26 / 74
怪我のないよう、最後まで頑張りましょう
(三)
しおりを挟む
「也耶子おばちゃんとぉ、ハルオおじちゃんねっ」
也耶子、紡生、ハルオは手をつなぎ、三人で並んで歩いて幼稚園に向かう。さっき初めて会った赤の他人による家族ごっこの始まりだ。紡生の通う赤松学園付属こばと幼稚園は、都内でも有名な私立の名門幼稚園。園の行事に保護者以外の出席は認めず、例の家政婦は祖母として参加する予定だったらしい。
「中村さん、腰が痛いんだって。早く治るといいなぁ」
大好きな家政婦の中村さんが寝込んでいるため、紡生は寂しい思いをしているようだ。
「でも、今日はおばちゃんとおじちゃんがいるから、つんちゃんは寂しくないよ」
嬉しそうな笑顔を向けられると、ついこちらまで頬が緩んでしまう。一滴も血のつながらない少女なのに、可愛い姪っ子に思えてしまうから不思議だ。正面玄関で受け付けを済ませ、指定された保護者席へと移動する。事前に倫代が出席者変更を伝えてあったので、不審に思われることはなかった。
幼稚園はこれまた付属の小学校と併設されているため、運動会は小学校の校庭を使用するという。狭い園庭でワイワイガヤガヤ大騒ぎという図を想像していたのだが、場は整然とした雰囲気だった。
「校庭が広いから場所取りなんかする必要もないってわけか」
指定された年長つき組の保護者席にレジャーシートを敷いて、也耶子とハルオは仲良く座り込んだ。
立花ハルオは一緒にいて楽しい相手で、パーソナルエリアを脅かす至近距離に居ても嫌な感じがしない。むしろ同性の友人のようで居心地が良い相手だ。元モデルというだけあって顔もスタイルもファッションセンスも良く、夫役としては申し分のない男性なのだが、何故か全く恋愛対象として見ることができない。それはまだ恋に向き合うほど心が癒されていないということか。はたまた別の理由があるのか也耶子にはわからなかった。
「今日はお仕事がキャンセルになったそうですね」
周囲を確認してから小声で尋ねてみた。
「昨日発売の写真週刊誌をチェックした? それか、ワイドショーは見た?」
「いいえ。何か大きな話題でもありました?」
「大きな話題っちゃあ話題かな。でも、スクープされたのが小物だから、すぐに下火になるだろうね」
「一体何があったんですか? そんな勿体ぶらないで、早く教えてくださいよ」
「実はスクープ絡みでグラビア撮影がキャンセルになったんだよ」
何と矢次隼人との熱烈キス現場がスクープされたため、急遽一ノ瀬まぁやのグラビア撮影が中止になったという。
「えっ、一ノ瀬まぁやと矢次ですか?」
「しぃっ! 声がデカいっすよ、也耶子さん」
実は先週、誠実キャラが売りの矢次は、二回りも年下の大学生との結婚を発表したばかりだ。しかも、その若妻はなんと妊娠五か月だったのだ。
「結婚報告とキス写真の順番が逆だったら、ここまで大騒動にならなかったんだけどね。それに……」
つかさ芸能事務所から独立後、飲酒による遅刻やすっぽかしが続いて、矢次は撮影現場での評判がすっかり落ちているそうだ。それなのに不倫スキャンダルを起こして、芸能界を干されてしまうのではないかと危ぶまれているという。そのため、つかさ芸能事務所に今までの詫びを入れて、問題を解決してもらおうと泣きついたらしい。
後に悦子から聞いた話によると、矢次の新妻とがっちりタッグを組んで二度と同じ過ちを犯さぬよう反省を促したそうだ。ほとぼりが冷めるまで事務所の劇団の研修員として一から出直すことになったという。
一方、一ノ瀬まぁやはSNSで「話題作りに選んだ相手がたまたま既婚者だっただけ」と開き直った発言をして、完全に活動の場を失ってしまったようだ。
「以前にも既婚者に手を出して、相手の家族に迷惑をかけたってもっぱらの噂だよ。この手のスキャンダルは世間から一番バッシングされるから、今後テレビも雑誌もまぁやを使うことはないだろうね」
それは多分、逞の葬儀告別式での騒動だと思ったが、ハルオの前では素知らぬふりをした。
「それじゃあ、もう彼女は……」
「そのうち事務所も解雇されるって話だから、タレント活動は無理じゃないかな。でも、YouTuberに転身するなんて噂もあるし、至って本人にはダメージがないみたいだよ」
元々売名行為をしなければ世間に名前が出ないような器だ。これ以上、芸能界にしがみつくより、他の居場所を探した方が賢明だろう。それにしても、世間からのバッシングも気にせず、暢気にYouTuberに転身とは筋金入りの強心なのかもしれない。
「ちょっとでも可哀想だと思った私が馬鹿だったわ」
「そろそろ出番だから、移動しようか」
そうこうしているうちにプログラムナンバー四、年長組による「組み体操」の順番が近づいていた。最近では小中学校で組み体操の事故が多発し社会問題になっているが、今回は安全を考慮して専門家の指導の下でおこなわれるという説明書きあった。
ピラミッドやタワーなど人間が積み上がる「組立体操」を排除して、ペアでおこなう屈伸など互いの力を利用し合う「組体操」を主にしたそうだ。大技はないものの扇やブリッジ、倒立など、園児たちが一斉に演技を披露する姿は感動的だった。その上、ダンスと違って大きな移動がないので、写真やビデオを撮る保護者にも適したプログラムだった。
「どの子も一生懸命で可愛いなぁ」
仕事で使っているという一眼レフカメラで、ハルオは黙々と写真を撮っている。その横で也耶子は三脚に固定されたビデオを回していた。
「もしかしたら、グラビアよりも向いているんじゃあないですか?」
「かもしれないなぁ。俺、女に興味ないから」
あっさりとしたカミングアウトに、也耶子は面食らってしまった。だが、さっきハルオに感じた居心地の良さは、こういう理由があったからだと納得できたような気がした。
也耶子、紡生、ハルオは手をつなぎ、三人で並んで歩いて幼稚園に向かう。さっき初めて会った赤の他人による家族ごっこの始まりだ。紡生の通う赤松学園付属こばと幼稚園は、都内でも有名な私立の名門幼稚園。園の行事に保護者以外の出席は認めず、例の家政婦は祖母として参加する予定だったらしい。
「中村さん、腰が痛いんだって。早く治るといいなぁ」
大好きな家政婦の中村さんが寝込んでいるため、紡生は寂しい思いをしているようだ。
「でも、今日はおばちゃんとおじちゃんがいるから、つんちゃんは寂しくないよ」
嬉しそうな笑顔を向けられると、ついこちらまで頬が緩んでしまう。一滴も血のつながらない少女なのに、可愛い姪っ子に思えてしまうから不思議だ。正面玄関で受け付けを済ませ、指定された保護者席へと移動する。事前に倫代が出席者変更を伝えてあったので、不審に思われることはなかった。
幼稚園はこれまた付属の小学校と併設されているため、運動会は小学校の校庭を使用するという。狭い園庭でワイワイガヤガヤ大騒ぎという図を想像していたのだが、場は整然とした雰囲気だった。
「校庭が広いから場所取りなんかする必要もないってわけか」
指定された年長つき組の保護者席にレジャーシートを敷いて、也耶子とハルオは仲良く座り込んだ。
立花ハルオは一緒にいて楽しい相手で、パーソナルエリアを脅かす至近距離に居ても嫌な感じがしない。むしろ同性の友人のようで居心地が良い相手だ。元モデルというだけあって顔もスタイルもファッションセンスも良く、夫役としては申し分のない男性なのだが、何故か全く恋愛対象として見ることができない。それはまだ恋に向き合うほど心が癒されていないということか。はたまた別の理由があるのか也耶子にはわからなかった。
「今日はお仕事がキャンセルになったそうですね」
周囲を確認してから小声で尋ねてみた。
「昨日発売の写真週刊誌をチェックした? それか、ワイドショーは見た?」
「いいえ。何か大きな話題でもありました?」
「大きな話題っちゃあ話題かな。でも、スクープされたのが小物だから、すぐに下火になるだろうね」
「一体何があったんですか? そんな勿体ぶらないで、早く教えてくださいよ」
「実はスクープ絡みでグラビア撮影がキャンセルになったんだよ」
何と矢次隼人との熱烈キス現場がスクープされたため、急遽一ノ瀬まぁやのグラビア撮影が中止になったという。
「えっ、一ノ瀬まぁやと矢次ですか?」
「しぃっ! 声がデカいっすよ、也耶子さん」
実は先週、誠実キャラが売りの矢次は、二回りも年下の大学生との結婚を発表したばかりだ。しかも、その若妻はなんと妊娠五か月だったのだ。
「結婚報告とキス写真の順番が逆だったら、ここまで大騒動にならなかったんだけどね。それに……」
つかさ芸能事務所から独立後、飲酒による遅刻やすっぽかしが続いて、矢次は撮影現場での評判がすっかり落ちているそうだ。それなのに不倫スキャンダルを起こして、芸能界を干されてしまうのではないかと危ぶまれているという。そのため、つかさ芸能事務所に今までの詫びを入れて、問題を解決してもらおうと泣きついたらしい。
後に悦子から聞いた話によると、矢次の新妻とがっちりタッグを組んで二度と同じ過ちを犯さぬよう反省を促したそうだ。ほとぼりが冷めるまで事務所の劇団の研修員として一から出直すことになったという。
一方、一ノ瀬まぁやはSNSで「話題作りに選んだ相手がたまたま既婚者だっただけ」と開き直った発言をして、完全に活動の場を失ってしまったようだ。
「以前にも既婚者に手を出して、相手の家族に迷惑をかけたってもっぱらの噂だよ。この手のスキャンダルは世間から一番バッシングされるから、今後テレビも雑誌もまぁやを使うことはないだろうね」
それは多分、逞の葬儀告別式での騒動だと思ったが、ハルオの前では素知らぬふりをした。
「それじゃあ、もう彼女は……」
「そのうち事務所も解雇されるって話だから、タレント活動は無理じゃないかな。でも、YouTuberに転身するなんて噂もあるし、至って本人にはダメージがないみたいだよ」
元々売名行為をしなければ世間に名前が出ないような器だ。これ以上、芸能界にしがみつくより、他の居場所を探した方が賢明だろう。それにしても、世間からのバッシングも気にせず、暢気にYouTuberに転身とは筋金入りの強心なのかもしれない。
「ちょっとでも可哀想だと思った私が馬鹿だったわ」
「そろそろ出番だから、移動しようか」
そうこうしているうちにプログラムナンバー四、年長組による「組み体操」の順番が近づいていた。最近では小中学校で組み体操の事故が多発し社会問題になっているが、今回は安全を考慮して専門家の指導の下でおこなわれるという説明書きあった。
ピラミッドやタワーなど人間が積み上がる「組立体操」を排除して、ペアでおこなう屈伸など互いの力を利用し合う「組体操」を主にしたそうだ。大技はないものの扇やブリッジ、倒立など、園児たちが一斉に演技を披露する姿は感動的だった。その上、ダンスと違って大きな移動がないので、写真やビデオを撮る保護者にも適したプログラムだった。
「どの子も一生懸命で可愛いなぁ」
仕事で使っているという一眼レフカメラで、ハルオは黙々と写真を撮っている。その横で也耶子は三脚に固定されたビデオを回していた。
「もしかしたら、グラビアよりも向いているんじゃあないですか?」
「かもしれないなぁ。俺、女に興味ないから」
あっさりとしたカミングアウトに、也耶子は面食らってしまった。だが、さっきハルオに感じた居心地の良さは、こういう理由があったからだと納得できたような気がした。
0
お気に入りに追加
20
あなたにおすすめの小説

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり

セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。
ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます
沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!

私の入る余地なんてないことはわかってる。だけど……。
さくしゃ
恋愛
キャロルは知っていた。
許嫁であるリオンと、親友のサンが互いを想い合っていることを。
幼い頃からずっと想ってきたリオン、失いたくない大切な親友であるサン。キャロルは苦悩の末に、リオンへの想いを封じ、身を引くと決めていた——はずだった。
(ああ、もう、)
やり過ごせると思ってた。でも、そんなことを言われたら。
(ずるいよ……)
リオンはサンのことだけを見ていると思っていた。けれど——違った。
こんな私なんかのことを。
友情と恋情の狭間で揺れ動くキャロル、リオン、サンの想い。
彼らが最後に選ぶ答えとは——?
⚠️好みが非常に分かれる作品となっております。
⚠️不倫等を推奨する作品ではないです。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
大正石華恋蕾物語
響 蒼華
キャラ文芸
■一:贄の乙女は愛を知る
旧題:大正石華戀奇譚<一> 桜の章
――私は待つ、いつか訪れるその時を。
時は大正。処は日の本、華やぐ帝都。
珂祥伯爵家の長女・菫子(とうこ)は家族や使用人から疎まれ屋敷内で孤立し、女学校においても友もなく独り。
それもこれも、菫子を取り巻くある噂のせい。
『不幸の菫子様』と呼ばれるに至った過去の出来事の数々から、菫子は誰かと共に在る事、そして己の将来に対して諦観を以て生きていた。
心許せる者は、自分付の女中と、噂畏れぬただ一人の求婚者。
求婚者との縁組が正式に定まろうとしたその矢先、歯車は回り始める。
命の危機にさらされた菫子を救ったのは、どこか懐かしく美しい灰色の髪のあやかしで――。
そして、菫子を取り巻く運命は動き始める、真実へと至る悲哀の終焉へと。
■二:あやかしの花嫁は運命の愛に祈る
旧題:大正石華戀奇譚<二> 椿の章
――あたしは、平穏を愛している
大正の時代、華の帝都はある怪事件に揺れていた。
其の名も「血花事件」。
体中の血を抜き取られ、全身に血の様に紅い花を咲かせた遺体が相次いで見つかり大騒ぎとなっていた。
警察の捜査は後手に回り、人々は怯えながら日々を過ごしていた。
そんな帝都の一角にある見城診療所で働く看護婦の歌那(かな)は、優しい女医と先輩看護婦と、忙しくも充実した日々を送っていた。
目新しい事も、特別な事も必要ない。得る事が出来た穏やかで変わらぬ日常をこそ愛する日々。
けれど、歌那は思わぬ形で「血花事件」に関わる事になってしまう。
運命の夜、出会ったのは紅の髪と琥珀の瞳を持つ美しい青年。
それを契機に、歌那の日常は変わり始める。
美しいあやかし達との出会いを経て、帝都を揺るがす大事件へと繋がる運命の糸車は静かに回り始める――。
※時代設定的に、現代では女性蔑視や差別など不適切とされる表現等がありますが、差別や偏見を肯定する意図はありません。

10年間の結婚生活を忘れました ~ドーラとレクス~
緑谷めい
恋愛
ドーラは金で買われたも同然の妻だった――
レクスとの結婚が決まった際「ドーラ、すまない。本当にすまない。不甲斐ない父を許せとは言わん。だが、我が家を助けると思ってゼーマン伯爵家に嫁いでくれ。頼む。この通りだ」と自分に頭を下げた実父の姿を見て、ドーラは自分の人生を諦めた。齢17歳にしてだ。
※ 全10話完結予定
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる