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事の発端
大目玉
しおりを挟む王宮内は、騒然としていた。
玉座の間では、アグナスが拳を握り締めて激昂している。アグナスの目の前には左頬を押さえたまま蹲っているロズワートと、その傍で恐怖に震えるアレッサの姿があった。
「……貴様は、大馬鹿者だ」
「ち、父上……」
「『ガルシア辺境伯の令嬢がラヴェルト公爵家と婚約したがっているから婚約者として送ってやる代わりに自国と契約せよ』だと?それが隣国の最高権利者に出す手紙だとでも言うのか!?」
「そんな、相手は公爵では……」
「ベルフェナールの統治者はラヴェルト公爵家だ!位など儂と同等……否、ラヴェルト公爵家の存在はそれ以上だ!!それを『送ってやる』だと?いつからそこまで偉くなったというのだ貴様は!!」
「し、しかし……」
「そしてガルシア辺境伯には何と送った?『姉妹令嬢は皆ベルフェナールに縁談を持ち込んだ』……この一文で済ませたのか!!」
アグナスの怒りは頂点に達している。もはや誰が何を言おうと聞かないだろう。
「礼儀知らずにも程がある!!貴様が今まで学んでいた教育は何だというのだ!?ベルフェナールについても、ガルシア辺境伯についても学ぶ筈だ!!なのに貴様ときたら、ガルシア令嬢と学んだことは何も無いのか!?」
「ガルシア……」
アグナスに言われたことに、ロズワートは昔のことを思い返した。
ガルシア令嬢はよく、勤勉に励んでいた。
皆は将来、王妃になった時国に恥じぬようにと言ったが、ロズワートはこの時から勉学にも、ガルシア令嬢に興味を抱いていなかった。
オリビアはロズワートよりも二つ年上であったのだが、彼は年上の女という立ち位置のオリビアを年増に見ていた。年上は好みではなかった。
ルーナは姉妹の中で一番芋っぽい顔をしていた。醜女ではないが美人でもない。中の下くらいの顔つきだった。皆が口を揃えて可憐だと言うあの笑顔も然程大したことない。
ロズワートからしたら、ルーナの顔は圏外だった。
エレノアは、よくわからない。話す内容も謎だし価値観も謎だ。しかも時々重めの言葉を豪速球で投げてくることもあった。此方が認めたくない非を平然と言ってくるので癪に触る。だから話したくなかった。
クロエはあの中で一番餓鬼だった。年増の趣味は無いが餓鬼は論外だ。それに男みたいに元気で可愛げも無い。女のくせに生意気な奴だという印象が強かった。ロズワートが一番嫌いな相手だった。
そして、ガルシアが勧めてきた書物も見るやると口では言ったが、全て部屋の片隅に放り捨てて手につけることは一度もなかった。
通っていた学園での授業も一切耳に通さず、試験の日はアグナスにも秘密で自分の権力を駆使して試験内容を受け取り、見事満点を取り続けていた。
そして1年前にアレッサが婚約候補者として名乗り出た時は、歓喜していた。
アレッサはオリビアのような年増ではなく自分よりも年下で、顔もルーナより断然美人だった。話す内容もエレノアのような奇想天外ではなく自分がよく知るものだったり、クロエと違って生意気な態度は取らず愛嬌で満ちていた。
そんなアレッサに惚れたというのに、ガルシア令嬢と婚約している意味がないと思った。
だから婚約破棄してベルフェナールに追いやったというのに、まさかこんなことになるとは思わなかったロズワート。
あの時教科書に目でも通しておけば、このような事態は免れたのかもしれないが、ロズワートのとこである。すぐに忘れてしまっていただろう。
「国の未来を1年ばかりの女のために捨ておって!!そもそも無理矢理婚約候補に入った貴様も同罪なのだぞ!?わかっているのか!!」
「ひっ…………」
アグナスの怒号に浴びせられたアレッサは腰が抜けてしまった。先ほどの余裕を誇った笑みはすっかり崩れてしまっている。
「どうすればいいのだ……ガルシア辺境伯に何と言えば……」
アグナスは生気を失った顔でブツブツと呟いている。
自分が何をしでかしたのか、どれだけ大事になったのか、今まで学ぶ努力をしていなかったロズワートは事の重大さを未だに理解できていなかった。
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