四人の令嬢と公爵と

オゾン層

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事の発端

拭うもの

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「おう、なんかよくわかんねぇけど、気に障ったんなら悪かったな」


 たくましい声が、クロエの嗚咽を遮る。
 するとクロエの顔を覆っていた両手は剥がされ、泣き腫らした目元の涙を何かが拭った。
 クロエが拭われてない右目を開けて見てみると、そこには厚みがありゴツゴツとした褐色の手があった。
 クロエの左目から溢れる涙は太い指で優しく拭われている。それも肌が擦れてしまわないよう細心の注意を払って触れられていた。
 そして、今自分の涙を拭っている同じく逞しい褐色の腕2本が、クロエの両腕を抑えていた。

 何故こんなにも腕があるのかと、また、突然の出来事に困惑していたクロエが目線を正面に向けると、ゴトリルの顔が間近にあった。


「でもあんま泣くと目腫れちまうぞ?」

「へっ…………!!!!?」


 さも当然のように心配するゴトリルの顔を目の前で見てしまったクロエは、驚きのあまり後ろへ倒れそうになったが、彼が腕を引っ張ったことで転ぶことはなく、先ほどよりも距離が縮まった。


「危ねぇじゃねぇか」


両腕を褐色の両手に優しく留められたまま、もう一つある両手で涙を拭われるクロエは、更に近づいてきたゴトリルの顔に頭が真っ白になった。

 ゴトリルは、確かに恐ろしい顔をしている。例えるなら鬼神という類である。鬼というものが何かと聞かれたのなら彼を想像するのが一番手っ取り早いと思えるほどには険しい顔だ。ただそんな鬼面とは真逆に口から出す言葉は優しく、クロエを困惑させるのは容易かった。


「あ、あの……」

「ん?」

「その、お、お顔が、近いです……」


 クロエが恐る恐る言うと、それに気付いたラゼイヤがゴトリルを引き剥がしてくれた。
 両腕と顔を解放されたクロエは緊張がほぐれたのか力が抜けたようで、隣にいたルーナの肩にもたれかかった。

 一部始終見ていた姉妹は、突然起こった事象に動揺していた。
 ゴトリルがクロエに近づいたかと思うと、クロエの背丈まで屈んで彼女の涙を拭い出したのだから。


「ゴトリル。駄目だろう、女性に対してあの対応は」

「へ?俺なんか悪いことしたか?」

「涙を拭ったのまでは及第点だが、手を掴む、顔をまじまじと覗くのはマナーでは減点対象だよ」

「えー?良いじゃねぇかそれくらい。それにあんな、間近で見たくなるだろ?」

「はい今のセクハラで減点ね」

「マジかよ」


 ゴトリルは引き剥がしてきたラゼイヤと話している。揶揄うようなラゼイヤの注意もゴトリルは笑って返している。互い共仲は良い様子だった。
 しかし、そんな家族らしいやりとりの最中発せられた聞き捨てならない言葉に姉妹……特にクロエは唖然としていた。



 「可愛い」



 以前、ロズワートはクロエに対してこの言葉を投げかけることはなかった。それを惜しげも恥ずかしげもなく言ったゴトリルに、クロエは驚きを隠せなかったのだ。

 ゴトリルにとってはその時の印象を言ったまでであろうが、今まで王妃教育に勤しみ娯楽から離れていた姉妹達には聞き慣れない言葉であったため、言われていない姉妹達も動揺していた。



 そして……その主軸にいるクロエは、真っ赤に染まった顔を伏せることしかできなかった。
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