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婚約
手紙
しおりを挟む王宮の中庭で、しばらく二人だけの時間を楽しむロズワートとアレッサであったが、そこに国王であるアグナスが現れたことで中断されることになる。
「父上?どうかしましたか?」
「…………」
「……父上?大丈夫ですか?顔色が悪いですよ?」
ロズワートの言う通り、アグナスの顔はやつれて真っ青だった。
何事かとロズワートは伺っていたが、アグナスの右手に紙が握られていることに気付く。
「父上、それは一体……」
「……ロズワート。これを読みなさい」
アグナスは、持っていた紙をロズワートの前に差し出す。それは一通の手紙だった。
「手紙?誰がこんなものを」
「ベルフェナールからだ」
「え」
隣国の名に、ロズワートは一瞬鼓動が速くなった。しかしそれは、焦りからではなく歓喜によるものであった。
「まさか!我が国にベルフェナールから返事が来るとは!これでアミーレアも安泰では!」
「違う」
「はい?」
「……全て読んでみろ」
「は、はい」
ロズワートはわかっていないようであったが、アグナスの言われた通りその手紙に目を通した。
アミーレア王国 アグナス陛下様
この度は、ガルシア辺境伯御令嬢様方を『婚約者』として献上してくださったこと、誠に感謝致します。
隣国からわざわざおいでくださったこと、私も兄弟も感無量に御座います。
ガルシア辺境伯御令嬢様との婚約は成立いたしましたので、ガルシア領を我が国の領地として迎え入れることを報告させて頂きます。
ガルシア辺境伯には全ての言伝を済ませておりますので、ガルシア領地は自国が責任を持って保護いたします。
また、婚約期間は1年としましたが、御令嬢様方の意思を尊重し、婚約解消した場合の生活も此方が担いますのでアミーレア王国側の皆様は一切の援助も必要御座いません。
婚礼の主催にはお呼びするつもりですのでその際には報告いたします。
先日王太子様から頂いた手紙の返答についてでありますが、此方は保留とさせて頂きます。
理由につきましては、王太子様から課せられた条件が此方に有益でないものと見なした結果に御座います。
契約を破棄してしまう形となってしまい申し訳御座いませんが、契約する際は条件を整えてから切り出すよう王太子様にはお勧めいたします。
尚、上記の書面に問題がない場合は、下記にて承諾の印をご記入ください。
ベルフェナール ラゼイヤ・ラヴェルト
「なんだ、これは……」
ロズワートは、手紙の内容に開いた口が塞がらなかった。
ガルシア領の保護という名目で領地を侵し占拠しただけでなく、ロズワートが提案した条件を拒否した挙句彼を嘲蔑する文面で終わらせていることに、隣で読んでいたアレッサも目をパチクリさせていた。
しかも、ガルシアはそのことについて承諾しているとのことだった。これは……
「父上、ガルシア領は……」
「……ガルシア辺境伯はベルフェナールへ既に移っている。今はベルフェナールの領地だ」
ガルシア領は、ベルフェナールに寝返ったということである。
その事実は、ロズワートの沸点を容易く越えた。
「どういうことだ!?ガルシアはアミーレアの所有地だろう!?ガルシアもそうだ!!何を勝手にベルフェナールに寝返って……王国の許可無しにできるとでも思っているのか!?」
「いや、できる」
「なっ……どういうことですか、父上」
「……ベルフェナールでは、『魔法』が基本となる。彼らは契約の際にも魔法を用いる。ガルシア辺境伯は恐らく、その魔法に基づいて契約を行なっているはずだ」
「魔法……そんな非現実的なものあるわけ」
「あるのだ!!非現実などではない!!」
「っ……」
怒号の混じったアグナスの言葉に、ロズワートは一瞬怯んだ。
「貴様は今まで何も学ばなかったのか!?隣国であるベルフェナールでは魔法が常用されていることは、学園の歴史科目で必ず習うものだ!それを貴様は何故知らぬ!?この手紙もそうだ!承諾の印を書くまでは、手紙は処分もできぬ!相手が魔法を使えるのなら跳ね除けたやもしれぬが、私達にはその術もない!この意味がわかるか!?」
中庭にいた鳥達が飛び去るほどの叫びで、アグナスは怒り狂っていた。
魔法の契約。魔法を使えるもの同士であれば相殺できる契約を、魔法も使えないアミーレアに送ってきたということは、一方的な条約を突きつけるための手段であった。
承諾すれば、ガルシア領の保護を公認したことになる。そして王国側の条件を拒否したことも許すことになる。
翻すこともできない要件であるこの手紙を、ロズワートは恐ろしく感じた。しかし、王太子としてのプライドがそれを許さなかった。
「それがなんです!?こんな紙切れ!!」
「おい!やめろ!!」
熱の入ったロズワートはアグナスの制止も聞かず、その両の手で手紙を破こうとした。
しかし、ロズワートがどれだけ力強く引っ張ろうとも、手紙は破けることはおろか、裂け目すら入らない。
「なんだよ、この手紙!?」
必死になって手紙を破こうとする様は、あまりにも無様であった。
「……あ」
何度も何度も手紙の破壊を試みるうちに、ロズワートは紙の端で指を切ってしまった。
まるで刃物に切られたかのように綺麗な切り口からプクプクと赤い点が滲み、それは雫となって手紙に落ちた。
すると、手紙に染み込んだ血は忽ちに形を変え、書面の下へと虫のように降りていく。
そして承諾の印を打つ文面で、その赤色はしばらく形を変化させた末に動きを止めた。
ロズワート・アミーレア
印の文面には、赤い文字でそう記されていた。
「は?」
「馬鹿者!!すぐにそれを此方に!!」
呆気にとられていたロズワートに慌ててアグナスが手紙を奪おうとするが、突然中庭に突風が巻き起こるかと思うと、手紙はロズワートの手からするりと抜けて風に乗り、空高く飛んで行ってしまった。
手紙はしばらくの間空に漂っていたが、すぐに見えなくなってしまった。
「ああ……そんな……」
ロズワートもアレッサも唖然としている中、アグナスは膝折れて項垂れていた。
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