64 / 74
白線の内側に下がってお待ちください
(九)
しおりを挟む
東京駅八時八分発のやまびこ一二七号に乗り、九時三十二分に郡山駅に到着した。そのままタクシーで千栄子の宿泊している老舗ホテルへと向う。
「思っていたより寒くないのね」
郡山市は福島県にあっても比較的温暖な気候で、地形的に雪も少ないらしい。指定された時間にホテルのロビーで待っていると、ベビーカーを押した千栄子がエレベーターから降りて来た。
「申し訳ないわね、わざわざ呼び出して。せっかく近くまで来たのだから、郡山周辺の酒蔵にも足を延ばしたくなったのよ」
「それなら私と士温は用なしですね。このまま東京に帰っても良いですか?」
「十三時頃に一旦戻って来るから、一緒にお昼を食べましょう。良い思い出はないかもしれないけど、あなただって色々と思うところがあるでしょう?」
「了解しました。それじゃあ、さっそく士温と二人で散歩にでも出かけてきます」
事前に調べてきた情報によると、ホテル周辺にはたくさんの公園が点在している。その中から少し距離はあるが、歴史ある開成山公園を選んだ。ホテルから直線距離にあるから、迷うこともないだろう。ベビーカーに乗っている士温に話しかける。
「散歩なんだから、少し遠い方が楽しいわよね。お父さんが最後に見た景色かもしれないから、よく見ておきなさいよ」
「あぅぅぅぅ」
開成山公園は明治の初めに国家事業としておこなわれた安積開拓時に、灌漑用の池として造成された五十鈴湖を中心に都市公園として整備されたそうだ、公園内には日本最古級のソメイヨシノの他に約千三百本、近隣する開成山大神宮には約二百本の桜が咲き誇るという。
「こんなに良いお天気だもの。賑やかなのは当たり前よね」
早くも園内にある桜の花がちらほらと芽吹き始め、東北地方に春の訪れを知らせているようだ。今月末からは桜まつりも始まるらしく、公園内は陽気につられて活気に満ちていた。
「赤ちゃん、見せてください」
近所の保育園の散歩コースだろうか、紡生くらいの年頃の少女四人がベビーカーの周りを囲んだ。
「可愛い」
「何歳?」
「男の子? 女の子?」
「元気いっぱいだね」
「あぁ、あぁ、やぁあぁ」
人見知りしない士温は初めて会うギャラリーにまで愛嬌を振りまきご満悦だ。広い公園内をぐるりと一周すると、かなりの運動になった。途中で近くのコンビニ立ち寄って、也耶子はコーヒーで一息入れた。もちろん、士温も麦茶とお煎餅のおやつタイムだ。
「美味しい?」
「ぎぃぃぃぃ」
次に伊勢神宮の分霊を奉遷していることから「東北のお伊勢様」と称されている開成山大神宮を参拝しようと試みた。だが、正面入り口の鳥居を潜り参道を抜け、拝殿まで向かう途中は階段になっているらしい。コンビニ店員のアドバイスでスロープになっている駐車場側から回ることにしたのだが……
「あちゃあ、ここも階段か。もう目の前なのになぁ」
ところが、あと一歩というところにも階段が残っているではないか。ベビーカーを担いだり、畳んだりしてまで上がる気力もない。それなので、表門から拝殿を眺めて参拝と決め込んだ。
「どうしても叶えたい願い事もないし、今日はこの辺で帰りしましょうか」
誰も聞いていないのに言い訳をつけ、也耶子は来た道のりを戻っていった。
ホテルに戻ると、まだ十一時四十分と千栄子との待ち合わせまでには間があった。事前にルームキーを預かっていたので、仕方なく部屋で千栄子を待つことにした。
「あらぁ、豪華ねぇ。うちのアパートより広いじゃない」
ハイハイが得意な士温のために、千栄子は和室タイプのスイートルームに泊まっていた。
「千栄子ばぁばは本当にお前さんに甘いのね」
二間続きの部屋の一角には、士温のオモチャがまとめて置いてある。
「ひゃあぁ」
二十分ほど士温を遊ばせていると、いきなり千栄子が戻って来た。ひどく慌てている様子に、也耶子は何だか胸騒ぎがした。
「思っていたより寒くないのね」
郡山市は福島県にあっても比較的温暖な気候で、地形的に雪も少ないらしい。指定された時間にホテルのロビーで待っていると、ベビーカーを押した千栄子がエレベーターから降りて来た。
「申し訳ないわね、わざわざ呼び出して。せっかく近くまで来たのだから、郡山周辺の酒蔵にも足を延ばしたくなったのよ」
「それなら私と士温は用なしですね。このまま東京に帰っても良いですか?」
「十三時頃に一旦戻って来るから、一緒にお昼を食べましょう。良い思い出はないかもしれないけど、あなただって色々と思うところがあるでしょう?」
「了解しました。それじゃあ、さっそく士温と二人で散歩にでも出かけてきます」
事前に調べてきた情報によると、ホテル周辺にはたくさんの公園が点在している。その中から少し距離はあるが、歴史ある開成山公園を選んだ。ホテルから直線距離にあるから、迷うこともないだろう。ベビーカーに乗っている士温に話しかける。
「散歩なんだから、少し遠い方が楽しいわよね。お父さんが最後に見た景色かもしれないから、よく見ておきなさいよ」
「あぅぅぅぅ」
開成山公園は明治の初めに国家事業としておこなわれた安積開拓時に、灌漑用の池として造成された五十鈴湖を中心に都市公園として整備されたそうだ、公園内には日本最古級のソメイヨシノの他に約千三百本、近隣する開成山大神宮には約二百本の桜が咲き誇るという。
「こんなに良いお天気だもの。賑やかなのは当たり前よね」
早くも園内にある桜の花がちらほらと芽吹き始め、東北地方に春の訪れを知らせているようだ。今月末からは桜まつりも始まるらしく、公園内は陽気につられて活気に満ちていた。
「赤ちゃん、見せてください」
近所の保育園の散歩コースだろうか、紡生くらいの年頃の少女四人がベビーカーの周りを囲んだ。
「可愛い」
「何歳?」
「男の子? 女の子?」
「元気いっぱいだね」
「あぁ、あぁ、やぁあぁ」
人見知りしない士温は初めて会うギャラリーにまで愛嬌を振りまきご満悦だ。広い公園内をぐるりと一周すると、かなりの運動になった。途中で近くのコンビニ立ち寄って、也耶子はコーヒーで一息入れた。もちろん、士温も麦茶とお煎餅のおやつタイムだ。
「美味しい?」
「ぎぃぃぃぃ」
次に伊勢神宮の分霊を奉遷していることから「東北のお伊勢様」と称されている開成山大神宮を参拝しようと試みた。だが、正面入り口の鳥居を潜り参道を抜け、拝殿まで向かう途中は階段になっているらしい。コンビニ店員のアドバイスでスロープになっている駐車場側から回ることにしたのだが……
「あちゃあ、ここも階段か。もう目の前なのになぁ」
ところが、あと一歩というところにも階段が残っているではないか。ベビーカーを担いだり、畳んだりしてまで上がる気力もない。それなので、表門から拝殿を眺めて参拝と決め込んだ。
「どうしても叶えたい願い事もないし、今日はこの辺で帰りしましょうか」
誰も聞いていないのに言い訳をつけ、也耶子は来た道のりを戻っていった。
ホテルに戻ると、まだ十一時四十分と千栄子との待ち合わせまでには間があった。事前にルームキーを預かっていたので、仕方なく部屋で千栄子を待つことにした。
「あらぁ、豪華ねぇ。うちのアパートより広いじゃない」
ハイハイが得意な士温のために、千栄子は和室タイプのスイートルームに泊まっていた。
「千栄子ばぁばは本当にお前さんに甘いのね」
二間続きの部屋の一角には、士温のオモチャがまとめて置いてある。
「ひゃあぁ」
二十分ほど士温を遊ばせていると、いきなり千栄子が戻って来た。ひどく慌てている様子に、也耶子は何だか胸騒ぎがした。
0
お気に入りに追加
20
あなたにおすすめの小説
南町奉行所お耳役貞永正太郎の捕物帳
勇内一人
歴史・時代
第9回歴史・時代小説大賞奨励賞受賞作品に2024年6月1日より新章「材木商桧木屋お七の訴え」を追加しています(続きではなく途中からなので、わかりづらいかもしれません)
南町奉行所吟味方与力の貞永平一郎の一人息子、正太郎はお多福風邪にかかり両耳の聴覚を失ってしまう。父の跡目を継げない彼は吟味方書物役見習いとして南町奉行所に勤めている。ある時から聞こえない正太郎の耳が死者の声を拾うようになる。それは犯人や証言に不服がある場合、殺された本人が異議を唱える声だった。声を頼りに事件を再捜査すると、思わぬ真実が発覚していく。やがて、平一郎が喧嘩の巻き添えで殺され、正太郎の耳に亡き父の声が届く。
表紙はパブリックドメインQ 著作権フリー絵画:小原古邨 「月と蝙蝠」を使用しております。
2024年10月17日〜エブリスタにも公開を始めました。
セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
【取り下げ予定】愛されない妃ですので。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。
国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。
「僕はきみを愛していない」
はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。
『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。
(ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?)
そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。
しかも、別の人間になっている?
なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。
*年齢制限を18→15に変更しました。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
本日、私の大好きな幼馴染が大切な姉と結婚式を挙げます
結城芙由奈
恋愛
本日、私は大切な人達を2人同時に失います
<子供の頃から大好きだった幼馴染が恋する女性は私の5歳年上の姉でした。>
両親を亡くし、私を養ってくれた大切な姉に幸せになって貰いたい・・・そう願っていたのに姉は結婚を約束していた彼を事故で失ってしまった。悲しみに打ちひしがれる姉に寄り添う私の大好きな幼馴染。彼は決して私に振り向いてくれる事は無い。だから私は彼と姉が結ばれる事を願い、ついに2人は恋人同士になり、本日姉と幼馴染は結婚する。そしてそれは私が大切な2人を同時に失う日でもあった―。
※ 本編完結済。他視点での話、継続中。
※ 「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています
※ 河口直人偏から少し大人向けの内容になります
月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~
真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。
アルバートの屈辱
プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。
『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる