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このたびはご愁傷様です

(八)

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 昨日、葬儀社の担当者が代理で役所へ死亡届を提出していた。その際に受け取った火葬許可証は也耶子のハンドバッグに入っている。これがなければ火葬できないと聞き、いの一番でバッグに入れたのだ。
 火葬場へ一緒に向かうのは近親者や、生前に故人と特に親しかった友人などだという。どうしても心惜しい気持ちがある場合は遺族に同行の許可を願えば良いそうだが、最初から也耶子には彼女たちがついてくる許可を与える気持ちは更々なかった。
「これで皆さんにはお引き取りお願いします」
 也耶子は秘密の恋人たちにきっぱりと告げた。
「で、でも……」
「これから私も火葬場へ行って、逞さんとお別れがしたい」
「そ、そうよ、私たちだってその権利が……」
「そんな権利があなたたちにあるはずないでしょう。葬儀告別式を台無しにして、これ以上あなたたちに引っ掻き回されるのは御免です」
「ひ、ひどい言いぐさね」
「なんで邪魔者扱いされなきゃいけないのよ」
「何よ、妻だからって偉そうに。私は逞さんの子供を……」
「もうたくさんです、黙ってください。逞の子供を妊娠していようが、あなたたちは赤の他人なんですよ。さっきから自分の都合ばかり主張して、逞の魂が安らかに成仏できるよう協力することさえできないんですか?」
 最後の一言が効いたのか、秘密の恋人たちは渋々ながら承諾したようだ。ぶつぶつと文句を言いながら、斎場の外へと移動していった。しかしその時、也耶子は見逃さなかった。姑の千栄子が秘密の恋人二号と連絡先を交換していたことを。秘密の恋人一号、三号はガン無視していたくせに、息子の忘れ形見を宿しているかもしれない二号はやはり別格のようだ。
 姑が夫の愛人と仲良くしようしまいが、也耶子にはどうでもよいことだった。今は須藤逞の妻というより、この葬儀告別式の喪主という役割を優先させなければならない。
――神様はいつも私に優しい。だからきっと大丈夫。
 こうやって根拠のない言葉を呟いて自分を励ます。夫の遺影を抱え、エレベーターで正面玄関へと降りる。親族を乗せた火葬場行の専用マイクロバスが、喪主である也耶子の乗車を待っていた。

 マイクロバスに揺られて火葬場に到着すると、悦子がひょっこり姿を現した。彼女は也耶子の両親とともに二台目のマイクロバスに乗ってきたらしい。うるさい姑の目を避けて、二人は火葬場に併設されている喫茶コーナーでコーヒーを飲みながら話し込んでいた。
「さっきの三人はどうしたの?」
「邪魔なので帰ってもらいました」
「それは正解だね。でも、何だか浮かない顔しているじゃない。どうしたの?」
「それが……」 
 姑の行動を悦子に打ち明けると、彼女は感慨深げに頷いた。
「まぁ、お姑さんの気持ちもわからなくもないわよね。息子の葬儀に孫ができたって発覚したんだもの、暗闇の中で一筋の光が見えたような心境だったんでしょうね」
 暗闇の中の一筋の光……それが自分の子供だったら、どんなに良かっただろうか。
「私、仕事を辞めたばかりで妊活中だったんですよね」
「あらまぁ。それだったら也耶子も、もしかするともしかしてってことはないの?」
「それは一〇〇パーセント、絶対にないです」
 最大級の力を込めて、はっきりと否定した。妊活中にも関わらずセックスレスだったからだ。
「そんなにきっぱりと断言できるほど、可能性がなかったわけね」
「はい。二号と違って」
「に、二号?」
「夫には秘密の恋人が一号から三号までいますから」
 也耶子には二号と違って是が非でも妊娠しなければいけないという野望もなかった。
「ふぅん、そうか。今、也耶子は全てのものからフリーなんだ」
 夫が亡くなり、子供もいない。その上、会社も退職して無職の身の上だった。
「それよりも、ずっと気になっているんですが、一体どんな仕事があってあのセレモニーホールにいたんですか?」
 也耶子がそう尋ねると、悦子は一枚の名刺を差し出した
「つかさ芸能事務所代表取締役社長 門脇悦子? せ、先輩。門脇って苗字が違う、結婚されているんですか? ううん、それよりも芸能事務所の社長って、どういうことですか?」
「話せば長くなるんだけど……」
 十年前、悦子は三十歳近くも年の離れた劇団主催者兼芸能事務所社長・門脇司かどわきつかさと結婚した。悦子の初舞台を見に来た彼が、彼女に一目惚れしたのが全ての始まりだったらしい。
「女優よりも君に向いた仕事があるんだ」
 そう言って、悦子はプロポーズされたそうだ。三十歳という年齢差も、門脇司がバツ二のモテ男というのも、成人した子供が三人いるのも、悦子は気にならなかったそうだ。年齢を感じさせない若々しく魅力的な彼に、悦子自身も出会ってすぐに魅了されてしまったという。
「私はまだマシなのよ、妻としてスカウトされたから。でも、事務員の宇賀ちゃんなんか田舎から女優を目指して上京したのに、君には事務職が向いているって司に断言されちゃったのよ。それだから、今では台本じゃなくて帳簿とにらめっこしているのよ」
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