神様はいつも私に優しい~代理出席人・須藤也耶子の奮闘記~

勇内一人

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怪我のないよう、最後まで頑張りましょう

(一)

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 今回つかさ総合代理出席人事務所では、幼稚園の運動会に保護者代理として出席して欲しいとの依頼を受けたそうだ。当日の弁当作りも任されたので、管理栄養士の免許を持つ也耶子に白羽の矢が当たったのだった。
 依頼者は常盤倫代ときわのりよ。六歳になる娘・紡生つむぎの運動会に保護者の代わりを務めて欲しいとの依頼だった。運動会の当日、倫代は仕事で出席できないため、事前に代わりを家政婦に頼んでいたらしい。
 ところが、頼みの綱の家政婦がぎっくり腰で身動きが取れなくなり、運動会どころか当日の弁当作りもままならない状態だという。日頃から家事は家政婦任せで、倫代は一切しないそうだ。娘が家政婦になついているのを良いことに、今ではシッターも兼用してもらっているらしい。
「家事育児は家政婦さん任せとは、羨ましいですね。それに自分の娘の運動会に家政婦さんを出席させようとしていたんですか? 依頼者様はシングルマザーなんですかね?」
「いえ、違うそうですよ。ご主人は京都に出張中だそうです。前々から依頼者様もこの日は仕事が入っていたらしく、仕方なく家政婦さんに代理を頼んだそうです。それでも娘さんの運動会くらい仕事を休めばと……もちろん、代理出席人事務所としては、こんなことは口が裂けても依頼者様には言えません」
 この緊急事態に倫代は慌てて代理で運動会に参加できる人物を探したそうだ。もちろん、当日の弁当も手作りするという条件付きだ。ところが、家政婦派遣会社でも、シッター派遣サービスでも適任者が見つからず、とうとうつかさ総合代理出席人事務所に泣きついたのだった。
「でも、どうしてうちの事務所だったんですか?」
「知り合いが通夜に代理出席人を依頼したらしく、噂を聞きつけて連絡したらしいです」
 どこで誰と誰が繋がっているかわからない。偶然その噂が良い評判だったから、次の仕事に繋がったのだろう。だが万が一、逆だったならば……
「でも、私で大丈夫なんですか? 管理栄養士の免許は持っていますが、シッターの資格なんか持っていませんよ」
「それは構わないと、依頼者様がおっしゃっていました。子守を必要としているのでなく、運動会に保護者代理として出席して、ビデオやカメラで娘さんの姿を撮影すれば大丈夫だと……一応、そこはプロのカメラマンにもお願いしてありますので、依頼者様の妹夫婦ということで話を合わせてください」
「い、妹夫婦? プロのカメラマンさんとですか?」
 カップルでの出席の方が周囲に溶け込めるので都合が良いらしい。
「はい。須藤さんの夫役は、主に雑誌のグラビア撮影で活躍している立花ハルオさんです。急に仕事がキャンセルになって、幸運にも引き受けてもらうことができました。きっと須藤さんと並んだら、素敵なカップルに見えると思いますよ」
「はぁ、そうですか」
 今回の依頼のメインは手作り弁当のようだ。運動会の方は保護者が出席しているという体裁さえ整えばOKだという話だった。
「最悪の場合、仕出し弁当を考えていたそうですが、周囲の目があるらしく断念したそうです。幼稚園の運動会なので、子供が喜びそうな可愛らしい弁当を希望しているとのことです。あっ、園の方針でキャラ弁当は禁止だそうです」
「キャラ弁禁止は助かります。娘さんには食物アレルギーとか、嫌いな食べ物はありますか?」
「えぇっと、食物アレルギーは生海老とイクラ、嫌いな食べ物は椎茸にピーマン……子供らしいですね」
「生海老とイクラねぇ。特上にぎりを作るわけではないから、その辺りは大丈夫ね。椎茸もピーマンも今回は出番がなさそうだから……何とかなるでしょう」
「それでは、引き受けていただけますね。助かります、ありがとうございました」
 またしても事務員の鏡、宇賀公香から直々のご指名だ。しかも、依頼目的がお弁当作り=料理ならば也耶子の専門分野だ。
「また詳細をメールでお願いします」

 弁当には宇宙が詰まっている――あの小さな箱の中には見栄えが良く栄養たっぷり、しかも美味しい料理を揃えなくてはならない。一つおかずの選択を間違えればブラックホールに入り込み、とんでもない仕上がりになってしまうだろう。例えばおかずに鶏のから揚げ、ハンバーグ、エビフライ……人気のメニューばかりを選んでしまうと、いつの間にか茶色一色の地味弁当が出来上がってしまう。
「これでご飯ものをいなり寿司にしたならば……」
 更に茶色エリアが拡大するだけであった。
「どうして世の中にある旨いものは、茶色でできているんだろうね?」
 揚げ物、うなぎ、ビーフシチュー、鍋焼きうどん、お好み焼き、チョコレート、プリン(カラメルだけだけど)、モンブラン、醤油せんべい……自分の好物が茶色いだけかもしれないが、世の中にある美味しいもののほとんどが茶色でできているような気がする。
「ヤバい、どうしよう。茶色以外の色味がない!」
 弁当を美味しそうに見せるためには、カラフルに仕上げなければならない。茶色の宇宙にミニトマトの赤を加え、焦げて茶色にならないよう慎重にだし巻き卵を焼き、更に緑を添えたら完璧になるはずだ。
 以前、職場にいたパートのお姉さまに枝豆を串に刺した「枝豆ピック」なるものの存在を教えてもらい、也耶子は唖然とした覚えがある。いざ、自分がその枝豆ピックを作ってみると……
「ひぇぇぇ……まるで惑星直列じゃない。やっぱりお弁当は宇宙だわぁ」
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