四人の令嬢と公爵と

オゾン層

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婚約

書斎でのひととき

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 __ラヴェルト公爵家



 騒がしかった朝食も終え、新しい任務があるからと城を後にしたディトともお別れし、姉妹達はそれぞれの公爵達と共にすることになった。

 共にすると言っても、あの二人ロズワートとアレッサのような甘ったるいものではなく、互いに素性を明かすための馴れ合いのようなものだった。

 姉妹達はまだ自身の婚約者について何も知らない。ということで、彼らの普段を知るためのである。

 両親や手紙の話で困惑していた姉妹達は、心を落ち着かせるために一先ず婚約者との交流に勤しむのであった。





 朝日に照らされた長い廊下を歩いている二人がいた。
 ラゼイヤとオリビアである。


「私は主に政務を務めていてね。書類整理みたいなものだから君には退屈させてしまうかもしれない」

「そのようなことは御座いません。大事な職務ではありませんか」

「大事だが地味だからね。同じことを繰り返すのは本当に退屈だよ」


 ラゼイヤはそう言って笑っている。
 オリビアは、その笑顔に軽い微笑を返した。



 オリビアは、ラゼイヤに恐怖を抱いていた。



 先ほど姉妹達を黙らせたあの一声と、アミーレアに対するあの行動で、オリビアはラゼイヤのことがますますわからなくなっていた。

 人が最も恐怖するのは、目に見えて危険だとわかる存在ではなく、一切の詳細が明らかにされていない得体の知れない存在と出会った時である。

 オリビアには、ラゼイヤが後者に見えて仕方がなかった。

 婚約者にこのような感情を抱くなど無礼極まりないとオリビアは己を叱責していたが、それでも今ラゼイヤに自ら話しかける勇気はなかった。


「着いた。此処が私の書斎だよ」


 ラゼイヤの声に、オリビアは立ち止まる。二人の目の前には、古びた木製の扉が佇んでいた。

 ラゼイヤはくすんだドアノブに手を回すと、ゆっくりと扉を開いた。



 中は、シンプルな様式で全体的に落ち着いた色の部屋だった。

 壁には巨大な本棚が3つもあり、全てに満遍なく本が敷き詰められている。
 来客用のソファもいくつか置かれており、その真ん中には円状のテーブルが佇んでいた。

 そしてその奥、窓から注がれる日を浴びる机には、これでもかと大量の書類が積まれている。

 はっきり言って、人一人分の量とは思えなかった。


「私は今から作業に入るけど、その間君は暇だろう?だから好きに行動してくれて構わない」

「え……しかしながら、ラゼイヤ様を置いてそのようなこと」

「良いんだ。君に退屈させてしまう方が申し訳ないよ。外には出て良いし、書斎の本も好きなだけ読んで良いから」


 どうぞ、と言わんばかりにラゼイヤは微笑む。顔の左側は相変わらず目玉が蠢いているにも関わらず、何処か安心感を感じてしまう微笑であった。


「……わかりました」


 ラゼイヤの笑顔に圧され、オリビアは少し悩んだ結果書斎の本棚に手を伸ばした。


「読むならソファに座ってくれて良いからね」


 ラゼイヤに促されるまま、オリビアはいくつか設置されているソファの中、端にある一人用のソファに腰掛けた。
 本を開き読むフリをして、オリビアはちらっとラゼイヤを見てみる。

 ラゼイヤは既に書類の方に目を向けており、此方には気付いていないようだった。
 もう少し様子を見ようか悩んだが、流石にマナーとしても悪いと感じ、オリビアは本に視線を戻した。

 適当に取った本の中身は、少女と妖精が共に旅をするなんともファンタジーな物語であった。


(ラゼイヤ様は、このような書物をお読みになるのかしら)


 見た目に反し、可愛いらしい方なのだなと、オリビアは無意識に思っていた。





「オリビア」


 不意に声をかけられ、オリビアはページを捲ろうとした手を止めた。

 顔を上げると、ラゼイヤと目が合う。


「その本はそんなに面白かったのかい?」

「申し訳御座いません。つい、読み入ってしまいました」

「良いよ。君が退屈しなければ。それより、もうお昼だから、食事にしよう」

「え?」


 もう昼なのかと、オリビアが窓を見ると、太陽は空高くまで浮かんでいた。


「いつの間に……私ったら、かなり夢中になっていたようですね」

「フフ、そうだね」


 可笑しそうに笑うラゼイヤに、オリビアは首を傾げた。


「ラゼイヤ様?」

「ああいや、すまない。夢中で本を読む君が可愛らしかったから」

「え……」


 さらっと言われたことに、オリビアは動きが止まる。
 そして、己の言葉を思い出したのであろう、ラゼイヤも全身をうねる触手がピタリと止まってしまった。

 しばらく静寂が部屋を満たしていたが、次第に羞恥心が湧き上がってきた二人は互いに顔を逸らした。


「あ、いや、違う。いや、違ってはいない。いいやそうじゃなくてだね、そういう意味ではなくて……とりあえず、ダイニングに行こうか」

「は、はい」


 二人は急くように書斎を出た。その顔はどちらも仄かに赤かった。
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