四人の令嬢と公爵と

オゾン層

文字の大きさ
上 下
12 / 101
事の発端

成立

しおりを挟む



「だが、そのまま婚約というのは他の方は嫌なのでは?」


 不意に、ラゼイヤが投げかけてきた言葉に姉妹達は我に帰る。
 エレノアの筋が通ったとして、他の皆はどうかというラゼイヤなりの優しさが伝わってきた。

 と言っても、このまま遠慮すれば確実に生活するための支援を彼らはしてくるだろう。支援の話をしていた時のラゼイヤの目は本気マジだった。
 それだけは申し訳が立たない。


「……いえ、私は構いません」


 オリビアは静かにそう言った。


「私も構いません」


 ルーナも前に出る。


「私も!」


 クロエも慌てて前に出た。

 結局、迷いに迷った姉妹の背中を押したのはエレノアであった。


「おや?良いのかい?別にそんな無理をしなくとも」

「いいえ。公爵様にこれ以上のご迷惑をおかけしたくは御座いません。それに、無断といえど国同士の契約。この婚約を破棄するつもりなどありません」

「国同士かぁ……うん。そうとも言えるね」


 ラゼイヤは納得した様子で、深く息を吐いていた。溜息にも似たそれはオリビアに暫しの緊張を与えたが、ラゼイヤが口角を上げたことですぐに解けた。


「まぁ、ならこの話は成立したということで。それじゃあ、婚約者についてなんだが……誰か希望はあるかな?此方側はあまり良いのは揃っていないが」


 ラゼイヤが自虐的にそう言うと、真っ先に手を上げたのはゴトリルだった。


「兄貴!俺こいつがいい!!」

「…………へ?」


 そう言ってゴトリルが指差したのは、クロエだった。

 クロエの心を置き去りにして、ゴトリルはクロエの体を軽々と抱き上げる。あまりに短い時間で行われたその行為に、頭が追い付いた頃にはクロエの顔が真っ赤だった。


「さっきも思ったけどすげー可愛いんだよなぁ。だからこいつ!」

「え……えぇぇえええええっ!!!!?」


 ニカッ!と擬音が現れそうな笑顔でゴトリルはクロエを見つめているが、クロエはそれどころではない。自分よりも遥かに巨大なおとこに抱えられている不安と恐怖、そして二度目の「可愛い」発言に羞恥でおかしくなりそうだった。
 あまりに唐突すぎて令嬢らしからぬ声を上げてしまった。


「ゴトリル、お相手の許可も無しに決めようとするんじゃない」

「えー?やだよ。俺こいつがいいもん」

「ワガママ言うんじゃない。降ろしてあげなさい」


 ラゼイヤが諭すとゴトリルはクロエの体をゆっくりと下に降ろしてあげたが、四つの腕は彼女の両肩と両腕を優しくしっかりと掴んでいる。
 明らかに拒否権が無い。この状況にクロエは困惑していた。

 まだ出会ったばかりの殿方に迫られるのはクロエがかつて経験したことのない事象である。だからこそ、今この場で最も動揺していたのはクロエだった。


「わ、私は可愛くなどありません!!それに、他の令嬢様と比べても私なんて女性的なところは全くありませんよ!?良いんですか!?」

「んなこと言ったってよぉ、俺女と大して会ったことねぇからわかんねぇし、あとお前みたいに元気一杯な方が楽しいじゃんか!」

「げんき……?」

「おう!駄目か?」


 笑顔で押し通そうとするゴトリルと、押されかけてるクロエ。結果は一目瞭然だった。


「……で、では…………よろしくお願いします」


 クロエが、折れた。
 顔は真っ赤。ゴトリルからは目を逸らしたまま。


「マジで!やったぜ!!」

「ひゃあ!?」


 了承を受けたのが本当に嬉しかったようで、ゴトリルはクロエを再び抱き抱えてくるくると振り回している。振り回すといってもそこまで乱暴にではないが、クロエからしたら十分乱暴だった。


「ゴトリル、令嬢を振り回すのは公爵以前のマナー違反ではないかな?」

「嬉しくて仕方無ぇんだ!!これくらい許してくれよ!」


 今のゴトリルにはラゼイヤの言葉も意味を成さないらしい。腕の中のクロエは目を回していた。


「……さて、あちらは勝手に決まってしまったが、どうか大目に見てやってくれ。彼奴はいつもああなんだ」


 ラゼイヤは困った様子で謝罪してきたが、姉妹からすれば此方は選ばれる側なのだから当然のことではないかとも思っていた。


「ええと、それじゃあ今度こそ……」


 ラゼイヤが仕切り直そうとしたその時、


「エレノア」


 ……自己紹介以降一言も発さなかったバルフレが、唐突に三女の名を呼んだ。


「あら、私ですの?」


 エレノアは予想外だったらしく、キョトンとした顔でバルフレを見つめている。それに対してバルフレがエレノアに向ける視線は何処までも赤く、冷たいものだった。

 エレノアはしばらくの間考え込んでいる様子だったが、すぐにいつもの明るい笑みに戻り、自分の名を呼んだバルフレのもとに歩み寄った。


「なんだかよくわかりませんが、貴方様の婚約者になればよろしいですのね。よろしくお願いしますわ!えーっと……」

「バルフレ」

「そうでしたわ!バルフレ様」


 相手の名前を既に忘れていたことは如何なものかと思われるが、バルフレはそれに対しても無反応であった。
 エレノアはバルフレの無機質さに気付いているのかいないのか、笑顔でバルフレの真顔を覗いている。


「いつから弟達はこんな我儘ワガママに育ったんだ……」


 ラヴェルトは呆れて項垂れている。しかし、何かの視線に気付いたようで、そちらに目を向けた。


「……ラトーニァ。まさかお前もか?」

「…………」


 ラヴェルトの問いに、ラトーニァは恐る恐る頷く。


「……誰なんだ?」

「……うぁ、ええっと…………」


 ラトーニァはあわあわとした様子で動揺が隠しきれていなかったが、決心がついたように人差し指をその者へ向けた。


「……え?」


 指先にいたのは、ルーナだった。
 明らかに困惑しているルーナに、ラトーニァはますます挙動がおかしくなる。


「あ、あの、ごめんなさい。僕、えっと、その、あ、貴女が、良くて…貴女と婚約したいなぁって、思っただけで、えっと、その、い、嫌なら、言ってください、その……ごめんなさい」


 たどたどしく言葉を連ねるラトーニァだったが、最後に関しては殆ど聞こえないほどの音量で喋っていた。一通り話したのか、ラトーニァはその後ずっと俯いて身をよじっている。
 羞恥心とも取れるが、何処か自信なさげなのも気になる。

 そんなラトーニァにルーナはゆっくりと歩み寄り、優しく話しかけた。


「ラトーニァ様、どうかお顔を上げてくださいませ。私はその婚約、心よりお受けいたします」

「…………え?い、いいの?僕だよ?」

「そんなの関係ありませんわ。こうして選ばれたことすら有難いことですもの」

「そう?そう、なら良いけど……」

「はい。よろしくお願いします。ラトーニァ様」

「えっと、えっと……よろしくお願いします」


 ルーナがお辞儀すると同時に、ラトーニァも見様見真似でお辞儀をする。なんとも異様な光景だが、初心な二人の姿を微笑ましくも思えた。

 そして


「さて……最後に残ってしまったのは私だが、君は良いのかい?」

「私は一向に構いません。貴方様の御心のままに」


 ラゼイヤの言葉に、オリビアはキッパリと答えた。まるで自分には拒否権が無いと言い聞かせるような言動に、ラゼイヤは苦笑いしていた。


「うむ……君がそう言うのなら、私は君を選ぶよ」


 ラゼイヤはオリビアに近付くと、その手を取って唇で触れた。
 自然な振る舞いでされたその行為に、オリビアは目を丸くしていた。


「これからよろしく。オリビア」

「……よろしくお願いします。ラゼイヤ様」


 返答を聞いて微笑むラゼイヤの顔は、不気味であるものの同時に安心感を覚えるもので、オリビアは目が離せなかった。


「……さて、早速だがこの城について詳しく話そう。令嬢様を住ませるのだから、ある程度のことは教えてあげないとね」


 ラゼイヤはオリビアの手を優しく握ると、部屋へ出る扉に手をかけた。
 あまりに自然な動きで姉妹はオリビアを除いて誰も気付かなかったが、

 いたはずのギルバートの姿は何処にもなかった。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます

綾月百花   
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

幼馴染がそんなに良いなら、婚約解消いたしましょうか?

ルイス
恋愛
「アーチェ、君は明るいのは良いんだけれど、お淑やかさが足りないと思うんだ。貴族令嬢であれば、もっと気品を持ってだね。例えば、ニーナのような……」 「はあ……なるほどね」 伯爵令嬢のアーチェと伯爵令息のウォーレスは幼馴染であり婚約関係でもあった。 彼らにはもう一人、ニーナという幼馴染が居た。 アーチェはウォーレスが性格面でニーナと比べ過ぎることに辟易し、婚約解消を申し出る。 ウォーレスも納得し、婚約解消は無事に成立したはずだったが……。 ウォーレスはニーナのことを大切にしながらも、アーチェのことも忘れられないと言って来る始末だった……。

婚約破棄? 私、この国の守護神ですが。

国樹田 樹
恋愛
王宮の舞踏会場にて婚約破棄を宣言された公爵令嬢・メリザンド=デラクロワ。 声高に断罪を叫ぶ王太子を前に、彼女は余裕の笑みを湛えていた。 愚かな男―――否、愚かな人間に、女神は鉄槌を下す。 古の盟約に縛られた一人の『女性』を巡る、悲恋と未来のお話。 よくある感じのざまぁ物語です。 ふんわり設定。ゆるーくお読みください。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

許婚と親友は両片思いだったので2人の仲を取り持つことにしました

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<2人の仲を応援するので、どうか私を嫌わないでください> 私には子供のころから決められた許嫁がいた。ある日、久しぶりに再会した親友を紹介した私は次第に2人がお互いを好きになっていく様子に気が付いた。どちらも私にとっては大切な存在。2人から邪魔者と思われ、嫌われたくはないので、私は全力で許嫁と親友の仲を取り持つ事を心に決めた。すると彼の評判が悪くなっていき、それまで冷たかった彼の態度が軟化してきて話は意外な展開に・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

悪役令嬢のビフォーアフター

すけさん
恋愛
婚約者に断罪され修道院に行く途中に山賊に襲われた悪役令嬢だが、何故か死ぬことはなく、気がつくと断罪から3年前の自分に逆行していた。 腹黒ヒロインと戦う逆行の転生悪役令嬢カナ! とりあえずダイエットしなきゃ! そんな中、 あれ?婚約者も何か昔と態度が違う気がするんだけど・・・ そんな私に新たに出会いが!! 婚約者さん何気に嫉妬してない?

タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒― 私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。 「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」 その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。 ※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています

処理中です...