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怪我のないよう、最後まで頑張りましょう
(五)
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「写真ができたら送るから、楽しみにしていてね」
「うん。楽しみに待っているよ、ハルオおじちゃん」
ハルオは映像の編集と写真のバックアップ作りをするからと、早々に帰っていった。紡生と共に残った也耶子は、母親が迎えに来るのを待っていた。ところが、いくら待っても常盤倫代は姿を現さない。朝に待ち合わせしたカフェで一時間近く待ったところで、ようやく宇賀公香からラインが入った。
――娘さんを自宅まで送り届けて欲しいと依頼者様から連絡がありました。自宅までの移動方法は幼稚園バッグの中に入っているそうです。
「え? 迎えに来ないの?」
あり得ない内容に、思わず声が出てしまった。
「どうしたの、也耶子おばちゃん?」
あどけない表情で紡生が也耶子を見上げる。
「お母さんが忙しいみたいで、お迎えに来られないんだって。つんちゃん、お家までの帰り方ってわかる?」
彼女を心配させまいと、也耶子は笑顔で尋ねた。
「うん。毎日中村さんと一緒に帰っているからわかるよ。それに何かあった時のために、メモとお金がバッグに入っているんだ」
毎日幼稚園には母親が送り、中村さんが仕事に行く道すがら迎えにいっているそうだ。万が一の場合に備えジッパー付きのファイルケースに、自宅マンションの鍵と千円札一枚、電車の乗り継ぎと最寄り駅からの地図が入っている。メモを見ると也耶子の自宅方向と同じだったので、その時までは特に問題はないだろうと安易に考えていた。
「ちょうど私の家も同じ方向だから一緒に帰ろうか」
「やった! 一緒に帰ろう」
二人が電車に乗り込むと、再び公香からラインが入った。
――すみません。今度は夕飯を作って食べさせて欲しいと連絡が入りました。冷蔵庫にある食材を何でも使って構わないから、お願いしますとのことです。
「えっ? どういうことなの?」
益々事態がおかしな方向へ進んでいる。也耶子が困惑していると、緊急事態を訴えるラインが入った。
――須藤さんもご一緒に食べていって欲しいと……あぁ、どうしましょう! 突然依頼者様と連絡が取れなくなりました。携帯に電話しても電源が入っていないようなんです。
「あちゃぁ、どうしよう」
まさかのことだが、依頼者から連絡がプッリ途絶えたらしい。公香のラインによると、後ろで空港の出発案内によく似たチャイムが聞こえたそうだ。空港へ誰かを迎えに、または見送りに行ったか。それとも、依頼者・常盤倫代本人が飛行機に搭乗したのか……前者の場合なら良いのだが、もしも後者の場合なら残された我々はどうなってしまうのだろうか?
仕事を理由に娘の運動会を保護者代理に出席させた母親だ。夕飯の支度まで願い出るのもあり得ることだと念頭に置いけば良かった。母親と連絡が取れないことも知らずに、安心しきった様子で也耶子にもたれ、紡生はうたた寝をしている。
「今日は頑張ったから、疲れちゃったのね」
也耶子はつかさ総合代理出席人事務所を通じて派遣された代理出席人だが、個人的に依頼者と面識があるわけではない。どんな人物かも知らないのに、常盤倫代は娘を預けて行方がわからなくなっている。
「もしも私が誘拐犯に化けたらどうなるか、考えてみたこともないのかしら?」
その手のトラブルが今まで一度もなかったから、疑うことなく他人に娘を預けられるのだと也耶子は気が付いた。そういえば、紡生も何の疑いなしに也耶子とハルオを叔母と叔父だと信じ切っている。
「今までお正月とかお盆に、親戚同士が集まることがなかったのかしら?」
常盤家の事情は知らないが、その辺りのつながりも薄いのかもしれない。
最寄り駅から十分ほど歩いたところにある、二棟に分かれた分譲型マンションに常盤親子は住んでいる。過去に也耶子が調べたところ中古物件で三LDKタイプが六千万円程の、この辺りでは大規模なマンションだ。ファミリー向けの作りになっているので、妊活中に空き物件はないかと検索したものだった。
エントランスでオートロックを解除して中に入り、エレベーターで七階まで上がる。
「ただいまぁ」
紡生が声をかけても母親がいるはずもなく、部屋の中は静まり返っている。
「お邪魔します」
也耶子も一緒になって中へと入る。ネット検索でモデルルームの写真を見ていたが、想像していた以上に居心地の良さそうな雰囲気だった。
「ここはネットで見た二LDK+Sタイプの間取りのようね」
玄関からはいってすぐに寝室とサービスルーム(*納戸と書かれている場合あり)があり、廊下を挟んで左手にトイレ、右手にバスルーム。そして、ドアを開けてキッチンスペース、奥にリビングダイニングともう一つ寝室がある。もちろん、その先には広々としたベランダが続いている
「お父さんが右の部屋で、お母さんが左の部屋。つんちゃんの部屋はテレビの隣なのよ」
「ふぅん、夫婦別室なのね……」
他人様の家庭事情を探るつもりないが、常盤家では夫婦別室らしい。でも、だからと言って夫婦関係が冷めているのではないかと決めつけてはいけない。
「夕飯の支度をしたいから、エプロンを借りたいんだけど」
埃まみれの洋服で食事を作るのには抵抗があった。
「エプロンなら中村さんのがあると思う」
キッチンの引き出しから清潔なエプロンを見つけて、也耶子は戦闘態勢に入った。その隣では紡生がお手伝いしますと言いたげに、自分のエプロンを身に着けていた。白で統一された人工大理石を使ったキッチンは、清潔で使い勝手が良さそうだ。
「うん。楽しみに待っているよ、ハルオおじちゃん」
ハルオは映像の編集と写真のバックアップ作りをするからと、早々に帰っていった。紡生と共に残った也耶子は、母親が迎えに来るのを待っていた。ところが、いくら待っても常盤倫代は姿を現さない。朝に待ち合わせしたカフェで一時間近く待ったところで、ようやく宇賀公香からラインが入った。
――娘さんを自宅まで送り届けて欲しいと依頼者様から連絡がありました。自宅までの移動方法は幼稚園バッグの中に入っているそうです。
「え? 迎えに来ないの?」
あり得ない内容に、思わず声が出てしまった。
「どうしたの、也耶子おばちゃん?」
あどけない表情で紡生が也耶子を見上げる。
「お母さんが忙しいみたいで、お迎えに来られないんだって。つんちゃん、お家までの帰り方ってわかる?」
彼女を心配させまいと、也耶子は笑顔で尋ねた。
「うん。毎日中村さんと一緒に帰っているからわかるよ。それに何かあった時のために、メモとお金がバッグに入っているんだ」
毎日幼稚園には母親が送り、中村さんが仕事に行く道すがら迎えにいっているそうだ。万が一の場合に備えジッパー付きのファイルケースに、自宅マンションの鍵と千円札一枚、電車の乗り継ぎと最寄り駅からの地図が入っている。メモを見ると也耶子の自宅方向と同じだったので、その時までは特に問題はないだろうと安易に考えていた。
「ちょうど私の家も同じ方向だから一緒に帰ろうか」
「やった! 一緒に帰ろう」
二人が電車に乗り込むと、再び公香からラインが入った。
――すみません。今度は夕飯を作って食べさせて欲しいと連絡が入りました。冷蔵庫にある食材を何でも使って構わないから、お願いしますとのことです。
「えっ? どういうことなの?」
益々事態がおかしな方向へ進んでいる。也耶子が困惑していると、緊急事態を訴えるラインが入った。
――須藤さんもご一緒に食べていって欲しいと……あぁ、どうしましょう! 突然依頼者様と連絡が取れなくなりました。携帯に電話しても電源が入っていないようなんです。
「あちゃぁ、どうしよう」
まさかのことだが、依頼者から連絡がプッリ途絶えたらしい。公香のラインによると、後ろで空港の出発案内によく似たチャイムが聞こえたそうだ。空港へ誰かを迎えに、または見送りに行ったか。それとも、依頼者・常盤倫代本人が飛行機に搭乗したのか……前者の場合なら良いのだが、もしも後者の場合なら残された我々はどうなってしまうのだろうか?
仕事を理由に娘の運動会を保護者代理に出席させた母親だ。夕飯の支度まで願い出るのもあり得ることだと念頭に置いけば良かった。母親と連絡が取れないことも知らずに、安心しきった様子で也耶子にもたれ、紡生はうたた寝をしている。
「今日は頑張ったから、疲れちゃったのね」
也耶子はつかさ総合代理出席人事務所を通じて派遣された代理出席人だが、個人的に依頼者と面識があるわけではない。どんな人物かも知らないのに、常盤倫代は娘を預けて行方がわからなくなっている。
「もしも私が誘拐犯に化けたらどうなるか、考えてみたこともないのかしら?」
その手のトラブルが今まで一度もなかったから、疑うことなく他人に娘を預けられるのだと也耶子は気が付いた。そういえば、紡生も何の疑いなしに也耶子とハルオを叔母と叔父だと信じ切っている。
「今までお正月とかお盆に、親戚同士が集まることがなかったのかしら?」
常盤家の事情は知らないが、その辺りのつながりも薄いのかもしれない。
最寄り駅から十分ほど歩いたところにある、二棟に分かれた分譲型マンションに常盤親子は住んでいる。過去に也耶子が調べたところ中古物件で三LDKタイプが六千万円程の、この辺りでは大規模なマンションだ。ファミリー向けの作りになっているので、妊活中に空き物件はないかと検索したものだった。
エントランスでオートロックを解除して中に入り、エレベーターで七階まで上がる。
「ただいまぁ」
紡生が声をかけても母親がいるはずもなく、部屋の中は静まり返っている。
「お邪魔します」
也耶子も一緒になって中へと入る。ネット検索でモデルルームの写真を見ていたが、想像していた以上に居心地の良さそうな雰囲気だった。
「ここはネットで見た二LDK+Sタイプの間取りのようね」
玄関からはいってすぐに寝室とサービスルーム(*納戸と書かれている場合あり)があり、廊下を挟んで左手にトイレ、右手にバスルーム。そして、ドアを開けてキッチンスペース、奥にリビングダイニングともう一つ寝室がある。もちろん、その先には広々としたベランダが続いている
「お父さんが右の部屋で、お母さんが左の部屋。つんちゃんの部屋はテレビの隣なのよ」
「ふぅん、夫婦別室なのね……」
他人様の家庭事情を探るつもりないが、常盤家では夫婦別室らしい。でも、だからと言って夫婦関係が冷めているのではないかと決めつけてはいけない。
「夕飯の支度をしたいから、エプロンを借りたいんだけど」
埃まみれの洋服で食事を作るのには抵抗があった。
「エプロンなら中村さんのがあると思う」
キッチンの引き出しから清潔なエプロンを見つけて、也耶子は戦闘態勢に入った。その隣では紡生がお手伝いしますと言いたげに、自分のエプロンを身に着けていた。白で統一された人工大理石を使ったキッチンは、清潔で使い勝手が良さそうだ。
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