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このたびはご愁傷様です

(三)

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「け、今朝こちらに救急搬送された須藤逞の家族です」
 病院に到着し受付で名前を告げると、神妙な面持ちの職員女性が現れた。
「ご遺体はこちらです。ご確認をお願いします」
 病院の霊安室には眠っているように穏やかな顔をした夫が横たわっていた。既にエンゼルケアと呼ばれる遺体処置が済み、体はアルコールで清拭せいしきされ、鼻・口・耳などには脱脂綿が詰められていた。
「須藤逞様でお間違いありませんね」
「は、はい。た、確かに主人の須藤逞です」
 死亡原因は「虚血性心不全」だと聞かされたが、也耶子にはピンとこなかった。
 「心筋梗塞や狭心症をまとめて「虚血性心疾患」と呼んでいます。心臓の筋肉、いわゆる心筋への血流が阻害されることによって起こる心臓疾患の総称です」
「し、心臓病ですか?」
 日本人の死因原因第二位が心疾患で、中でも突然死の大半を占めるのが「虚血性心不全」だそうだ。最近では若者でも発病することが多くなっているのだという。誰にも看取られることなく一人で、須藤逞は三十五年という短い人生の幕をここ郡山市で閉じたのだった。

 息子命の母・千栄子よりも、逞は先に逝ってしまった。気が重いがいち早く姑に連絡しなければ、後々しこりが残るだろう。それに、逞が亡くなったということは、これから然るべき祭儀が待っている。
「あ、あのぉ、也耶子ですが……」
「そんなことわかっていますよ。スマホの画面に名前が出るんだもの」
 無視されないだけも幸いだと思わなくてはいけない。
「何なのよ、こんな時間に電話してきて。ランチタイムが終わって、これから貴重な休憩時間に入るのよ」
「た、大変なことが起きたので、お義母さんに連絡しました。じ、実は逞さんが、逞さんが……」
 怒って電話を切られる前に、ちゃんと伝えなければいけない。そう思っても、言葉が口から出てこなかった。
「何よ、一体。逞がどうしたのよ?」
「た、逞さんが亡くなりました」
「え? 何ですって?」
「だ、だから、逞さんが「虚血性心不全」で亡くなりました」
「う、嘘でしょう? 也耶子さん、あなたは私をからかっているんでしょう? 何でそんな嘘を……そんなに私が嫌いなの? 逞が死んだって嘘をつくほど私のことを……」
 逞が郡山市で亡くなったという事実を告げると、想像した通り姑は半狂乱になっていた。
「こんな嘘をついて、私にどんな得があるっていうんですか? 嘘だったらどんなに良かったか……これから遺体を連れて帰る予定です。それよりも通夜とかお葬式のことですが、私はその辺りは不得手で。どうしたら良いのかわからないので、ネット検索でもしようかと……」
 也耶子が発したネット検索という言葉が癇に障ったようで、千栄子は我に返りいきり立った。
「ね、ネット検索ですって? これだから、あなたって人は駄目なのよ! 葬儀一式は私が責任をもって手配しますから、あなたは逞を無事に連れ戻してください」
 病院で教えてもらった営業許可証を持つ霊柩運送事業専門会社に遺体の運搬を依頼した。運搬料金は会社ごとに国土交通大臣に届出を行い、適正だと認められた金額になっているという。
 移動距離、時間帯によって細かく設定されて、郡山市から逞の実家がある横浜までは十万円ほどだった。これはあくまでも搬送料金のみで、車両代、高速代、棺や遺体を覆う防水シート、温度を管理するドライアイスなどの料金が加算される。不謹慎だが遺体が腐敗しやすい真夏でなくて助かったと也耶子は秘かに考えていた。
 配車準備が整い迎えに来るまでまだ少し時間があった。この間に病院の支払いも済ませなければならないし、遺体搬送にもまとまった金額が必要になるだろう。也耶子は見知らぬ街に飛び出して、一目散にコンビニへと向かった。今はどこのコンビニにもATMが設置されているが、一回に引き出しできる限度額が違うそうだ。だから、限度額五十万円(紙幣枚数五十枚)をうたっている某コンビニを血眼になって探した。
 これからどのくらいの現金が必要になるか全く見当がつかない。葬儀一式は姑に任せたから、きっと支払いの方も世話になるのだと思う。だが、それ以外の出費を自分の貯金を崩すべきか、それとも……
「あっ、そうだ」
 逞名義の口座のキャッシュカードを預かっているのを思い出した。もちろん、暗証番号も教えてもらっている。残高を確認すると口座には百四十万円ほどの入金があった。
「よし、これを全額引き出そう」
 新聞に死亡広告を載せると、故人の銀行口座が凍結されてしまうそうだ。信用金庫に勤める父親の話によると役所へ死亡届を提出しても、金融機関に連絡がいくことは一切ないという。新聞で訃報を把握することが多く、他にも親族からの連絡や、外回りの営業担当者が耳にする場合もあるらしい。
 逞の荷物を確認していないが、きっと私が知らない銀行口座やクレジットカードが存在するに違いない。コンビニならば二十四時間いつでも引き出すことが可能だ。後で夫の財布を調べてから、対処しても間に合うはずだろう。
 当座の支払いはできそうだとホッとしたのもつかの間、也耶子はすぐさま病院へと戻った。
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