26 / 101
婚約
杞憂
しおりを挟むダイニングに現れた青年ディトは、明るく無邪気な顔でラゼイヤを見ている。
紹介の続きを促しているようにも見えるそれにラゼイヤは気付いているようで、そのまま続けた。
「彼は普段、バルフレの言った更生指導官として活動していてね。私達と比べて激務で遅くなってしまうことも多いんだ」
ラゼイヤの紹介にディトは相槌を打っている。その仕草すら可愛らしいものだった。
姉妹達はディトの姿に再び見惚れていたが、その様子を見ていた兄弟達はゴトリルを除いて皆険しい顔をしていた。
「ディトの姿を見て驚くのも無理はない。私達とは真逆だからね」
そう言ったラゼイヤは気落ちした様子で紅茶を啜っている。
「ディトは、綺麗だろう?私達とは似ても似つかないが、これでも同じ親の下で生まれた兄弟なんだ。ただ……あまり会わせたいとは思わなかったのだけどね」
少し不機嫌なのか、触手が忙しなくうねっている。こんな姿も初めて見た。
「私が言うのもなんだが、ディトは本当に美しいと思う。もし私が女性であったなら、……ディトを選ぶだろうさ」
自信なさげにラゼイヤが口にした言葉、それを聞いた姉妹達は我に帰った。
彼の言った通り、ディトは上4人とは比べ物にならないほどの美丈夫だった。
そして姉妹達は婚約の身でありながら、その弟に見惚れていた。
こんな人と婚約を結べたなら……そんなことも思ってしまっていた。
思っただけとは言えど、嫁いだ身でありながら他の男性に、しかもお相手の兄弟にそのような感情を向けるなど、無礼も甚だしいものだった。
先ほど鬼気迫る視線を向けていたバルフレも、歯軋りをやめなかったラトーニァのことも、今思えばこのことを予測していたからかもしれない。
そう考えるだけで、姉妹達はいたたまれなくなった。
恥を感じるとはこのような感覚なのであろう。
「本当に自分は婚約者として相応しいのか」と。
姉妹達が何か言おうにも、今此処では全てが言い訳になってしまうだろう。この時だけは、饒舌なエミリアも空気を読んで押し黙っていた。
しかし、この場の空気を一変するかのように、ディトが声を上げた。
「兄さん達は相変わらずだね。もっと自信持ってよ!僕の自慢の兄さん達なんだから!!」
ディトが放ったその言葉は、上辺だけには聞こえないほど鮮明だった。
「もう婚約済ませたんでしょ?ゴト兄さんはともかく、他のみんなはまだそんなことで悩んでるの?大体、僕もう既婚者だよ?そんなに心配する必要無いんじゃない?」
あっけらかんと言うディトに、食事中のゴトリルを除いた全員が顔を向けた。
姉妹達は当然、ディトが所帯持ちであることに驚いていたが、彼の容姿を見直して納得はついた。
そんな姉妹達に対して、バルフレは冷たい視線を、ラトーニァは親指の爪を噛みながら、ラゼイヤは困った表情をディトに向けていた。
「……あのなぁ、ディト。婚約とはそう簡単に行くものではないんだ。お前みたいにトントン拍子で進むわけないだろう」
「相思相愛ならできることだよ」
「いや、だからね。私達はまだその段階ではないから」
「でも、婚約はしたんでしょ?だったらもっとアピールとかしないと」
「公爵であることを忘れたか。そんなはしたない真似してどうする」
「異性交遊にはしたないも何もないよ!」
「語弊が生じる発言はやめなさい」
ディトとラゼイヤは、周りのことなどそっちのけで議論している。ディトの言葉に頭を抱えているラゼイヤも新鮮なものである。
今まで余裕ある姿勢を崩さなかったラゼイヤが末っ子に困らされているのを見て、オリビアは不思議な気分になっていた。
しかし、次第に熱を帯び始めた議論に姉妹達も焦りを感じ、他の兄弟達に視線を送ったが……誰も関わりたくないのだろう、目を逸らしていた。ゴトリルはテーブルの食事に目を向けていたが。
その時、終わらない話し合いに業を煮やしたディトが、堰を切ったように大声を上げた。
「兄さん達だって、好きな人と婚約できたんだからもっと積極的になれば良いじゃん!!ハグとかキスとかしてさ!!」
次の瞬間、ディトとゴトリル以外の公爵全員が飲んでいた紅茶を吹き出したのは言うまでもない。
0
お気に入りに追加
158
あなたにおすすめの小説
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。

人質王女の婚約者生活(仮)〜「君を愛することはない」と言われたのでひとときの自由を満喫していたら、皇太子殿下との秘密ができました〜
清川和泉
恋愛
幼い頃に半ば騙し討ちの形で人質としてブラウ帝国に連れて来られた、隣国ユーリ王国の王女クレア。
クレアは皇女宮で毎日皇女らに下女として過ごすように強要されていたが、ある日属国で暮らしていた皇太子であるアーサーから「彼から愛されないこと」を条件に婚約を申し込まれる。
(過去に、婚約するはずの女性がいたと聞いたことはあるけれど…)
そう考えたクレアは、彼らの仲が公になるまでの繋ぎの婚約者を演じることにした。
移住先では夢のような好待遇、自由な時間をもつことができ、仮初めの婚約者生活を満喫する。
また、ある出来事がきっかけでクレア自身に秘められた力が解放され、それはアーサーとクレアの二人だけの秘密に。行動を共にすることも増え徐々にアーサーとの距離も縮まっていく。
「俺は君を愛する資格を得たい」
(皇太子殿下には想い人がいたのでは。もしかして、私を愛せないのは別のことが理由だった…?)
これは、不遇な人質王女のクレアが不思議な力で周囲の人々を幸せにし、クレア自身も幸せになっていく物語。

失った真実の愛を息子にバカにされて口車に乗せられた
しゃーりん
恋愛
20数年前、婚約者ではない令嬢を愛し、結婚した現国王。
すぐに産まれた王太子は2年前に結婚したが、まだ子供がいなかった。
早く後継者を望まれる王族として、王太子に側妃を娶る案が出る。
この案に王太子の返事は?
王太子である息子が国王である父を口車に乗せて側妃を娶らせるお話です。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

嫁ぎ先(予定)で虐げられている前世持ちの小国王女はやり返すことにした
基本二度寝
恋愛
小国王女のベスフェエラには前世の記憶があった。
その記憶が役立つ事はなかったけれど、考え方は王族としてはかなり柔軟であった。
身分の低い者を見下すこともしない。
母国では国民に人気のあった王女だった。
しかし、嫁ぎ先のこの国に嫁入りの準備期間としてやって来てから散々嫌がらせを受けた。
小国からやってきた王女を見下していた。
極めつけが、周辺諸国の要人を招待した夜会の日。
ベスフィエラに用意されたドレスはなかった。
いや、侍女は『そこにある』のだという。
なにもかけられていないハンガーを指差して。
ニヤニヤと笑う侍女を見て、ベスフィエラはカチンと来た。
「へぇ、あぁそう」
夜会に出席させたくない、王妃の嫌がらせだ。
今までなら大人しくしていたが、もう我慢を止めることにした。
タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒―
私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。
「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」
その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。
※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる