四人の令嬢と公爵と

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婚約

大混乱

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 ディトの爆弾発言に、ダイニングは騒然としていた。

 ぶちまけられた紅茶と噎せる三人、本来ならば心配しなければならないのだが、姉妹達も咄嗟に動くことができなかった。



 好きな人



 この一言が姉妹達の頭の中で何度も繰り返される。

 好きな人?好きな人とは一体どういうことだろうか……そんな考えを過ぎらせていたが、結局は簡単な結論に辿り着く。

 「公爵が令嬢を好いている」という単純で烏滸おこがましい仮定であった。

 消耗品のようにして嫁いできた令嬢を好きになるなどあり得ない。第一、公爵は初め、自分達に婚約か永住か選択する自由も与えてくれた。もし好きなのならば此処に留めさせるはずだ。姉妹達はそう考え直そうとしたが、目の前で紅茶を吹き出した三人を見ると嘘ではないようだった。

 ラゼイヤは未だ苦しそうに咳き込んでいるし、ラトーニァは顔を使用済みの皿に突っ伏して噎せている……目の角を強めにぶつけたのか、下の皿にも若干ヒビが入っていた。バルフレは無表情だったが、紅茶で汚れた口元と服が事の凄惨さを物語っている。


「クロエ、これ美味いぞ」


 唯一動揺しなかったゴトリルだけが、クロエの皿に次々と食物を盛り付けていた。

 三人の動揺と一人の行動がその事実をより鮮明にさせる。

 婚約候補者として、異性との繋がりを殆ど断ち切っていた姉妹達は、異性から好意を持たれることに慣れていなかった。
 普通の令嬢であったならお相手の容姿を少しは気にするのだろうが、今の姉妹達は公爵達の姿どうこう以前に、その事実に対して顔が火照るのを実感していた。

 そう、これは「恥ずかしい」だ。

 今公爵達が自分達をどのように思っているのかは不明瞭だが、ディトの発言と公爵達の反応によって自分達までも動揺が隠せなくなる。

 しかし、そのままであった公爵達の咳き込む声が耳に届いたところで、ようやく姉妹達は我に帰った。
 目の前には未だ苦しそうにしているラゼイヤ。うつ伏せのまま震えているラトーニァ。汚れたままのバルフレ。
 クロエの皿に盛り付けていくゴトリル。
 その光景に姉妹達は慌てて立ち上がった。


「ゴトリル様!よそってくださるのはありがたいのですが、こんなに食べられません!」

「は?そうなのか?」

「こんな山盛り、朝から食べられませんよ!」

「じゃあ残していいぜ。俺が後でもらうから」

「なっ……ひ、他人ひとが食べた余り物を頂くのは、あまりよろしくないかと……」

「勿体無いじゃん?それにお前のだったら問題無いだろ?婚約者だし」

「…………」


 皿に盛られた大量の食事をクロエは返そうとしたが、ゴトリルに言われたことで顔が赤くなってしまった。本日二度目の照れである。


「ラトーニァ様、その、具合が悪いのですか?また体が震えて……」

「ダイジョウブデス」

「えっと……その、お顔を上げてくださいませ。お皿が割れてしまっては危ないですし」

「ダイジョウブデス」

「あの……」

「ダイジョウブデス」


 ルーナはラトーニァを起こそうとしたが、彼は顔を伏せたまま同じ言葉を抑揚もなくずっと繰り返すだけだった。


「バルフレ様!お顔が汚れてしまっていますわ」

「…………」

「今、拭いて……」

「触るな」

「あら……触られるのは嫌でしたのね。ごめんなさい。でしたら、このハンカチをお使いください」

「…………」


 顔を拭こうとしたエレノアを短い言葉で制止させたバルフレは、彼女から差し出された白いハンカチを手に取ると、顔にまとわりついた紅茶を拭っていた。


「ら、ラゼイヤ様、大丈夫ですか?」

「あ、ああ、大丈夫だよ。気にしないでおくれ」


 オリビアが近寄るとラゼイヤはそう言ったが、紅茶が詰まっているらしくまだ咳き込んでいた。
 オリビアはテーブルに置いてあった水をグラスに注ぎ、それをラゼイヤに手渡した。


「どうぞ」

「すまないね、ありがとう……」


 水を飲み、ようやく落ち着きを取り戻したラゼイヤは、未だ笑顔で此方を見てくるディトに鋭い視線を送った。

 散らかってしまったダイニングでただ一人笑顔を保っているディトに対して、ラゼイヤは険しく顔を歪ませている。

 今日だけでもたくさんの表情を見せた彼に、オリビアは何故だか心が落ち着かなかった。


「……ディト。しばらく静かにしていなさい」

「えー?そんなこと言っても」

「ディト__





 


 ラゼイヤの口から、聞いたこともない声が溢れた。

 獣の唸り声のようでいて、金属を擦り合わせたような音にも聞こえるそれを、耳元で直に聞いたオリビアは背筋が凍った。

 あの優しい声とは全く違う……自分が聞いていたラゼイヤのものとは全く別物の声に、言われた本人ではないオリビアも黙ってしまった。


「…………」


 その言葉通り、ディトはそれっきり何も話さなくなった。
 いや、何か言いたそうな顔をしているが、口を一線に引いて押し黙っている。その様子には、何処か違和感があった。

 しかし、そんなディトの顔は悪戯を企んでいる子供のような笑顔で、反省している顔色は無かった。


「…………」


 黙ってしまったディトが指を差す方にラゼイヤは顔を向ける。
 そこには、口を閉じた姉妹達の姿があった。

 黙ってしまったのはオリビアだけではない。
 姉妹達も、ラゼイヤの声に驚いて喋っていた口を止めてしまっていた。

 そんな光景にラゼイヤは慌てた様子で立ち上がると、空気を変えるかのように咳払いをする。


「いや、すまない。取り乱してしまった」


 そう言って謝る彼は、あの優しい声色に戻っていた。
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