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事の発端
成立
しおりを挟む「だが、そのまま婚約というのは他の方は嫌なのでは?」
不意に、ラゼイヤが投げかけてきた言葉に姉妹達は我に帰る。
エレノアの筋が通ったとして、他の皆はどうかというラゼイヤなりの優しさが伝わってきた。
と言っても、このまま遠慮すれば確実に生活するための支援を彼らはしてくるだろう。支援の話をしていた時のラゼイヤの目は本気だった。
それだけは申し訳が立たない。
「……いえ、私は構いません」
オリビアは静かにそう言った。
「私も構いません」
ルーナも前に出る。
「私も!」
クロエも慌てて前に出た。
結局、迷いに迷った姉妹の背中を押したのはエレノアであった。
「おや?良いのかい?別にそんな無理をしなくとも」
「いいえ。公爵様にこれ以上のご迷惑をおかけしたくは御座いません。それに、無断といえど国同士の契約。この婚約を破棄するつもりなどありません」
「国同士かぁ……うん。そうとも言えるね」
ラゼイヤは納得した様子で、深く息を吐いていた。溜息にも似たそれはオリビアに暫しの緊張を与えたが、ラゼイヤが口角を上げたことですぐに解けた。
「まぁ、ならこの話は成立したということで。それじゃあ、婚約者についてなんだが……誰か希望はあるかな?此方側はあまり良いのは揃っていないが」
ラゼイヤが自虐的にそう言うと、真っ先に手を上げたのはゴトリルだった。
「兄貴!俺こいつがいい!!」
「…………へ?」
そう言ってゴトリルが指差したのは、クロエだった。
クロエの心を置き去りにして、ゴトリルはクロエの体を軽々と抱き上げる。あまりに短い時間で行われたその行為に、頭が追い付いた頃にはクロエの顔が真っ赤だった。
「さっきも思ったけどすげー可愛いんだよなぁ。だからこいつ!」
「え……えぇぇえええええっ!!!!?」
ニカッ!と擬音が現れそうな笑顔でゴトリルはクロエを見つめているが、クロエはそれどころではない。自分よりも遥かに巨大な漢に抱えられている不安と恐怖、そして二度目の「可愛い」発言に羞恥でおかしくなりそうだった。
あまりに唐突すぎて令嬢らしからぬ声を上げてしまった。
「ゴトリル、お相手の許可も無しに決めようとするんじゃない」
「えー?やだよ。俺こいつがいいもん」
「ワガママ言うんじゃない。降ろしてあげなさい」
ラゼイヤが諭すとゴトリルはクロエの体をゆっくりと下に降ろしてあげたが、四つの腕は彼女の両肩と両腕を優しくしっかりと掴んでいる。
明らかに拒否権が無い。この状況にクロエは困惑していた。
まだ出会ったばかりの殿方に迫られるのはクロエがかつて経験したことのない事象である。だからこそ、今この場で最も動揺していたのはクロエだった。
「わ、私は可愛くなどありません!!それに、他の令嬢様と比べても私なんて女性的なところは全くありませんよ!?良いんですか!?」
「んなこと言ったってよぉ、俺女と大して会ったことねぇからわかんねぇし、あとお前みたいに元気一杯な方が楽しいじゃんか!」
「げんき……?」
「おう!駄目か?」
笑顔で押し通そうとするゴトリルと、押されかけてるクロエ。結果は一目瞭然だった。
「……で、では…………よろしくお願いします」
クロエが、折れた。
顔は真っ赤。ゴトリルからは目を逸らしたまま。
「マジで!やったぜ!!」
「ひゃあ!?」
了承を受けたのが本当に嬉しかったようで、ゴトリルはクロエを再び抱き抱えてくるくると振り回している。振り回すといってもそこまで乱暴にではないが、クロエからしたら十分乱暴だった。
「ゴトリル、令嬢を振り回すのは公爵以前のマナー違反ではないかな?」
「嬉しくて仕方無ぇんだ!!これくらい許してくれよ!」
今のゴトリルにはラゼイヤの言葉も意味を成さないらしい。腕の中のクロエは目を回していた。
「……さて、あちらは勝手に決まってしまったが、どうか大目に見てやってくれ。彼奴はいつもああなんだ」
ラゼイヤは困った様子で謝罪してきたが、姉妹からすれば此方は選ばれる側なのだから当然のことではないかとも思っていた。
「ええと、それじゃあ今度こそ……」
ラゼイヤが仕切り直そうとしたその時、
「エレノア」
……自己紹介以降一言も発さなかったバルフレが、唐突に三女の名を呼んだ。
「あら、私ですの?」
エレノアは予想外だったらしく、キョトンとした顔でバルフレを見つめている。それに対してバルフレがエレノアに向ける視線は何処までも赤く、冷たいものだった。
エレノアはしばらくの間考え込んでいる様子だったが、すぐにいつもの明るい笑みに戻り、自分の名を呼んだバルフレのもとに歩み寄った。
「なんだかよくわかりませんが、貴方様の婚約者になればよろしいですのね。よろしくお願いしますわ!えーっと……」
「バルフレ」
「そうでしたわ!バルフレ様」
相手の名前を既に忘れていたことは如何なものかと思われるが、バルフレはそれに対しても無反応であった。
エレノアはバルフレの無機質さに気付いているのかいないのか、笑顔でバルフレの真顔を覗いている。
「いつから弟達はこんな我儘に育ったんだ……」
ラヴェルトは呆れて項垂れている。しかし、何かの視線に気付いたようで、そちらに目を向けた。
「……ラトーニァ。まさかお前もか?」
「…………」
ラヴェルトの問いに、ラトーニァは恐る恐る頷く。
「……誰なんだ?」
「……うぁ、ええっと…………」
ラトーニァはあわあわとした様子で動揺が隠しきれていなかったが、決心がついたように人差し指をその者へ向けた。
「……え?」
指先にいたのは、ルーナだった。
明らかに困惑しているルーナに、ラトーニァはますます挙動がおかしくなる。
「あ、あの、ごめんなさい。僕、えっと、その、あ、貴女が、良くて…貴女と婚約したいなぁって、思っただけで、えっと、その、い、嫌なら、言ってください、その……ごめんなさい」
たどたどしく言葉を連ねるラトーニァだったが、最後に関しては殆ど聞こえないほどの音量で喋っていた。一通り話したのか、ラトーニァはその後ずっと俯いて身を捩っている。
羞恥心とも取れるが、何処か自信なさげなのも気になる。
そんなラトーニァにルーナはゆっくりと歩み寄り、優しく話しかけた。
「ラトーニァ様、どうかお顔を上げてくださいませ。私はその婚約、心よりお受けいたします」
「…………え?い、いいの?僕だよ?」
「そんなの関係ありませんわ。こうして選ばれたことすら有難いことですもの」
「そう?そう、なら良いけど……」
「はい。よろしくお願いします。ラトーニァ様」
「えっと、えっと……よろしくお願いします」
ルーナがお辞儀すると同時に、ラトーニァも見様見真似でお辞儀をする。なんとも異様な光景だが、初心な二人の姿を微笑ましくも思えた。
そして
「さて……最後に残ってしまったのは私だが、君は良いのかい?」
「私は一向に構いません。貴方様の御心のままに」
ラゼイヤの言葉に、オリビアはキッパリと答えた。まるで自分には拒否権が無いと言い聞かせるような言動に、ラゼイヤは苦笑いしていた。
「うむ……君がそう言うのなら、私は君を選ぶよ」
ラゼイヤはオリビアに近付くと、その手を取って唇で触れた。
自然な振る舞いでされたその行為に、オリビアは目を丸くしていた。
「これからよろしく。オリビア」
「……よろしくお願いします。ラゼイヤ様」
返答を聞いて微笑むラゼイヤの顔は、不気味であるものの同時に安心感を覚えるもので、オリビアは目が離せなかった。
「……さて、早速だがこの城について詳しく話そう。令嬢様を住ませるのだから、ある程度のことは教えてあげないとね」
ラゼイヤはオリビアの手を優しく握ると、部屋へ出る扉に手をかけた。
あまりに自然な動きで姉妹はオリビアを除いて誰も気付かなかったが、
いたはずのギルバートの姿は何処にもなかった。
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