上 下
48 / 74
使用上の注意をよく読み、用法用量を守り正しくお使いください

(二)

しおりを挟む
 急遽引き受けた恋人代理の後、十二月三十日にも出席代理人の依頼が入り、也耶子は葬儀告別式に参列した。依頼者は取引先の常務の急逝と家族旅行を天秤にかけ、家庭サービスを優先させるため代理出席人を頼んだという。
 そして、年始は早々にデパートの初売りの列に並び、実家でのんびりおせち料理を味わう時間もなかった。福袋マニアの依頼者が家族総動員しても人手が足りないと、レア福袋獲得の執念から代理出席人を探し当てたそうだ。
 依頼者の数だけ事情があり、仕事がある。出席代理人という隙間稼業は、迷える依頼者たちのお陰で成り立っている。

「あっ、宇賀ちゃんからのメールだ。何々、今回も初挑戦ですがよろしいでしょうか。来週の火曜日に家族代理のご依頼が入りました……家族代理ってことは両親とか兄弟がいるはずだから、私一人だけの依頼ではないってことよね?」
 またもや也耶子の元に厄介な仕事依頼が舞い込んだ。今回は一時期巷を騒がせた元IT社長の山野辺勉やまのべつとむ、通称が家族代理を依頼してきたそうだ。彼には両親に六歳違いの妹がいて、ちょうど年齢的にも也耶子が妹役に相応しいという。
「今回は妹役の也耶子さんの他に、母親役は三保子さん……このところずっと忙しかったのに、代理出席人の仕事を引き受けても大丈夫なのかしら?」
 あれから大塚三保子がつかさ総合代理出席人事務所に登録すると、也耶子の予想通りすぐに代理出席人の依頼が入ってきた。
 ところが、三保子に茶道華道、日舞などの心得があるとわかるや否や、若手俳優たちに着付けや所作を教える仕事が主になり、今では彼らからと呼ばれる存在にまでなっていた。
「この私が先生ですって、信じられる? 自分は能無しの用無しだとずっと思い込んでいたのに、今では必要としてくれる人たちがいるのよ。なんて素晴らしいんでしょう」
 隠れた才能を発揮している三保子は、自信に満ち溢れ十歳若返った気分だとご満悦だ。もちろん、相変わらず冠婚葬祭の代理出席人の依頼もあり、家事に育児と以前の生活からは想像できないくらい充実した日々を過ごしている。

「それから、俳優の篠宮光晴しのみやみつはるが父親役として依頼を受けてくださいましたって、嘘ぉ! あの往年の大スターが家族代理の父親役? えらく豪華だわね。そういえば……」
 つかさ芸能事務所の前社長が急逝した際、ベテラン俳優たちがこぞって事務所を移籍したため、年配の俳優は篠宮しかいなくなってしまったと悦子から聞いていた。
 若い頃から人気スターだった篠宮は、数多くの女性と浮名を流した二枚目だ。数年前に四十歳も年下の女性と結婚し話題にもなった。だが結婚数か月後、脳出血で倒れ入院し、生死をさ迷うという不幸に見舞われる。
 その際、新妻の「まさかこんな早く介護生活が来るとは思いも寄らなかった」との呟きを枕元で聞き、彼女の胸の複雑な内を知ってしまった。確かに結婚前は冗談でその時が来たら自分が世話をするとは言ったものの、いざ現実を目の前に突き付けられ若妻は恐怖におびえていたそうだ。
 そんな妻の心情を慮り、篠宮は自ら離婚を切り出したそうだ。妻も申し訳ないと思いつつ彼からの提案を素直に受け、二人は短い結婚生活を終わりにしたと週刊誌の記事で読んだ。
 その後、早期処置のお陰でリハビリも効果を上げ、後遺症も左半身に軽い麻痺が残った程度らしい。今では容姿がアップになるテレビや映画の仕事を避け、舞台一本で活動している。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

心の落とし物

緋色刹那
ライト文芸
・完結済み(2024/10/12)。また書きたくなったら、番外編として投稿するかも ・第4回、第5回ライト文芸大賞にて奨励賞をいただきました!!✌︎('ω'✌︎ )✌︎('ω'✌︎ ) 〈本作の楽しみ方〉  本作は読む喫茶店です。順に読んでもいいし、興味を持ったタイトルや季節から読んでもオッケーです。  知らない人、知らない設定が出てきて不安になるかもしれませんが、喫茶店の常連さんのようなものなので、雰囲気を楽しんでください(一応説明↓)。 〈あらすじ〉  〈心の落とし物〉はありませんか?  どこかに失くした物、ずっと探している人、過去の後悔、忘れていた夢。  あなたは忘れているつもりでも、心があなたの代わりに探し続けているかもしれません……。  喫茶店LAMP(ランプ)の店長、添野由良(そえのゆら)は、人の未練が具現化した幻〈心の落とし物(こころのおとしもの)〉と、それを探す生き霊〈探し人(さがしびと)〉に気づきやすい体質。  ある夏の日、由良は店の前を何度も通る男性に目を止め、声をかける。男性は数年前に移転した古本屋を探していて……。  懐かしくも切ない、過去の未練に魅せられる。 〈主人公と作中用語〉 ・添野由良(そえのゆら)  洋燈町にある喫茶店LAMP(ランプ)の店長。〈心の落とし物〉や〈探し人〉に気づきやすい体質。 ・〈心の落とし物(こころのおとしもの)〉  人の未練が具現化した幻。あるいは、未練そのもの。 ・〈探し人(さがしびと)〉  〈心の落とし物〉を探す生き霊で、落とし主。当人に代わって、〈心の落とし物〉を探している。 ・〈未練溜まり(みれんだまり)〉  忘れられた〈心の落とし物〉が行き着く場所。 ・〈分け御霊(わけみたま)〉  生者の後悔や未練が物に宿り、具現化した者。込められた念が強ければ強いほど、人のように自由意志を持つ。いわゆる付喪神に近い。

水曜日のパン屋さん

水瀬さら
ライト文芸
些細なことから不登校になってしまった中学三年生の芽衣。偶然立ち寄った店は水曜日だけ営業しているパン屋さんだった。一人でパンを焼くさくらという女性。その息子で高校生の音羽。それぞれの事情を抱えパンを買いにくるお客さんたち。あたたかな人たちと触れ合い、悩み、励まされ、芽衣は少しずつ前を向いていく。 第2回ほっこり・じんわり大賞 奨励賞

そこは優しい悪魔の腕の中

真木
恋愛
極道の義兄に引き取られ、守られて育った遥花。檻のような愛情に囲まれていても、彼女は恋をしてしまった。悪いひとたちだけの、恋物語。

人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。

松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。 そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。 しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。

夫は平然と、不倫を公言致しました。

松茸
恋愛
最愛の人はもういない。 厳しい父の命令で、公爵令嬢の私に次の夫があてがわれた。 しかし彼は不倫を公言して……

しましま猫の届け物

ひろか
ライト文芸
「にゃーん」「しましまさん、今日は何を拾ってきたの?」 しましま猫のしましまさんは毎日何か銜えてもってくる。 それは、大切な思い出と、大切な人からの言葉。 ※おまけな番外編ではしましまさんの写真付きなのです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...