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婚約
広大で美しいもの
しおりを挟む__クロエが叫んでいる一方で、ルーナはラトーニァと共に城の中庭まで来ていた。
ラゼイヤに案内された中庭は城の付近までしか見ていなかったが、先を進んでみるとそこは広大な草原地帯だった。
何処までも緑が広がっており、そこかしこには多彩な果実を実らせた木々が生い茂っていたり、鮮やかな花々が咲いていたりと、何処か浮世離れした地帯であった。
「公爵様方の家は本当に広いですね。それに、此処は綺麗です」
ルーナは中庭、というには広過ぎる大地を眺めていた。あまりに美しい景色に見惚れてしまう。
それに引き換えラトーニァはというと、未だオロオロとして落ち着いてない様子だった。
「ところで、ラトーニァ様。此処に連れてくださったのは、如何様な理由で?」
「え、えっと……」
ルーナの問いにラトーニァは何度か言葉を詰まらせていたが、一度深呼吸をすると、ゆっくりと話し始めた。
「こ、此処に来たのは、僕、僕のお仕事、を紹介したくて……」
「お仕事、ですか?そういえば、まだラトーニァ様の職務についてお聞きしていませんでしたわ。ですが、此処で一体どのようなことをなさるのですか?」
「えっと、えっと、あ、あの!み、見ててくれれば……」
ラトーニァはそこまで言うと、ルーナから逃げるようにその場から離れた。と言っても、軽く走っただけで目の前にいることには変わりない。
ルーナからある程度離れたことを確認すると、ラトーニァは大空に向かって口を開いた。
「__________」
口から出たのは、人間が生きているうちに聞くことはないであろう音であった。
甲高くなんとも奇怪で、しかし子守唄のような安心感漂う音色で、不思議な声であった。
「ら、ラトーニァ様?」
不思議な歌声にルーナは困惑したが、それが何なのかを聞くよりも早くラトーニァは口を閉じた。
刹那、ルーナ達の前に突風が吹き、辺りの草原を掻き回す。
あまりの強風と生じた砂埃に、ルーナは咄嗟に目を隠した。
身構えていると、次第に風は弱くなり、微風になるまで落ち着いた。
「………?」
ルーナが恐る恐る目を開くと、ラトーニァはそこにいた。
しかし、その隣には、ありえないものが見えていた。
大きな体
艶のある鱗
鋭い牙
力強い眼
伝説の存在
それは、昔絵本で見た生き物に酷似していた。
「……竜?」
ルーナがそう呼んだ生き物は、ラトーニァにこうべを垂れて唸り声を上げている。
いや、正確には唸り声ではなく、子供が甘えるような声なのだろう。
ラトーニァを見るその目はあまりにも優しすぎたのだから。
ラトーニァは竜の頭を優しく撫でている。現実とは思えないその光景に、ルーナはただ眺めることしかできなかった。
「……ぼ、僕のお仕事は、こんな感じ…………」
どんな感じなのだ、と問いたくなるが、ルーナは目の前の竜に口が塞がらなかった。
伝説として謳われてきた竜が今実物として自分の前に現れている。
息もしてるし瞬きもする。
本当の本当に本物だった。
「……ら、ラトーニァ様。此方の……生き物は」
「ワイバーン、だよ……今日は、この子の、け、健診するの」
「健診……?」
健診とは、この子とは、この竜に対するものなのだろう。
何故そんなことをと思っていた矢先、ラトーニァは続けて話し出した。
「僕の、お仕事は……し、自然管理なんだ。動物のお世話とか、治療とか、植物の研究とか……この庭が、僕の仕事場なんです……」
今までで一番長く話したラトーニァは、限界が来たようでそれ以降は顔を俯いていた。よっぽど話すのが苦手らしい。
隣にいるワイバーンは心配そうにラトーニァの顔を覗いている。その姿は犬のようで可愛らしかった。
ルーナは先ほどのラトーニァの言葉を思い返し、改めて辺りを見渡す。
そこかしこに植えられている花や木々は、余すことなく健やかに育っているのが見てわかる。
ルーナがかつてアミーレアの王宮の中庭で見た花々よりも、逞しく美しく生きていた。
もしこの庭の全てがラトーニァの管理下なのだとしたら……
「ラトーニァ様は、この庭をとても大事になされているのですね」
「……え?」
ルーナの言葉に、ラトーニァは素っ頓狂な声を上げる。
「此処に咲く花も、木も、それにその子も、みんな幸せそうでしたから。幸せじゃなかったら、こんなに美しいはずありませんもの」
ルーナは、ただ率直な感想を述べたまでだった。
目の前の情景を見て、自然と口角が上がるのも、此処にある全てのものが美しかったからだった。
(本当に綺麗な場所……此処まで大事にしているなんて、ラトーニァ様はお優しい方なのね)
そんなことを考えていた。
しかし、どれだけ経ってもラトーニァからの返答は無い。急に静かになった彼を不思議に思い、そちらに視線を向けると、ラトーニァはそこにいた。
ワイバーンの尾に隠れながら。
「ラトーニァ様?」
「い、今健診してる、から」
「ワイバーンの健診とは、そのようにするのですか?」
「ソウデス」
どう見てもワイバーンの尾に隠れてもじもじしているようにしか見えない。
ワイバーンも心なしか顔が呆れており、人間のような動作で首を横に振っている。
「……この子は違うと言っているようですけど」
「ソンナコトハナイデス」
「何故片言……」
しばらくの間、ラトーニァはそうやって尾に隠れたままであった。
結局、ラトーニァは昼食の時間になるまでずっとそのままであった。
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