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婚約
可愛いだなんて言わないで
しおりを挟む__ダイニングで姉妹達と別れた後、クロエはゴトリルに抱えられて城の外へと連れられていた。
あれほど抱っこは恥ずかしいからやめてくれと言ったにも関わらず、ゴトリルは問答無用でクロエを左腕一本で抱えてしまった。
空いているもうひとつの左腕はクロエの頭を撫で続けており、クロエはそれが恥ずかしくて仕方なかった。
しかし、今更どうこうもできず大人しく抱えられている。暴れればきっと今よりも強く抱きしめられる気がしたからだ。
「ゴトリル様……」
「ん?どうした?」
「あの、私達は今何処に向かっているのです?」
「ああ、訓練場だぞ」
「はい?」
訓練場……公爵にはあまり似つかわしくない言葉であった。
「訓練場では、一体どのような訓練をなさるのですか?」
「そりゃあ、剣技だろ?あと弓と、槍と……」
「武器を扱うのですか!?」
「あったりまえじゃねぇか。訓練しとかねぇとみんな強くなれねぇだろ?」
「みんな……?」
先ほどからゴトリルの言っていることに納得できず、クロエはもう一度聞くことにした。
「あの……ゴトリル様は、一体何の職務に就いておいでなのですか?」
「あれ?言ってなかったか?俺総督だぜ」
「そう、とく?」
「そう。そうとく」
総督という言葉に、クロエは少しの間困惑していた。あまり聞き慣れない言葉に首を傾げているクロエを、ゴトリルは不思議そうに、しかし和かに眺めている。
しばらくしてその視線に気付いたクロエが、慌てて顔を背けた。
「そ、そんなに見ないでください!」
「えー?だって可愛い……」
「その『可愛い』というお言葉もよしてくださいませ!」
眺めるために近づいてきたゴトリルの顔を、クロエはやんわり押さえようとする。相手は婚約者なのだからと初めは優しい手つきで制していたが、ゴトリルの圧が強すぎるせいで最終的にはクロエも全力で押し問答していた。
しかし、ゴトリルが急に立ち止まったことで、クロエの手も止まる。
「着いたぞ」
「え」
ゴトリルが視線を向けている方を見ると、そこは広々とした更地だった。
公爵家の敷地にはこのような場所もあるのかと思い、クロエは更地の先に目を凝らしてみた。
少し遠くでは、何やらたくさんの人影が忙しなく動いていた。
「ゴトリル様、彼方に見えますのは一体……」
「軍」
「はい?」
「だから、軍だって」
ゴトリルはクロエの疑問も解かずにその人影の方へ歩いていく。
人影は次第に大きく、鮮明にクロエの目に留まった。
「……この人達」
「これが俺の軍隊」
ゴトリルがそう呼んだのは、更地で激戦にも似た格闘を繰り広げる男達の姿だった。
「……ゴトリル様」
「なんだ?」
「……失礼ながらもう一度質問しますが、ゴトリル様の職務は」
「だから総督」
「……なんで公爵の貴方様が直々に軍隊なんて率いてるんですかぁ!!」
「おー耳痛ぇ」
本日一番の絶叫を終えたクロエだったが、耳元でそれを聞いたゴトリルは平気そうであった。
クロエは目の前の出来事に混乱している。
婚約者が、公爵が、総督。しかも国の軍隊の。
「というわけで、今日は見学な」
「何勝手に話を進めてるんですか!!もっと詳しくお話してください!!」
「えーやだよめんどくさい」
「面倒で済むお話ではないでしょう!?」
「そんなことよりほら、彼奴らにも紹介してやらねぇと……おいお前らぁ!!」
ゴトリルが男達に向かって叫ぶと、全員が動きを止めて此方を見やる。
男は皆特徴的な体をしており、中には一つ目のものや頭が牛の者までいる。人間の形をした者は極僅かであった。
そんな彼らが一斉に視線を向けてきたことでクロエは固まってしまったが、そんなのは御構い無しにゴトリルは声を上げた。
「こいつ、昨日来た俺の婚約者のクロエだ。今日は見学だから、お前ら全力で取り組めよ!」
ゴトリルの言葉を、男達は神妙な面持ちで聞いている。中々に険しい顔がいくつか目に映ってクロエはたじろいだが、一瞬でその表情は陽気に崩れ、辺りにたくさんの歓声が響き渡った。
「みんな聞いたか!兄貴が婚約者連れてきたぞ!!」
「あの兄貴がなー!明日は槍でも降るんじゃないかこりゃあ?」
「めでたいことじゃねぇか!!今日は兄貴と婚約者さんのために張り切っちまおうぜ!!」
「にしても、あんた、何処ぞのお姫様かい?」
「小動物みてぇだなぁ。可愛い」
「これは兄貴も惚れるわ」
「こんな可愛い娘、逃すわけにはいかねぇもんな!」
「それにしても可愛いな!」
「ほんと、可愛い」
「いやぁ可愛いなぁ」
可愛い可愛い可愛い……と、男達が引っ切り無しにそう語る。その目は異性を見るものではなく、我が子を見守るような温かい眼差しだった。
しかし、『可愛い』という言葉が現時点で地雷となっているクロエは
「可愛いなんて言わないでください!!!!!」
真っ赤な顔でそう叫んだ。
しかし、その必死な様を見た男達はまた「可愛い」と呟くのであった。
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