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白線の内側に下がってお待ちください

(九)

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 東京駅八時八分発のやまびこ一二七号に乗り、九時三十二分に郡山駅に到着した。そのままタクシーで千栄子の宿泊している老舗ホテルへと向う。
「思っていたより寒くないのね」
 郡山市は福島県にあっても比較的温暖な気候で、地形的に雪も少ないらしい。指定された時間にホテルのロビーで待っていると、ベビーカーを押した千栄子がエレベーターから降りて来た。
「申し訳ないわね、わざわざ呼び出して。せっかく近くまで来たのだから、郡山周辺の酒蔵にも足を延ばしたくなったのよ」
「それなら私と士温は用なしですね。このまま東京に帰っても良いですか?」
「十三時頃に一旦戻って来るから、一緒にお昼を食べましょう。良い思い出はないかもしれないけど、あなただって色々と思うところがあるでしょう?」
「了解しました。それじゃあ、さっそく士温と二人で散歩にでも出かけてきます」
 事前に調べてきた情報によると、ホテル周辺にはたくさんの公園が点在している。その中から少し距離はあるが、歴史ある開成山公園かいせいざんこうえんを選んだ。ホテルから直線距離にあるから、迷うこともないだろう。ベビーカーに乗っている士温に話しかける。
「散歩なんだから、少し遠い方が楽しいわよね。お父さんが最後に見た景色かもしれないから、よく見ておきなさいよ」
「あぅぅぅぅ」

 開成山公園は明治の初めに国家事業としておこなわれた安積開拓あさかかいたく時に、灌漑用の池として造成された五十鈴湖いすずこを中心に都市公園として整備されたそうだ、公園内には日本最古級のソメイヨシノの他に約千三百本、近隣する開成山大神宮には約二百本の桜が咲き誇るという。
「こんなに良いお天気だもの。賑やかなのは当たり前よね」
 早くも園内にある桜の花がちらほらと芽吹き始め、東北地方に春の訪れを知らせているようだ。今月末からは桜まつりも始まるらしく、公園内は陽気につられて活気に満ちていた。
「赤ちゃん、見せてください」
 近所の保育園の散歩コースだろうか、紡生くらいの年頃の少女四人がベビーカーの周りを囲んだ。
「可愛い」
「何歳?」
「男の子? 女の子?」
「元気いっぱいだね」
「あぁ、あぁ、やぁあぁ」
 人見知りしない士温は初めて会うギャラリーにまで愛嬌を振りまきご満悦だ。広い公園内をぐるりと一周すると、かなりの運動になった。途中で近くのコンビニ立ち寄って、也耶子はコーヒーで一息入れた。もちろん、士温も麦茶とお煎餅のおやつタイムだ。
「美味しい?」
「ぎぃぃぃぃ」

 次に伊勢神宮の分霊を奉遷していることから「東北のお伊勢様」と称されている開成山大神宮を参拝しようと試みた。だが、正面入り口の鳥居を潜り参道を抜け、拝殿まで向かう途中は階段になっているらしい。コンビニ店員のアドバイスでスロープになっている駐車場側から回ることにしたのだが……
「あちゃあ、ここも階段か。もう目の前なのになぁ」
 ところが、あと一歩というところにも階段が残っているではないか。ベビーカーを担いだり、畳んだりしてまで上がる気力もない。それなので、表門から拝殿を眺めて参拝と決め込んだ。
「どうしても叶えたい願い事もないし、今日はこの辺で帰りしましょうか」
 誰も聞いていないのに言い訳をつけ、也耶子は来た道のりを戻っていった。
 
 ホテルに戻ると、まだ十一時四十分と千栄子との待ち合わせまでには間があった。事前にルームキーを預かっていたので、仕方なく部屋で千栄子を待つことにした。
「あらぁ、豪華ねぇ。うちのアパートより広いじゃない」
 ハイハイが得意な士温のために、千栄子は和室タイプのスイートルームに泊まっていた。
「千栄子ばぁばは本当にお前さんに甘いのね」
 二間続きの部屋の一角には、士温のオモチャがまとめて置いてある。
「ひゃあぁ」
 二十分ほど士温を遊ばせていると、いきなり千栄子が戻って来た。ひどく慌てている様子に、也耶子は何だか胸騒ぎがした。
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