれを言葉に表すよりも早く、ラトーニァは慌てた様子で城の道へと歩を進めようとしていた。


「い、行こう?みんな、待ってる、たぶん……」

「えっ、は、はい!」



 ラトーニァに促されるまま、ルーナも足を速めた。
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