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《番外編》開演に先立ちまして、ご来場のお客様にお願い申しあげます
(五)
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一か月後。
「それにしても匡哉がまだ二十歳だって、本当に驚きだったわねぇ……って、何でここに本人がいるのよ?」
須藤也耶子が驚くのも無理ない。常盤家の家族団欒の食卓に、荒俣匡哉がちゃっかり入り込んでいるのだから。
「隣の角部屋が空いていたから、今度このマンションに引っ越してくるのよ」
すっかり先生が板についた三保子が、マル秘情報をこっそり教えてくれた。
「え? どうして、ここに? 芸能人って都心のタワーマンションに住んでいるんじゃないですか、悦子先輩?」
「ここだと隣に先生もいるし、セキュリティも申し分ないし……」
「つんちゃんもいるからね!」
紡生はすっかり匡哉に夢中のようだ。
「でも、ここだとテレビ局から遠くないですか? 一般人が住むには申し分ない環境だけど、芸能人が住むようなイメージじゃないですよ」
決してお洒落とは言えない地域だからと、納得いかない也耶子が疑問を投げかける。
「俺にはお洒落な場所とかよくわからないです。ここはJRも都営地下鉄も駅が近いから、移動の点なら問題ないですからね」
「え? え? 電車で移動しているの? 家が買えるくらいの高級車とかじゃなくて?」
「高級車? 運転免許証がないからお話にならないです」
いつもは穏やかな公香が、天下の人気俳優に対して尊大な口をきくとは驚きだ。
「う、宇賀ちゃん。荒俣匡哉に対して当たりが強くない?」
「同期ですから。それに、私の方が年上ですので、その辺は当然です」
これがつかさ芸能事務所の力関係なのだと、也耶子は初めて知った。
「ところで、ご両親はどうされているの?」
今、世間の誰もが知りたいことを、ズバリ三保子が尋ねた。
「とりあえず、今はお試し期間だそうです」
二十一年ぶりに再会した蛯沢と美羽。直ぐにどうこうするわけもなく、これから先のことはゆっくり考えようという方向になったようだ。
「母にとって最初で最後の大恋愛だったようですが……」
なんせ一人で長く居過ぎたという。蛯沢も忘れられない存在だった相手を目の前にして、どうしたら良いのか正直戸惑っているらしい。
それは匡哉も同じで、未だに蛯沢を父さんと呼べないらしい。
「一度だけ呼んだんですが、芝居じみているって駄目だしされちゃいました。でも、俺の方は親子だから何とかなりますが……」
他人同士の二人にはまだまだ時間が必要らしい。だから、試しに友人から始めて様子を見ようとなったそうだ。
「あらまあ、可愛い選択をしたのね」
「でも、ずっとのろけっ放しだから、正直鬱陶しいです」
そして、これを機に長年疎遠になっていた祖父母とも和解したそうだ。いきなり若手ナンバーワンと言われる人気俳優が孫だと知り、祖父母も動揺し驚きを隠せなかったらしい。
今まで伯母だと思っていた町村和美が母親の元マネージャーだと知りショックを受けたそうだが、血の繋がりよりも深い絆があると再認識できたそうだ。
ずっと自分の気薄な人間関係を憂い、匡哉は結婚披露宴や葬儀告別式などの代理出席人を好んでしていたという。
「それじゃあ、もう代理出席人の仕事はお終いにするの?」
「いえ、もうしばらくは続けます。家族再生のヒントが見つかるかもしれませんからね」
「きっと、全部上手くいくわよ」
「はい。そうなることを願っています」
「それよりも、本当にこのマンションに越してくるの?」
なかなか信じられない也耶子が再び尋ねる。悦子いわくこのマンションはつかさ芸能事務所の社宅扱いなので、匡哉だけでなく所属タレントなら誰でも住めるという。
「それなら、きみ姉も住めるってことでしょう? 引っ越してくれば? ねぇ、一緒に住もうよ」
「な、な、何てことを言うのよ、みんなの前で。しゃ、社長、何とか言ってくださいよ」
匡哉の問題発言で、公香は耳まで真っ赤になっている。
「うちは社内恋愛OKだから大丈夫、好きにして」
社長に見染められ後妻になった悦子が真顔で言い切る。実は町田和美と旧知の仲だった司社長は全てを飲み込み、匡哉を受け入れたらしい。
「わぁい。それなら、つんちゃんも一緒に住む!」
一応、紡生もつかさ芸能事務所に所属している。
「あら、あら。つんちゃんには、まだ同棲は早いわよ」
「そんなことより、紡生。肉が焼けたぞ」
今までの会話を聞いたはずなのに、三保子は冷静にスルーした。そして、真司はその辺りが鈍感そうなので、全く勘付いていないようだ。
「……人生ってなるようにしかならないから」
人は出会い、別れ、自分の道を歩んでいく。也耶子も悦子も伴侶に出会い、悲しい別れを経験していた。
「せっかく出会ったのなら、楽しい時を共有した方が幸せじゃない?」
だから、悦子は代理出席人の仕事も大事にしたいという。
「でも悦子先輩、私たちにはまだ次の出会いはなさそうですね」
「あら、わからないわよ。もうとっくに出会っているかもしれない」
「そうですかね?」
「出会いは男女間だけじゃないでしょう? そう考えたら、也耶子にだって良縁があるんじゃないかしら」
「そうですね、そういわれれば……」
悦子と再会し、始めた代理出席人。数々の出会いがあり、縁が結ばれてきた。
「也耶子ちゃん、今日しょんちゃんは?」
「じぃじが福島から来ているから、横浜のばぁばの家よ」
「ふぅん、そっか」
「寂しい?」
「うぅん、また会えるから寂しくないよ。でも、しょんちゃんはどうかな?」
「どうだろう? もしかしたら、つんちゃんに会いたがっているかもしれないね」
「今度遊びに来るように、横浜のばぁばにお願いしてね」
「わかった、伝えておく」
いつの間にか也耶子も皆と不思議な縁で結ばれている。そして、それが当たり前になっている。
「しょんちゃんって、誰? 教えて、つんちゃん」
二人の会話に興味を持った匡哉が割り込んできた。
「あのね、しょんちゃんはね……」
一見すると楽しい家族の団欒だが、私たちは寄せ集めの他人同士。それなのに、こんなに楽しい時間を共有できるのだから、人生は捨てたものではない。
――神様はいつも私に優しい。だから、私は大丈夫。
こうやって根拠のない言葉を呟いて、自分自身を励ます。
「次はどんな出会いが待っているかなぁ」
きっと明日も今日以上に楽しい日がやって来ると願いながら……
「それにしても匡哉がまだ二十歳だって、本当に驚きだったわねぇ……って、何でここに本人がいるのよ?」
須藤也耶子が驚くのも無理ない。常盤家の家族団欒の食卓に、荒俣匡哉がちゃっかり入り込んでいるのだから。
「隣の角部屋が空いていたから、今度このマンションに引っ越してくるのよ」
すっかり先生が板についた三保子が、マル秘情報をこっそり教えてくれた。
「え? どうして、ここに? 芸能人って都心のタワーマンションに住んでいるんじゃないですか、悦子先輩?」
「ここだと隣に先生もいるし、セキュリティも申し分ないし……」
「つんちゃんもいるからね!」
紡生はすっかり匡哉に夢中のようだ。
「でも、ここだとテレビ局から遠くないですか? 一般人が住むには申し分ない環境だけど、芸能人が住むようなイメージじゃないですよ」
決してお洒落とは言えない地域だからと、納得いかない也耶子が疑問を投げかける。
「俺にはお洒落な場所とかよくわからないです。ここはJRも都営地下鉄も駅が近いから、移動の点なら問題ないですからね」
「え? え? 電車で移動しているの? 家が買えるくらいの高級車とかじゃなくて?」
「高級車? 運転免許証がないからお話にならないです」
いつもは穏やかな公香が、天下の人気俳優に対して尊大な口をきくとは驚きだ。
「う、宇賀ちゃん。荒俣匡哉に対して当たりが強くない?」
「同期ですから。それに、私の方が年上ですので、その辺は当然です」
これがつかさ芸能事務所の力関係なのだと、也耶子は初めて知った。
「ところで、ご両親はどうされているの?」
今、世間の誰もが知りたいことを、ズバリ三保子が尋ねた。
「とりあえず、今はお試し期間だそうです」
二十一年ぶりに再会した蛯沢と美羽。直ぐにどうこうするわけもなく、これから先のことはゆっくり考えようという方向になったようだ。
「母にとって最初で最後の大恋愛だったようですが……」
なんせ一人で長く居過ぎたという。蛯沢も忘れられない存在だった相手を目の前にして、どうしたら良いのか正直戸惑っているらしい。
それは匡哉も同じで、未だに蛯沢を父さんと呼べないらしい。
「一度だけ呼んだんですが、芝居じみているって駄目だしされちゃいました。でも、俺の方は親子だから何とかなりますが……」
他人同士の二人にはまだまだ時間が必要らしい。だから、試しに友人から始めて様子を見ようとなったそうだ。
「あらまあ、可愛い選択をしたのね」
「でも、ずっとのろけっ放しだから、正直鬱陶しいです」
そして、これを機に長年疎遠になっていた祖父母とも和解したそうだ。いきなり若手ナンバーワンと言われる人気俳優が孫だと知り、祖父母も動揺し驚きを隠せなかったらしい。
今まで伯母だと思っていた町村和美が母親の元マネージャーだと知りショックを受けたそうだが、血の繋がりよりも深い絆があると再認識できたそうだ。
ずっと自分の気薄な人間関係を憂い、匡哉は結婚披露宴や葬儀告別式などの代理出席人を好んでしていたという。
「それじゃあ、もう代理出席人の仕事はお終いにするの?」
「いえ、もうしばらくは続けます。家族再生のヒントが見つかるかもしれませんからね」
「きっと、全部上手くいくわよ」
「はい。そうなることを願っています」
「それよりも、本当にこのマンションに越してくるの?」
なかなか信じられない也耶子が再び尋ねる。悦子いわくこのマンションはつかさ芸能事務所の社宅扱いなので、匡哉だけでなく所属タレントなら誰でも住めるという。
「それなら、きみ姉も住めるってことでしょう? 引っ越してくれば? ねぇ、一緒に住もうよ」
「な、な、何てことを言うのよ、みんなの前で。しゃ、社長、何とか言ってくださいよ」
匡哉の問題発言で、公香は耳まで真っ赤になっている。
「うちは社内恋愛OKだから大丈夫、好きにして」
社長に見染められ後妻になった悦子が真顔で言い切る。実は町田和美と旧知の仲だった司社長は全てを飲み込み、匡哉を受け入れたらしい。
「わぁい。それなら、つんちゃんも一緒に住む!」
一応、紡生もつかさ芸能事務所に所属している。
「あら、あら。つんちゃんには、まだ同棲は早いわよ」
「そんなことより、紡生。肉が焼けたぞ」
今までの会話を聞いたはずなのに、三保子は冷静にスルーした。そして、真司はその辺りが鈍感そうなので、全く勘付いていないようだ。
「……人生ってなるようにしかならないから」
人は出会い、別れ、自分の道を歩んでいく。也耶子も悦子も伴侶に出会い、悲しい別れを経験していた。
「せっかく出会ったのなら、楽しい時を共有した方が幸せじゃない?」
だから、悦子は代理出席人の仕事も大事にしたいという。
「でも悦子先輩、私たちにはまだ次の出会いはなさそうですね」
「あら、わからないわよ。もうとっくに出会っているかもしれない」
「そうですかね?」
「出会いは男女間だけじゃないでしょう? そう考えたら、也耶子にだって良縁があるんじゃないかしら」
「そうですね、そういわれれば……」
悦子と再会し、始めた代理出席人。数々の出会いがあり、縁が結ばれてきた。
「也耶子ちゃん、今日しょんちゃんは?」
「じぃじが福島から来ているから、横浜のばぁばの家よ」
「ふぅん、そっか」
「寂しい?」
「うぅん、また会えるから寂しくないよ。でも、しょんちゃんはどうかな?」
「どうだろう? もしかしたら、つんちゃんに会いたがっているかもしれないね」
「今度遊びに来るように、横浜のばぁばにお願いしてね」
「わかった、伝えておく」
いつの間にか也耶子も皆と不思議な縁で結ばれている。そして、それが当たり前になっている。
「しょんちゃんって、誰? 教えて、つんちゃん」
二人の会話に興味を持った匡哉が割り込んできた。
「あのね、しょんちゃんはね……」
一見すると楽しい家族の団欒だが、私たちは寄せ集めの他人同士。それなのに、こんなに楽しい時間を共有できるのだから、人生は捨てたものではない。
――神様はいつも私に優しい。だから、私は大丈夫。
こうやって根拠のない言葉を呟いて、自分自身を励ます。
「次はどんな出会いが待っているかなぁ」
きっと明日も今日以上に楽しい日がやって来ると願いながら……
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